第8話

船が動き始めたということで、イソクさんと一緒に外の景色を見に行くことにした。ライブハウスがある二階から、最初に景色を見た甲板のある一階へ向かった。


そして、甲板に着くと、そこには緑さんがいた。


緑「あら、響ちゃん。えっと、そこの人は…」


イソク「僕はチャ・イソクです。よろしくお願いします」


緑「私は溝辺 緑。よろしくね!」


打ち解けたみたいだ。恐れることもないとは思うが、仲良くなったなら安心だ。


緑「もしかして、キミたちも海を見に来たの?」


響「そうです。せっかくなので」


イソク「見てください、響さん、緑さん。もうあんなに遠くに港がありますよ」


イソクさんが指を指していた方向を見ると、ほんの少し前まで近くにあった港が、いつの間にか遠くにあった。人の姿がまるで見えないほどに小さかった。


イソク「もうあんなに遠くに…」


響「旅が始まったんだと実感しますね」


緑「ねー。これからどうなるかな?」


響「どう、って?」


緑「だってさ、この船は自動で動くわけじゃん?だから、どんな旅になるのかなって」


響「案外、そんなに特別なものでもないかもしれないですよ」


緑「いやいや、キミは甘いよ。こういうのはね、特別かどうかは関係ないの。ただ楽しめばいいの!」


その考え自体は一理あるだろう。しかし、私はこう思ってしまった。じゃあ、わざわざ自動航海技術なんてものにこだわらなくてもいいのではないか。相手の事情も知らないのに、なんて失礼なのだろうか。


そうだ。せっかくだし、なんでマーメイド号に乗ろうと思ったのか聞いてみよう。


響「そういえばなんですけど、二人はなんでこれに乗ろうと?」


緑「私は、おじさんが乗ろうって言い出したの。リラックスとか、確かそんな理由だったかな?」


イソク「僕は、ただ自動航海技術っていうのが気になって。自動で動く船なんて、乗ったことがないですからね」


響「そうなんですね」


緑「そういう響ちゃんは?」


響「あ〜…………」


しまった。自分が聞かれることをまるで想定していなかった。どうしようか。正直に答えるべきか、嘘をついて誤魔化すべきか。


イソク「でも、探偵なら何か変わった理由があってもおかしくないですよね」


これは、もうどうしようもないか。多分、嘘をついたところで怪しまれる。なら、正直に答えてしまおう。そっちもそっちで大概怪しいが。


響「私は…友人に調べて欲しいことがあると言われて」


緑「調べて欲しいこと?」


響「軍服の人魚姫っていう都市伝説についてです。なんでも、マーメイド号が何か関係しているかもしれないそうで」


イソク「軍服の人魚姫…聞いたことないなぁ」


響「やっぱりそうですよね」


私の友人の趣味がどうかしているのかもしれない。彼女としては、マーメイド号というものは、何かオカルトチックなもので引き付けてくるのかもしれない。


私としては、そこはどうも信じ難いところがある。ただの船の名前が都市伝説から取られているというのは、こじつけといった印象が強い。マーメイドという単語は、船の名前についていてもおかしくない、割と普遍的なものだ。


しかし、そんなことは彼女にとってはどうでもいいというか、「だから何?」と問いたくなるようなものなのだろう。引き受けてしまった以上、そこからは逃れられそうにない。


イソク「そうだ。せっかくですし、少し遊びませんか?」


こう提案したのはイソクさんだった。私と緑さんも、その提案をすんなりと受け入れた。


緑「でも、イソクくん。遊ぶって言っても、何をするの?」


イソク「具体的に何をするのかは決めていないのですが、二階にプレイルームがあるので、そこに何かしらあるかもなって。どうします?」


響「そういうことなら行きましょう。何をするかは、そこにあったもので決めるってことにしましょうか」


緑「そうだね。じゃ、プレイルームに行こう!」


また軍服の人魚姫のことを調べるという重大なミッションを後回しにしてしまった。許せ、我が友よ。


いや、ホントに、マジで許して。殺人事件が起こってしまえばこんなことを楽しめる余裕が無くなるの。調べ物は最悪できるけど、他人との交流って難しいの。だからさ、ちょっとぐらいならいいよね。


ん?ちょっと?いや、これはちょっとだ。それでいい。今は、余計なことなど考えずに、楽しむことを目的にしよう。

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