第20話

イソクさんがアイドルを目指した理由、それにはある人物が絡んでいた。彼の姉であるジウさんだ。


彼の姉がどうしてアイドルを目指すことと関係しているのかというと、そもそもジウさん自身がアイドルだったらしい。私は詳しくなかったのだが、割と有名だったらしい。


しかも、日本でデビューしてたらしい。それこそ、イソクさんみたいなオーディション番組でデビューすることになったらしい。番組開始時点で百もいた練習生から、五人だけの枠だったという。それだけデビュー前から期待されていたようだ。


ジウさんは五人のグループで二番目ぐらいの人気だったそうだ。しかも、そのグループの知名度も十分であったため、メディアの露出も多い。


イソクさんは、そうして活躍する姉の姿を見て、自分もアイドルになりたいと思うようになった。


そして練習を重ね、何回も何回もオーディションを受け続けて、念願叶って合格した。このことを、イソクさんは他の誰よりも先にジウさんに報告しようとした。しかし、そんな彼に悲劇が訪れた。


彼の元に、とあるメッセージが届いた。どうせイタズラか思っていた。あるいは、オーディションに合格したことのお祝いかと期待していた。しかし、そんな内容ではなかった。


イソク「は…?姉ちゃんが自殺未遂で病院に運ばれた…?」


当然だが、理解は追いつかなかった。しかし、嫌でも信じるしかなかった。メッセージの送り主は彼の母だ。家族から送られてきたということで、信じたのだ。


そこから先、彼はデビューに向けての準備をする傍らで、心の奥では復讐を誓い出していた。大事な姉を自殺未遂にまで追い込んだ奴らに。


しかし、二つ問題が発生した。まず、自分が何者かにつけられているのではないかと感じたこと。すなわちストーカーだ。そして、復讐をするような相手が思いつかないこと。


前者については、もうどうしようもない。誰か頼れるような人がいないかと考えたが、そんな人はいない。もし頼るとしたら、自分の復讐ができなくなる。だから誰も頼れない。


それに、復讐をするとして、誰に復讐をするのかが分からない。無関係の人を殺すわけにもいかない。かといって、復讐をする相手の正体は分からない。これではどうしようもない。


というわけで、彼は思い切ってエゴサをすることにした。自分がもしかしたら姉の自殺未遂に関係しているのでは、そう思ったのだ。


実際のところ、大体あっていたようだ。ネット上では、彼の姉がジウさんであることは特定されていた。だから、このことが関係しているのでは、と予測を立てた。


しかし、そこが彼一人での限界だった。自分のストーカーの正体も、復讐相手の正体も彼だけじゃ分からなかった。何もできない。そんな彼の元に、また違う相手からメッセージが送られてきた。


??る「あなたについて調べさせていただきました。あなたの姉が自殺しようとしたこと、そのことで話があります」


さすがに疑いが最初に頭の中に浮かび上がった。しかし、自殺未遂のことは彼からは話していない。ネット上で多少話題になっていたので知られていても仕方がないのだが、だとしてもにわかに信じ難い。とりあえず、話だけでも聞くことにした。


??る「あなたの姉の自殺未遂の原因となった人物、それは二人います。一人はこの『カガマシロ』という女です。こいつはあなたの姉に執拗に嫌がらせをしていました」


まさか、本当にこいつが…?


???「それだけではありません。こいつはあなたをストーカーしているんです。オーディション番組の時点であなたのことを気に入り、身近な存在であるあなたの姉に嫉妬して、嫌がらせをするようになった」


なんてことだ。望んでいた情報が、こうもあっさりと手に入るとは。


???「もう一人は、この『キジマシンジロウ』という男です。こいつはあなたの姉をストーカーしていました。こいつのせいでストレスが溜まって自殺に追い込まれたんです」


こんなに怪しいのに、どうしてだろう。何故か分からないが、彼に救いの手を差し伸べてくれたような感じがした。


???「ついでに書いておくと、この男は昔轢き逃げ事件を起こしたんですよ。三人家族のうち、娘だけ生き残ったという。どうです?憎いでしょう?そんなあなたに、特別にサポートをしてあげますよ」


サポート?


???「特別な舞台を用意してあげます。その上で、殺すんですよ。やり方は教えてあげます。私の指示通りに動いてくれれば、間違いなく殺せます」


殺せる?なんてありがたいのだ!待ち望んでいたものがこうやって訪れるなんて、思ってもいなかった。


そして、彼は殺人に手を染める覚悟を決めた。そして、その舞台こそが謎の富豪によって招待された船の初航海だ。


イソク「こういうことですよ。どう思います?」


響「どうって言われても…」


私は復讐を目的にして殺人をするような人物にたびたび遭遇する。そこは何とも思わない。こんないかれた人物である自分のことを、どう思うのか。


イソク「じゃあ、事件を解決した報酬として、何か一つだけ質問に答えてあげますよ」


響「なんでも答えますか?」


イソク「答えられる限りならなんでも」


響「金村 銀史郎って、あなたのことですか?それとも、最初から計画に入れてあった架空の存在なんですか?」


イソク「後者です。招待状を送ったのも、部屋を用意したのも、復讐のことを手伝ってくれたその人です。なんなら、金村 銀史郎の部屋、あれはハリボテです。実際はただの倉庫ですよ」


響「じゃあ、あなたはただ言われたようにしただけということですか?」


イソク「まぁ、そういうことですね」


そこまで言って、彼の肩からは力が抜けた。


イソク「じゃあ、もうそんなことはどうでもいいです。復讐は終わりましたし」


響「じゃあ、後は船が港につくのを待つだけですかね」


イソク「そうですね…皆さんは」


皆さんは?………まさか!


イソク「これでいいんです。自分のことは、自分でけりをつけるって、決めてたのでね!」


そう言って、彼は甲板の方へ走り出した。慌てて後を追ったが、そのころにはもう遅い。私たちが追いついたころには、彼は海に飛び込んでいた。


やっぱりそうだ。イソクさんは、自殺するつもりなんだ。そう気がついた時、私は救命胴衣を取りに行っていた。


蒼介「ちょ、あんた何してんすか!?」


響「何って、いまから助けようとしてるんですよ」


赤音「正気!?あんなの、助かるわけないでしょ」


響「それは、やってみてからじゃないと分かりませんよ!」


そう言って、私も海に飛び込んだ。既に溺れかかっていた彼の近くに何とかたどり着いた。


イソク「何で助けにきたんですか、僕はクソみたいな殺人鬼ですよ!?そんなやつ、助けないでいいでしょう!」


響「確かに救わないでもいいかもですけど、それでも私は助けることにしたんです」


イソク「なんで、なんでですか!」


響「意味なんてない。ただ、私が助けたいって思っただけです」


イソク「…ハハッ、本当に意味わかんないですね」


そうして、イソクさんの自殺を防ぐことに成功した。それ以上はトラブルもなく、港についた。

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