はしわたし

有理

はしわたし

「はしわたし」


相川 裕也(あいかわ ゆうや)

相川 達也(あいかわ たつや)




達也N「空を走る飛行機雲を追うように昇って行く煙。晴れ渡った空と引き換えに隣の顔は土砂降りで」

裕也N「ぼたぼた足下に落ちる染みは俺と一緒で無力だった。」


(たいとるこーる)「はしわたし」


___


達也「兄さん、久しぶり。」

裕也「久しぶりってことないだろ。先月も会ったし」

達也「いや、面と向かって話すのは久しぶりだよ。」

裕也「…」

達也「ごめんね、間に合わなかった。」

裕也「仕事だったんだろ?仕方ないよ。」

達也「たまたま地方出ててさ。急いだんだけど。」

裕也「別に、」

達也「母さん、痩せたね。」

裕也「…まあ。」

達也「…あ、あの川さ。大きい橋整備したんだね。」

裕也「去年完成したみたいだな、まだ渡ったことないけど。」

達也「結構綺麗だったよ。ちゃんと歩道もあってさー。来る時遠回りして渡ってきちゃった。ロードバイクが結構いてさ、」

裕也「…」

達也「帰り、車乗るでしょ?通ろうか。」

裕也「いいよ。別に。たかが橋だろ。」

達也「…あの橋さ、母さんの」

裕也「いいって、」

達也「…そっか。」


____


達也「うわー。久しぶり、叔父さん。いやいや、頑張ってるよ。全然若い。53?いや見えない見えない。」


達也「恵子姉さん、久しぶり。え、みっちゃん?大きくなったね、いくつになったの?4歳!お姉さんじゃんすごいね!うん。また落ち着いたら顔出すから、うん。わかった、わざわざありがとう。」


裕也「…」


達也「茂子おばちゃーん、遠いのにありがとう!」


裕也N「年子の弟、達也はいつもこうだった。昔から人当たりがよく、穏やかで気が利いて、なんでも出来る。勉強も、運動も、人間関係も全部が円満で」


達也「来年、隣町にアウトレット建つでしょ?あれ俺の担当なの。建ったら来てよ、ね?」


裕也N「ずっと、それが、羨ましくて妬ましかった」


達也「兄さん、そろそろ時間だよね?」

裕也「ああ、うん。」

達也「係の人に案内頼んでくる。」


裕也N「俺は、残されたたった1人のこいつが嫌いだ」


____


達也N「母さんの遺言は、事細かにたくさん書いてあった。父さんと同じ墓に入りたいだとか、葬式はこのBGMだとか。よくありそうなお願いの中で異質だったのは、火葬場には兄弟2人だけで向かう事。普通、親族みんなで向かうはずなのに。ただ、最期のお願い事として、葬儀場にも協力してもらって親族に説明して2人で向かうことした。」


