第19話

私が今から推理するのはもう一人、加賀さんを殺したときのことだ。犯人がイソクさんだというのも、ここを推理することで分かるはずだ。


そして、加賀さんの部屋へと向かった。慌てて飛び出した時のままであったため、推理に必要なものは一通り揃っていた。犯人の手のひらで踊らされていないようで安心だ。


響「じゃあ、今から加賀さんの殺害の流れを説明します」


赤音「説明って、そんなことする必要あるの?」


響「正直、こんなことしなくてもいいんですよ。ただ、事件の推理となると、これがどうしても外せないんです」


蒼介「外せない?なぜ」


響「犯人が残した、決定的な証拠があるんですよ」


緑「決定的な証拠?」


響「そのことはまた後で。今からは、犯人が私たちに思い込ませようとしたことについて話をしていきます」


では一度、加賀さんが殺された時の様子を振り返ってみよう。加賀さんの死体からは血が流れていて、さらにガラス片でついたような傷があった。実際、ガラス片が彼女の死体の周りに飛び散っていたし、窓も割れていた。


ここで、もう一度思い返してほしいものがある。軍服の人魚姫だ。この都市伝説を思い出してみよう。思い出せないなら、この事件の冒頭も冒頭を読んでみてほしい。


軍服の人魚姫の都市伝説のまま話が進んでいた、となると、実はややおかしなことになる。一見すると軍服の人魚姫のことを連想させようとしているように見えるのだが、そうとも断言できない。


というのも、都市伝説の軍服の人魚姫は直接対象の近くまで行ってから銃を撃っている。しかし、今回は外から撃ったかのようにみせかけている。都市伝説と現場の様子に違いが生じているのだ。


