第11話
蒼介「ま、金村さんのことは気にしないで、先に食べちゃいましょ」
青井さんがそう言ったことで、夕食が始まった。金村さんのことは気になるが、気にしてばかりでは疲れるだけだ。あまり深く考えすぎないほうが自分のためになるだろう。
夕食のメニューは、食堂の雰囲気にあった洋食だった。美味しかったものは美味しかったのだが、胃にくるものがある。食べたものがほとんど油っこいものだったというのもあり、胃に負担がかかったのだ。
おそらく、多くの人は同じような状態だったのだろう。最後のほうは、ほぼ全員が食べるのもゆっくりになっていた。
そんな中で、最初のペースを維持したまま食べきったのが、黒子さんと緑さんの二人だった。これがレストラン経営者の力なのだろうか。
そして、食事中に、とある話題になった。黒子さんと緑さんのことだ。鈴さんがこんなことを言い出した。
赤音「私さぁ、気になってたのよ」
拓次「ん?何がですか?」
赤音「黒子 拓次と溝辺 緑。あんたたち、親子なんでしょ?」
緑「ええ。そうですよ」
赤音「だったらさぁ、なんで名字が違うのよ」
緑「えっ…」
赤音「名字が違うなんて、本当に親子なの?おかしいでしょ」
進次郎「なんだと!?確かに仲が良いというのは見ていて思ったが、まさか親子だったとは」
ましろ「あら、そうだったのね。気がつかなかったわ」
イソク「なんか、複雑な家族…」
黄島さんも、加賀さんも、更にはイソクさんまでその事実に食らいついた。石田さんは、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに無視して、ひたすらに酒を飲んでいた。
そういえば、私は飲まなかったが、他の人たちはみんな飲んでいたはずだ。だとすると、こうなってしまうのは避けようがなかったのかもしれない。特に、鈴さんは顔が真っ赤になるほどに飲んでいた。
しかし、それだけ言われても、二人はそのことについて何も言わなかった。表情から、そのことから逃げたいとか、そういった願望があるのはよく分かった。
そして、そのことを察して、話題を反らせるのは私ぐらいしかいないのだろうと思った。だから、何とかして違う話題にしようとしたのだが……
響「あの、突然なんですけど、後でビリヤードしませんか?」
緑「ビリヤード?なんでいきなりそんなことを」
真っ先にそのことに疑問を持ったのが緑さんだったのは誤算だったというか、計算に入れていなかったというか。とにかく、私のやろうとしたことはもはや無意味になりかけていた。
拓次「…ほう、ビリヤードですか。いいですね、やりましょうか」
緑「えっ、いいの?おじさん」
拓次「こういう日は特に何も考えず、楽しむということが大事なんだ」
緑「そういうことなら、私も賛成かな」
一旦、ビリヤードをやるという流れに持っていけそうだ。そう思ったが、そんな都合のいい展開はないらしい。
赤音「『おじさん』?それは一体、どういうことかな?」
緑「あ…」
赤音「やっぱり、隠してることあるでしょ。なんでそんなに隠そうとするの?もう無駄だから」
しまった。余計なことをしてしまっただろうか。疑わしくなるような発言を誘導してしまったのだろうか。そのことは分からないが、この状況がとにかくまずい状態だというのは間違いない。
イソク「どうしても言いたくない理由でもあるんですか、緑さん」
イソクさんは、出会ったばかりの友人のことが心配なのだろう。そんな彼の発言は、良くも悪くも先の展開に影響を与えたはずだ。
緑「どうしても話したくない理由…」
緑さんは、考えて、考えて、ようやく口を開いた。
緑「話したくない理由、確かにあります」
ましろ「へぇ、何なの?」
緑「……いるんです。ここに、話したくない人が」
ましろ「話したくない人?」
緑「話したくない、この話を聞かれることが不利益に繋がる、そんな人が、いるんですよ。だから、ずっと黙ってるんです」
ましろ「そうなのね。あまり無理に言わせようとして、ごめんなさいね」
緑「…………いえ、気にしないでください、加賀 ましろさん」
何だ、この感じ。緑さんの話し方に、それまでにない恐怖を感じた。発言の間が広がったことか、加賀さんをフルネームで呼んだことか、頑なに黙ろうとするその態度か。真相は分からない。
その流れを断ち切るように、青井さんがこんなことを言い出した。
蒼介「あの、食べ終わったなら、もう食器持ってっていいっすよね」
響「あぁ、はい。お願いします」
蒼介「じゃあ、俺は皿洗いでもしてるんで、皆さんは、ビリヤードなりなんなりして、ゆっくりしてください」
彼の発言にどんな意図があったのかは分からない。もしかしたら、特にないのかもしれない。しかし、その発言があったことで、自然と「ビリヤードをやりに行く」という空気が生まれたので、ファインプレーだ。
しかし、その流れに乗らない人たちがいた。加賀さん、黄島さん、そして、黒子さんだ。
加賀さんは、「私はもう疲れたし、シャワーを浴びてからゆっくり寝るわ」と言い、黄島さんは、「悪いが、小説の続きを書かせてもらう。若い者同士で楽しんでくれ」と言った。
その二人らまだいいのだが、問題は黒子さんだ。私のビリヤードをやろうという提案に最初に乗ってくれたのに、いきなりこんなことを言い出すから、驚きが止まらなかった。
緑「ちょっと、おじさん!?なんでよ!」
拓次「いやぁ、恥ずかしいのだが、夕食がどうも私のような中年には重たいのだよ」
響「…え?」
拓次「どうもそんなことをできるほど、体が元気ではないようだ。歳には勝てませんなぁ」
緑「はぁ…。そういうことなら仕方ないか」
というわけで、ビリヤードには彼らは不在ということになった。せっかくの提案だったんだけどな。ま、一緒にやる人はいるし、気にしないでいいか。
___男たちは、まだ夜になって少しの時間に話をしていた。
A「まずいぞ」
B「まずい?何が」
A「何がって、探偵がいることだよ。しかも、ちゃっかり会話の流れを変えるようなやつだぞ」
B「そこまで焦ること?」
A「焦るさ。もしお互いの罪が明るみになってみろ。どうしようもなくなるぞ」
B「でも、それを突き止められる可能性は限りなく低い。違う?」
A「それはそうだが…」
B「そもそも、突き止められたとして、その時の解決策は?」
A「そんなもの、俺たちが分かるわけないだろ!」
B「そういうこと」
A「まったく、どうしたものか…」
男たちは気がついていない。己に迫る、怪物の存在に___
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