第6話
黒子さんの荷物を部屋に置いて、また甲板へと向かった。すると、一気に人が増えていた。
進次郎「自動航海技術の体験だとは、実に楽しみだ。次の小説のアイデアが思いつきそうだ」
赤音「絶対いい男見つけて、あんな仕事なんてやめてやる…!」
イソク「みんなはいいと言ってくれたけど、一人で乗るなんて、本当にいいのか?」
ましろ「綺麗な海なら、めいっぱい泳ぎたいものね」
それぞれが、何か独り言を言っていた。聞き取れた限りだと、仕事での繋がりというものもなさそうだ。ついでに、年齢層もバラバラだ。
金村という人物は、どのような意図があってこのような人たちを集めたのかが分からなかった。私の友人と繋がりがある富豪、というのも全くイメージできないことではあるのだが。
緑「あの、少しいいかな」
溝辺さんが話しかけてきた。
緑「キミ、名前はなんて言うの?」
響「私ですか?私は日野 響といいます」
緑「響ちゃんね。よろしく。私は溝辺 緑。緑って呼んでいいよ」
響「いや、初対面の人にいきなり呼び捨ては…」
緑「いいよ。多分、私とキミ、同じぐらいの年だもん」
響「そうなんですか…ちなみに、緑さんは何歳ですか?」
緑「私は今年で21。キミは?」
響「私も21です」
緑「おー!まさかの同い年!」
同い年というだけで、緑さんのテンションは上がったようだ。私も、今回のような知り合いが少ない環境では、共通点を持った人物がいるというだけで気持ちがいくらか楽になる。そういうものだろう。
緑「ところで、キミは普段どんなことをしてるの?」
響「どんなこと…趣味とかですか?」
緑「それも気になるけど、大学行ってるなら何を学んでるのか、仕事してるなら、どんなことをしてるのか、それが気になるかな」
響「そういうことならお答えしましょう。探偵をしております」
緑「探偵!?」
驚かれた。めったに見ないタイプの驚き方をされた。漫画でたまに見る、「びっくりして目玉飛び出ちゃったよ」という状態が再現できそうなほどだった。
私は私で、まさか今から事件起こすつもりじゃないよなと疑っていた。そんなことはないと信じているが、相手の驚き方を見ているとどうしてもそんな可能性を考えてしまう。良くない癖だ。
響「そういう溝辺さんは?」
緑「私はね、おじさんのレストランの手伝い」
響「レストラン?それに、おじさんとは?」
緑「知らない?『いざなみ』って名前のレストラン。おじさんね、そこのオーナーなの」
「いざなみ」。聞いたことがある。確か、お手軽な価格で様々な魚介類を使った料理が食べられる、ファミリー層に人気の店だ。テレビでも特集を組まれたことがあったはずだ。
響「名前ぐらいなら」
緑「今度食べに来てよ。おじさんの料理、本当に美味しいんだから」
拓次「おーい、緑ー。こっちに来てくれー」
緑「はーい。じゃあ、また後でね、響ちゃん」
緑さんは、黒子さんの部屋に向かった。そういえば、響「ちゃん」と呼ばれているということは、私は女の子だと勘違いされているのではないだろうか。
実際、髪は肩ぐらいまで伸ばしているし、自分で言うのもなんだが、体格も顔も、ついでに声も女性的だったり中性的ではある。間違えるなと言う方が無茶だ。
話を終えて、今度こそ甲板に向かった。その頃には、さっきまでいた人たちもほとんど居なくなっていた。残っていたのは、ショートヘアの女性たった一人だった。
話すことはないだろうと思って、彼女の近くに立った。すると、話しかけてきた。
「ねえ君、ひとついいかな」
「えっ、何ですか?」
「誰かさ、いい感じの男知らない?」
「………ん?」
「誰か、私好みのいい感じの男、知らない?」
「えーっと、あなたの好みが分からないので何とも」
「身長は150から170であまり高くない、体も適度に鍛えてるけどマッチョじゃない、職種は問わないから年収500万以上で、私を一途に愛してくれる人」
後半の条件的に無理なんじゃないかな。
「いやー、ちょっとそんな感じの人は知らないですね」
「なんだ。君が男なら、誰かしらそういう友達いるのかと期待してたのにな」
あれ?初見で男だって見抜いてる?
「え?私が男だって分かるんですか?」
「分かるよそのぐらい。私、色んな男の相手していたし」
「なるほど。ちなみにお仕事は?」
「介護士よ」
なんで介護士やってて「色んな男の相手してきた」なんて言うんだ?本当に介護士か?あ、でも、たまたま今まで担当してきた人が男性だっただけの可能性もあるか。
「じゃあもういいよ。君にこれ以上用はないから」
「あ、あの。名前を教えてもらっていいですか?」
「鈴 赤音(すず あかね)。そういう君は?」
「日野 響です。よろしくお願いします」
「はいはい、よろしくね」
緑さんが大きな声だったと思っていたので、わざわざ名前を聞かれてかえって安心だ。そこまで大きな声でもなかったのだろう。
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