裕也N「行きの車、俺は霊柩車で。弟は後ろから自家用車でついてきた。淡々と進められる決められた順序。あっという間に母さんは火の中だった」


達也「なんか、凄いスピードだったね。」

裕也「手順決まってんだろ。」

達也「着いた瞬間からあっという間だった。」

裕也「…」

達也「あ、さいごに写真入れるの忘れてた。」

裕也「写真?」

達也「これ、俺たち2人の小さい頃の写真。父さんの時、母さん入れてあげてたからさ。忘れないように、って。俺わざわざ家帰ってとってきたのになー。」

裕也「…」

達也「母さん、怒るかな?忘れたこと」

裕也「死んだんだから、怒るもくそもないだろ。」

達也「…そう、だね。」


裕也「タバコいってくる」

達也「あ、俺も行くよ」

裕也「吸わないだろ、お前」

達也「実は電子タバコデビューしちゃった」

裕也「だっさ」

達也「まあまあ。ほら、行こう」


達也「母さん、最期どうだった?」

裕也「何」

達也「ほら、俺、立ち会えなかったからさ。」

裕也「…」

達也「苦しんだりしてなかった?」

裕也「うん。」

達也「…そっか。よかった。」

裕也「…看護士が、泣いてたよ。」

達也「ああ、男性の?立ち会ってくれたんだ」

裕也「お願いしますって、頭下げられた。」

達也「仲良くしてくれてたんだ。よく話聞いてくれてたみたい。」

裕也「…あっそ」

達也「今度花でも持って行くかなー。お世話になったし。」

裕也「仕事だろ。」

達也「そうだけどさ。気持ちだよこう言うのは。」

裕也「…」


達也「兄さん、俺さ。離婚、したんだ。」

裕也「知ってるよ。母さんから聞いた。」

達也「はあー。やっと言えた。」

裕也「だから、母さんから聞いてたって。離婚したのだって何年も前だろ」

達也「俺の口から、直接言いたかったんだ。」

裕也「なんで」

達也「大事なことだから。ちゃんと、言いたかった。」

裕也「…」

達也「でも、兄さんが帰ってきてくれてよかったよ。」

裕也「どこがだよ。」

達也「兄さんが出ていって俺も就職で家出たじゃん。その後急に事故で父さん死んじゃってさ。母さん家に1人だったから、大丈夫かなって心配してたんだ。」

裕也「…」

達也「結構、落ち込んでたみたいだったから。」

裕也「俺が帰ってきたって、邪魔だだけだったよ。」

達也「違うよ。嬉しがってたよ。」

裕也「んなわけないって」

達也「兄さん」

裕也「うるせえよ、お前」

達也「…ごめん。」

裕也「…」

達也「俺さ、兄さんが羨ましかったよ。」

裕也「は?」

達也「父さんも、母さんも。結局兄さんばっかりでさ。」

裕也「違うだろ。逆だったじゃんか」

達也「ううん。父さんも母さんもずっと兄さんの話してたんだよ。」

裕也「何言って」

達也「今度裕也が公演やるんだって、観に行くんだって何回も2人で行ってた。ずっとさ、ずっと応援してたんだよ。」

裕也「…」

達也「近所の人にもさ、いっつも兄さんの自慢してた。」


達也「俺なんかさ、普通のことしかできなくて。でもこっち向いて欲しくてさ必死に頑張って努力して、なのに離婚しちゃって。その時母さんなんて言ったと思う?」

裕也「…」

達也「あんたも裕也みたいに夢があったらよかったのにね、って。さ。はは、思わず笑っちゃった。」

裕也「嘘」

達也「今更そんな嘘ついて、俺、なんか得すると思う?」

裕也「…なんで離婚したんだよ。」

達也「理由?うーん。俺平凡すぎてつまんなかったのかもしれない。」

裕也「なにそれ。」

達也「でも円満離婚だったから。今でも相手と連絡取るよ。」

裕也「離婚に円満もないだろ。」

達也「はは、確かにね。でも俺学んだよ。幸せの形って人それぞれなんだなって。」

裕也「…」

達也「俺、彼女に俺の幸せを押し付けてたのかもしれないなって。別れてやっと気付いた。今はちょっと距離の近い友人だよ。良かったと思ってる。」

裕也「嫌な女。」

達也「そんなことないよ。なんなら俺今でも好きだし。」

裕也「趣味悪」

達也「ははは、そうかな。」


達也「兄さんはまだ、目指してるの?役者」

裕也「別に」

達也「俺応援する。」

裕也「達也、」

達也「役者になっても、ならなくても、応援させて。」

裕也「俺を甘やかして、何になるんだよ。」

達也「甘やかしてるんじゃない。大切にしたいんだ。だってたった1人の家族だよ。換えが効かないでしょ」

裕也「…」

達也「俺も実家帰っちゃおうかなー。」

裕也「やめとけよ。職場遠いだろ。」

達也「そうだけどさ。」


裕也N「ふと隣を見ると、笑い皺の付いた横顔が当たり前にあった。疎ましかった弟は、俺が思っていたより変わらない身長で。ズボンの一部に酷いシワがついていた。」


達也N「バレないように遠く吐き出したため息は思っていたよりずっと大きくて。葬儀中、固く握っていた手のひらを今ようやく解いた。」


裕也「あ、終わったらしい。」

達也「行こうか。」


