003 神
魅流を託されたナルが取るべき行動は何か――決まっている。彼女を抱えて神社に避難し、医者に事情を説明して傷を塞いでもらう事だ。今すぐに。一刻も早く。
子供でもわかることである。
ナルもわかっていた。
わかっていたから、ナルは、氷太朗が去った後すぐに神社に向かって駆け始めたあ――だが、走っていると、どんどん不安が強くなっていた。氷太朗が取り返しのつかない事をするのではないか、という不安が。
最初はそのような不安を押し殺していたが、もうすぐで神社に着くというところで、暴発した。それは隣を走る弥七にもわかったようで――ナルが足を止めると、弥七は黙って魅流を受け取った。
そして、言った。
「ここは僕に任せて行け」
ナルはコクリと頷いて、踵を返した。
氷太朗がどこに居るかはすぐに見当が付いた――瓦礫が崩れる音のする方向が、彼のいる場所に決まっている。
走りながら考える。氷太朗の元に辿り着いたら何をすればいいのだろう、と。
一緒に戦えばいいのだろうか。一緒に戦って、一緒に魄を打ち倒せばいいのだろうか。それとも、自分は囮になって、その間に氷太朗を逃がせばいいのだろうか。はたまた、援軍が来るまでの時間稼ぎをすればいいのだろうか。
足りない頭で必死に考えた。
結局、結論は出なかった――結論が出る前に、氷太朗の元に着いてしまったのだ。
「な……ッ⁉」
ナルは目の前の光景に、思わず息を呑んだ。
数メートル先で、氷太朗が両手を上げて直立し、その周りを常夜治安維持司法事務局の警官隊が取り込んでいるではないか――両手を上げる氷太朗は武器を持っていない。腰に差していた脇差も見当たらない。完全に丸腰だ。一方で、取り囲む警官隊の手には拳銃があった。
魄の姿は――すぐに見つけることが出来た。氷太朗の足元で、頭が無い状態で横たわっている。
ナルはすぐに理解した。魄の頭を氷太朗が破壊した事を。その後、警官隊が駆け付け、氷太朗に銃を突きつけたことを。
理解したから――途端に許せなくなった。
「何やってるのよ‼」
ナルは氷太朗の前に立つと、一番近くに居た警務官の胸蔵を掴んだ。
「アンタ達、誰にピストルを向けてるのよ!」
「貴様こそ! 何をやっているんだ! 奴を庇うつもりか!」
そう言うのは、唯一銃を構えていない警官である――名を
「誰が町を滅茶苦茶にしたと思っているんだ!」
「氷太朗がしたって言うの⁉」
ナルは胸蔵を掴んでいる警官を解放すると、今度は八綿特等警務官の胸蔵を掴んだ。
「町を滅茶苦茶にしたのは足元に転がってるこの魄でしょ⁉ 氷太朗はそれを全力で止めてくれたんじゃない!」
「それはわかっている! だが――」
「わかってないでしょ! わかってないから、自分の頭を踏みつぶしてまで町を救ってくれたヒーローに銃を向けてるんでしょ!」
「黙れ! 坂之上氷太朗は危険人物だ! 野放しには出来ん! これは上の決定である!」
「上の命令だったら何だってするの⁉ 恩や誇りや情ってモンが無いの⁉」
「何をッ⁉」
顔を真っ赤にした警務官は腰のホルスターに手を掛けた。ナルも、締め上げる手に力を込める。衝突は秒読みであった――だが、無益な争いを、氷太朗は許さなかった。
「怒ってくれてありがとう、ナル。でも、良いんだ」
氷太朗はナルの肩に手を置く。
「この惨事を引き起こしたのは僕だ。僕の肉体だ。
「どういう事……⁉」
「さっき、
「それ、本気で言ってんの⁉」
「ああ。魄から僅かに姉ちゃんの妖力を感じた。間違いないよ」
「なんでアンタの姉ちゃんが常夜を壊そうとするのよ⁉」
「それは……わからない」
「わからないって――っていう事は、やっぱり氷太朗は関係無いんじゃない!」
「いや、大有りだよ。どんな理由が背景にあったのかはわからないが、姉ちゃんの狂った心が引き起こしたって事ははわかる」
そして、氷華が狂ってしまったのは、氷太朗が原因であることは明白だ。
少しでも氷太朗が氷華の負担を軽減し、擦り減らしていく精神に歩み寄り、壊れていく心に向き合っていれば――氷華はきっと、狂わなかっただろう。
「僕が逃げたのが原因だ……」
「半分あってるけど、半分間違っているぞい」
そんな声と共に、現れたのは太三郎であった。
太三郎はゆっくりとした歩調で氷太朗に近付く。その通り道には警務官達が居たが、妨害する者は一人もいなかった。寧ろ、彼らは後ずさりをして、道を譲る。
「常夜に魄を差し向けた暴れさせたのは坂之上氷華じゃが、その理由はもっと入り組んでおる。その辺を神社で話したいんじゃが……良いかのう?」
太三郎は問う。
拒否をしたのは八綿特等警務官である。
「いくら太三郎殿であっても、坂之上氷太朗を連れていく事は許されません。彼の身柄は常夜治安維持司法事務局が拘束させていただく」
「上の決定じゃからか?」
「そうです」
「じゃあ、もっと上の者に相談するかのう」
太三郎が地面に目配せをすると、彼の影の中から少女が出現した。
豪奢な和服に身を包んだ少女が。
その少女の姿を見た警務官達は、すぐさま拳銃をホルスターに納め、片膝をついた。八綿特等警務官でも例外ではない。
「これは超法規的な問題です。彼の身柄を私に預けてはいただけませんか?」
「も、勿論で御座います!」
「ありがとうございます」
少女――酒月美夜は微笑みながら礼を言ってから、氷太朗の方を見た。
「そういうワケだから、ちょっと来てくれる?」
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