第7話

鈴さんから距離を置くために、私はその場から少し早足で離れた。そういえば、マーメイド号は二階のほうに図書室があったはずだ。本でも読んで落ち着こう。


図書室に入った。中には大きな机がひとつと、その周りに椅子が四つあった。それ以外はほとんどが本棚で、棚の中には大量の本があった。隙間があまりない程度には多かった。


そこにいたのは、高そうなスーツを着た男性だった。何やら分厚い本を読みながら、「この表現は実に秀逸だ」「余計なことを書くな。主人公が抱える問題に集中できなくなる」「ただ作者が書きたい描写が優先されすぎて、面白味に欠ける」などと感想を述べていた。


その人が本を読み終えたとき、私に気がついたらしく、本を棚に戻してから出ようとした。どこか、私に対して警戒心があるような目を向けていた。


そして、図書室を出ようとしてドアまで開けたところで、なぜか私の方まで戻ってきた。


やたらと睨みつけてくる。どういう理由があるのかと怪しんで顔を見ていると、ついにその口を開いた。


進次郎「お前は何なんだ」


響「…はい?」


進次郎「さっきからジロジロと見てきて、何か意味でもあるのか?」


先に見てきたのは相手のほうなのだが、そこには触れなかった。


響「意味なんてものはありません。私は日野 響といいます。仕事は探偵をしています」


進次郎「私は黄島 進次郎(きじま しんじろう)だ。よろしく」


黄島 進次郎、というと、中学生が世の中の犯罪者を処刑と称して次々に殺す、という物騒な内容のシリーズが人気の小説家だ。


てっきりもっと若い人だと思っていたが、実際には四、五十代ほどだったということに、少しばかり驚いていた。後で調べたところ、実年齢は五十二歳。そんなに年上なのかと衝撃を受けた。


それだけの挨拶を交わしたところで、黄島さんは図書室を出た。私はそのまま図書室に残り、本を探した。そういえば本題は都市伝説の調査だったなと思った。危うく肝心な部分を忘れたまま時間だけが流れていくところだった。危ない危ない。


すると、そこにまた誰かが来た。日焼けした肌がハッキリと分かる。多分、というか確実に露出の多い服を着ているせいだろう。


ましろ「初めまして。何読んでるの?」


響「今は何も。読むものを探していたところです」


ましろ「そうなの。それで、君の名前は?」


響「日野 響。探偵です」


ましろ「私は加賀 ましろ(かが ましろ)よ。よろしくね、響ちゃん」


響「こちらこそよろしくお願いします。加賀さんは、お仕事の方は何を?」


ましろ「スイミングスクールでコーチをしているわ」


響「そうなんですね」


ましろ「本当は泳ぎたかったんだけどね。今からでも海に飛び込みたいぐらい」


響「…今飛び込んだところで、綺麗な海ではないですけど」


ましろ「そうなのよね。残念だわ」


これは職業病なのか、それともそういう趣味なのか、理由はどうであれ、泳ぐことがそれだけ好きなのだろう。


ましろ「邪魔しちゃってごめんなさいね。じゃあ、私はこれで」


響「はい。また後で」


加賀さんはそう言ってどこかへ行った。何のためにわざわざ図書室まで来たのか、分からない。ドアが開いたままだったのか、私がいたことを感じ取ったのか、本を読みに来たけど人がいたから引き返したのか。


まぁ、そんなことは正直どうでもいい。本を読もう。目的は軍服の人魚姫だ。そのことを忘れないようにせねば。


しかし、どの本を読めばいいのだろうか。この情報は元を辿ると、ただのネット上のサイトだ。適当に考えたそれっぽいだけの話かもしれない。


図書室に何かしら妖怪や都市伝説を扱った本があればそのことを知れる可能性はある。しかし、そう都合良く見つかるだろうか。


じっくり探してみよう。予定だと明日の夕方ごろに終わることになっている。まだ時間は十分にある。焦る必要はない。落ち着いて、ゆっくりと……


ダンダン、ダダダダダン、ダダダン


うるさい。誰だこんなに足音を立てているのは。これじゃ落ち着いて本を探せない。静かにしてもらおうか。そう思って、音の出処へ向かうことにした。


音の出処は、ライブハウスだった。船にライブハウスがあるとは、金持ちになった気分だ。


ライブハウスのドアを開けた。そこでは、一人がラジカセで曲を流しながらダンスをしていた。勝手に見ていただけだが、圧倒されてしまった。


そして、曲が終わったころに私に気がついたようだ。こちらの方へ来た。


イソク「初めまして、あなたは誰ですか?」


響「私は日野 響と言います。あなたは?」


イソク「僕はチャ・イソクと言います。アイドルです」


チャ・イソク。どこかで聞いたことがある名前だ。何だっけな。聞き覚えはあるのだが。


響「イソクさんは、何かグループに所属しているのですか?」


イソク「oceanというグループのメンバーです。まだ、デビューはしていないんですけど」


それだ。前にやってたオーディション番組に出てたんだ。居候先の一織(いおり)って名前の子が見てたから、少しぐらいなら覚えてる。


響「へぇー。じゃあ、今はデビュー曲か何かの練習ですか?」


イソク「そうです。曲流しながら練習できるので都合が良くて。どうせなら、鏡も欲しかったですけどね」


響「鏡?」


イソク「しっかりと正しい振りで踊れてるかの確認で、鏡を見ながら練習するんです」


響「そうなんですね」


アイドルの大変さを僅かながらに感じたところで、船が大きく揺れ、アナウンスが鳴り響いた。青井さんの声だ。


蒼介「皆様、この度はマーメイド号にご乗船いただき、誠にありがとうございます。金村に代わりまして、私、青井 蒼介の方から感謝申し上げます。それでは、ただいまより、出発いたします。良い旅をお楽しみください」


こうして、怪物を乗せた船は、大海へと動き始めた。

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