裕也N「案内され入った部屋は眩しいくらい白くて、知らないおじさん達がバラバラになった白い骨の説明を呪文のように唱え始めた。」


達也N「渡された太い木の箸。カラッと挟む白い骨。細くて力強いそれをそっと、兄さんに向けた。」


裕也「…」

達也「ほら、骨壷いれてよ。」

裕也「うん。」


達也N「一本、一本。箸を伝って。」

裕也N「母さんが小さな壷に入っていく。」

達也N「しまう度、兄さんの顔が引き攣って、太い箸が震えていく。」


達也N「ああ、母さん。最期の最後まで、兄さんを見てたんだね。」


裕也N「ぽた、と。隣から落ちたそれは、たったの一粒だった。」


______


達也「あとは、向こうが整えてくれるってさ。ちょっと待っててくださいって。」

裕也「…ああ。」

達也「俺暫く忌引きで休むから、実家、泊めてよ。」

裕也「許可いらないだろ。お前の家でもあるんだから」

達也「…そっか。」

裕也「…大丈夫か?」

達也「ん?何が?」

裕也「…いや、なんでもない。」


裕也「タバコ。」

達也「え、また?」

裕也「一本だけ」

達也「吸いすぎは良くないよ。」

裕也「別についてこなくていいだろ。」

達也「本当に一本だけか見張ってなきゃね。」


達也「今日、何食べる?」

裕也「…よく食欲湧くな。」

達也「はは、やっぱり兄さんああいうの嫌いだったでしょ。」

裕也「好きなやついないだろ。」

達也「そうだけどさ。」


達也「でも俺、母さん本当に死んじゃったんだって諦めついたけどね。」

裕也「死んだことは分かってるよ。」

達也「そっか、」


裕也「お前、俺が羨ましいとか言ってたけどさ。」

達也「うん。」

裕也「俺なんて碌でもない奴なんだから、羨ましがったりするような奴じゃないんだからさ。」

達也「…」

裕也「俺は、お前が。お前が羨ましいよ。」


裕也「…俺。俺さ。」

達也「うん。」

裕也「好きな人がいたんだ。」

達也「…うん。」

裕也「でもさ、俺、全然ダメで、全然ダメなままでさ。」

達也「うん。」

裕也「俺、死なせちゃったよ。」

達也「…」

裕也「俺、ゆうみちゃんのこと死なせちゃった」

達也「兄さん」

裕也「俺が、俺がもっとちゃんとしてたら、俺が俺がさもっと、お前みたいに働いてしっかりしてたらさ」

達也「…」

裕也「…きっと、死ななかったと思うんだ。俺がお前だったら。お前だったら」

達也「…そっか。」

裕也「お前が羨ましかったよ。ずっと」

達也「似たもの同士、だね。」


達也N「空を走る飛行機雲を追うように昇って行く煙。晴れ渡った空と引き換えに隣の顔は土砂降りで」


裕也N「ぼたぼた足下に落ちる染みは俺と一緒で無力だった。」


____


達也「ほら、兄さん乗って」

裕也「うーーせえ」

達也「飲み過ぎだって。ほら足あげて、」

裕也「誰がおとーとの言うことなんて聞くかあ」

達也「はは。」

裕也「お前ー俺より何でもできやがってお前お前ー」

達也「努力の積み重ねなんだってば」

裕也「うるせーうるせーよお前」

達也「はいはい」

裕也「俺の自慢のおとーとだよくそったれ」

達也「…うん」

裕也「何、な、何泣いてんだよ男のくせにー」

達也「っ、兄さんに言われたくないなー」


裕也「…橋。」

達也「ん?」

裕也「橋、通って。」

達也「…いいよ。」

裕也「路駐したら、怒られるかな」

達也「大丈夫だよ。」

裕也「ついたら、起こして。」

達也「…うん。」


_____


達也「兄さん、ついたよ。」

裕也「あーあ。」

達也「なに?」

裕也「渡っちゃったよ。」

達也「…」

裕也「母さん、渡っちゃった。俺。」


達也「思い出すね。」

裕也「ああ。」

達也「夜じゃあんまり見えないけどさ、昼間は綺麗だよ。キラキラ光って。」

裕也「そうだろうな。」

達也「父さんと母さんのステンドグラス。」

裕也「誰も工場継がなかったから怒ってただろうな。」

達也「そんなことないよ。」

裕也「なんでお前継がなかったんだよ。」

達也「兄さんの方が上手かったから。工作はさ。」

裕也「…」

達也「…」


裕也「帰るか。」

達也「うん。」


裕也N「ヘッドライトが反射する。橋の側面に張られた小さなガラスの光がやけに目に刺さる。」


達也N「街灯の少ないこの街は、もう、眠っている」


___


達也「兄さん、洗濯干してよ」

裕也「今ドラマ見てんだよ!」

達也「兄さん、掃除機も」

裕也「うるさいなお前聞けよ俺の話」


達也N「拝啓 母さん。今日もいい天気だよ。」


達也「兄さん、火止めてー」

裕也「お前早く家帰れ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はしわたし 有理 @lily000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