第13話

彼女が話したのは、十三年も前の出来事だった。それだけ前なのに状況がなんとなく飲み込めたのは、そういった話を何度も聞き、そういった現場に何度も居合わせたからかもしれない。


十三年前、当時八歳の溝辺 緑は、家族と一緒にショッピングモールへ行っていた。幸せなひとときだったのだろう。


みんなで買い物をしたり、みんなで食事をしたりといったその時間は、それまではたまにあるだけで、特段珍しいものでもなかった。その日、彼女を不幸に突き落とす出来事が起こるまでは。


ショッピングモールからの帰り道、家族全員で車に乗っていたときのことだった。父が運転をしていた車が突然危険な運転をしたのだ。眠っていた彼女も、それによって目を覚ますことになった。


緑「お父さん?どうしたの?」


父「あぁ、ごめんね、緑」


お父さんは特に何も言わなかった。幼い少女にも不満はあったとは思うが、そのまま再び眠りについた。そのせいで、まともな会話もできなくなった。


彼女は決して何も悪くない。しかし、永遠に、血の繋がった家族と話せないというその現実は、血とガスの匂いによって、彼女の心に強く刻みつけられた。


次に目を覚ますとき、猛スピードで体が動いた。それによって目覚めた彼女は、酷く鮮明な惨状を目の当たりにすることになったのだ。


目覚めてまず目に付いたのは、割れたフロントガラス。その奥の電柱は折れて車に倒れてきていた。嫌な予感がした彼女は、シートベルトを外して立ち上がった。


こうして、彼女は知ることになった。家族が事故で死亡したという事実を。


しかし、そんなことをすぐに信じられなかった。血が飛び散っていようが、自分の間違いだと思っていた。彼女は嘘だと信じて、死体となった家族に話しかけていた。


緑「ねぇ、どうしたの?これ、何があったの?」


しかし、家族は何も言えない。彼女は、現実を受け入れる反面、まだ生きていると希望を抱いていた。


緑「ねぇ、なんで黙ってるの!?お願いだから何か言ってよ。ねぇ、ねえってば!」


ここまでして返事をしてくれない。現実から逃げられないと本能で感じ取った彼女は、車を飛び出した。彼女も怪我をしていたが、その痛みは全く感じなかった。


緑「誰か!助けて!誰か、誰でもいいから!お願い!」


やがてサイレンの音が鳴り響いた。そのサイレンの音は、命を救うために来たのではない。助からないということを教えに来たのだ。彼女はそう理解した。


彼女は家族を失い、孤独となった。病院で、一人でわんわん泣き続けた。そんな彼女に救いの手を差し伸べたのが、黒子 拓次さんだということだ。


黒子さんは、ある日、緑さんの病室を訪ねた。突然知らない男の人が入ってきたので、驚いただろう。


緑「…だれ?」


拓次「おじさんはね、黒子 拓次っていうんだ」


緑「名前なんてどうでもいいの!何をしに来たのかってこと!」


拓次「そうだね。………おじさんと一緒に暮らさないかい?」


緑「は?」


拓次「おじさんの家に来ないかってことだよ」


緑「子どもだからってバカにしてる?知らない人の家になんか行きたくないよ」


拓次「キミは知らないかもだけどね、おじさんはキミのことを知ってるんだ」


緑「なんで」


拓次「キミのお父さんとおじさんはお友達なんだ。だから、キミさえよければ、一緒に暮らしたいと思っているんだ」


緑「…一週間。一週間だけだから」


こんなことを言っておいて、一週間後にはそこから出ないと言い出したらしい。これが、義理の親子たる所以だそうだ。


緑「ここまでで、何か質問は?」


響「なんでもいいですか?」


緑「私が答えられる限りなら」


響「…家族の死因は?」


緑「………あぁ、話してなかったね」


一呼吸おいて、覚悟を決めたようにこう言った。


緑「煽り運転。そのせいなの」


響「煽り運転?」


緑「私も結構後になってから知ったんだけどね。煽り運転のせいで上手く運転出来なくなって、そのまま電柱に衝突」


響「そんな出来事が…」


緑「気分悪くしちゃったらごめんね。それの、このことを話したのも『あの親子、苗字違う!怪しい!』つてなるのを避けるためだから」


響「いえ、決して気分が悪いなんてことは…」


バァン!


響「っ!?」


緑「ねぇ、響ちゃん。今のって」


響「多分、銃声ですよね」


緑「やっぱりそうだよね!?だったら、急がないと!」


突然のことだった。プレイルームを慌てて飛び出して、一階へ向かった。下の方から聞こえたと感じたからだ。ようやく降りたところで、もう一回銃声が聞こえた。それに、鈴さんがドアを何度もノックしていた。


響「鈴さん、どうしたんですか?」


赤音「どうしたもこうしたもないわよ!ここからバァンって大きな音がしたんだから!」


緑「ここって…」


そこは、加賀さんの部屋だった。そして、段々と全員が集まってきた。二階から青井さんが鍵を持ってやってきて、他の人たちは自室から出てきた。


蒼介「鍵、一応持ってきました」


響「青井さん、開けてください!」


赤音「急いで!開いてないのよ!」


蒼介「はいはい」


こんな状況でもひょうひょうとした、あるいは冷静な様子で鍵を開けた。そして、ドアを開けた。そこが、怪物の現れた場所だったということは、ドアを開けてすぐ見えた部屋の様子から察した。


割れた窓、飛び散ったガラス片。そして、頭から血を流した加賀 ましろの死体。


進次郎「な、なんだこれは!」


緑「え?死んでるの?」


念の為、彼女のそばに近寄った。体は冷たい。それに、息もしていない。死んでいたというのは間違いではない、明確な現実となった。


響「…加賀さん…死んでますね」


進次郎「嘘…だろ…」


緑「いやあぁぁぁああぁぁぁああぁ」


まさか、まさかとは思うが、軍服の人魚姫が、本当にいるのか?軍服の人魚姫の撃った銃弾が、加賀さんを撃ち抜いたのか?


こうして、マーメイド号の殺人事件が、銃声を合図に引き起こされたのだ。

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