これについては、軍服の人魚姫を前提に考えていることに問題があるとは思う。そもそも軍服の人魚姫なんて知らない人のほうが間違いなく多い。


いずれにせよ、犯人にとって重要なのは「船の内部ではなく外側から撃たれた」ということを思い込ませることだ。こうすることで、少しでも自分を疑わせずにすむ。


響「…これが、犯人の行った行為です」


蒼介「そのことは分かりました。それが、どのように僕が犯人だという証明に?」


蒼介「それもそうだけど、それ以上に引っかかるのは、この部屋をどうやって偽装したというのよ」


響「そもそも、どうして私たちが外からの射撃を疑っていたのか、分かります?」


蒼介「さぁ…さっぱり分かりませんね」


響「その原因は、割れていた窓と飛び散っていたガラス片です」


蒼介「それとこれとが、どう関係してんすか?」


響「まず、窓が割れている。そして、足下にはガラス片。これだけで、十分なんです」


緑「たったそれだけ?」


響「はい。なぜなら、それらを見ただけで、『誰かが外から撃ったんだ』と思い込ませることは十分可能だからです。ガラス片は荷物に忍ばせておけば持ち込めますし」


蒼介「なるほど。そういうことなんすね」


ひとまず、犯人による思い込みを証明したところで、次の説明に移ろう。


響「さて、ここまで話をしてきましたが、実はここからまた証明しないといけないことがあるんです」


緑「まだあるの?」


響「えぇ。今回の事件で銃撃があったということに気づいたきっかけは、何ですか?」


緑「そんなの…銃声が聞こえたからだけど」


響「そう。そこが問題なんです。銃声は間違いなく聞こえていたんです。だとすると、 肝心の銃はどこへ行ってしまったのでしょう?」


緑「…え?」


響「ここがまたひとつ重要なポイントになってきます。犯人は、銃を既に持っていないかもしれないんです」


拓次「それはどういうことですか?」


響「捨てたかも、ということです。もう持っていなくてもいいですし」


緑「捨てたって、一体どうやって」


響「簡単です。そこの窓からですよ」


先ほど、犯人は外からの銃撃だと思い込ませるために窓を割ったと説明した。これは間違いではないのだと思うが、それだけが目的ではない。


犯人は、凶器として使った銃を捨てるために窓を割ったのだ。窓の破壊には、外からの射撃だと思わせる心理的な意味と証拠隠滅、その二つの役割があったのだ。


仮に持ち込む段階で誤魔化せたとしても、事件の後で荷物を確かめられたら自分の犯行だと露呈しかねない。だから、凶器を捨てる必要があったのだ。


窓の外に足場らしいものはない。これは犯人にとっては都合がいいことで、難なく証拠隠滅ができる。スタンガンを普通に持っていた時点で、ここに確証は生まれないのだが。


蒼介「だから、窓をわざわざ壊したと」


響「思い込ませることと証拠隠滅、どっちがメインなのかは分かりませんが、どっちも目的に入っていたことは間違いないです」


イソク「待ってくださいよ。それじゃ、僕が犯人だということにはならないじゃないですか」


響「あれ?どうしたんですか、そんなに焦って」


イソク「焦りもしますよ!だいたい、僕を犯人だと疑うなら、その証拠ぐらいありますよね?」


響「証拠ですか。物的なものではないですが、あなたが犯人だと指し示すトリックがあるんですよ」


イソク「トリック?そんなもので、犯人が分かるとでも?」


響「まぁ、実際に実行してみますよ。犯人があなただと断言するのは、その後です」


そう言って、私はクローゼットに入った。そして、少し時間が経ってから、加賀さんの部屋に入った。しっかりとドアから。


響「はい。これでトリックは終わりです」


緑「え?あれ!?なんで響ちゃんが後ろにいるの!?」


響「そんなに複雑…じゃないかもです。では、説明しましょう。犯人が使った移動トリックを」


まず、クローゼットがどこに繋がっていたのかという話だ。これの答えは隣の部屋だ。このクローゼットは、二つの部屋同士を繋いでいたのだ。


どうやって?と思うだろう。実は、これはそこまで複雑でもない。ただ、クローゼットの板を動かす。ただそれだけで、知られることのない秘密の通路ができるというわけだ。


これぞ、断罪の探偵名物「トリックに都合がいいように造られた建物」だ。船を建物と言っていいのかは別として。


そして、この構造が犯人の正体に繋がっている。加賀さんの隣の部屋、それは、イソクさんの部屋なのだ。だから、犯人は彼だと断言できる。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!確かに僕の部屋は隣ですよ。でも、だったら黄島さんの時はどうなるっていうんですか。その隣って鈴さんですよね?だったら、その時も僕が殺したなんていうのはおかしいでしょう」


彼の反論はもっともだ。しかし、それに負けてはいられない。


響「それはそうかもしれません。ただ、それが通用するのは『同じ条件で殺害をした場合』に限るのでは?」


拓次「どういうことですか」


響「ここからは憶測が大分混ざるんですけど、もしかしたら加賀さんを殺す時、その時はクローゼットの通路を使ったのでは?」


私がそのように推理した理由は、被害者が殺されたときのことを考えたからだ。黄島さんが殺された時は気絶していたと推理できるが、加賀さんについてはさっぱり分からない。


逆に、この状態だからこそ、私は殺される直前まで意識があると推測したのだ。だから、ドアから入ったりせずに、もっと不意をつくようなやり方だったのではないかと考えたのだ。


確かに、二人が何かしら関わりがある可能性はある。しかし、マーメイド号での彼の行動を思い返すと、基本的には私と一緒にいた。そうでないときは一人でいた。加賀さんと交流をとっていたとは思えない。


それに、食堂で一緒だったのに話していなかったのも気になる。仲がいいならそこで話してもいいと思うが、二人で話していたようには思えない。


だから、部屋に入ることを加賀さんが許したと思えない。そこがクローゼットのトリックを使ったと考えた理由だ。そして、その通りなら犯人は彼に絞れる。


響「ここまで散々言ってきましたが、どうですか?何か反論は」


イソク「…いや、もうないです」


響「つまり、認めるということですか?自分の犯行を」


イソク「えぇ。そうです。僕こそが、二人も殺した殺人鬼です」


響「やっぱりそうでしたか」


イソク「ちなみに、どうして響さんは僕が犯人だって分かったんですか?クローゼットのトリックですか?」


響「いや、軍服の人魚姫です。私の友人に物好きなのがいて」


イソク「へぇ。それで?」


響「そいつが教えてくれたんですよ。『軍服の人魚姫は韓国の都市伝説』ということを」


イソク「じゃあ、僕は早いうちから疑われていたと」


響「そういうことですね」


イソク「なるほど。これが探偵ですか。恐ろしい。でも、動機までは分かりませんよね?」


響「動機は…そうですね」


イソク「それじゃあ、説明してあげますよ。あいつらを殺そうと思った理由を」


彼は説明してくれた。彼に何があったのか。

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