愚を守る
三鹿ショート
愚を守る
彼らの行為がどれほど愚かであるのかということは、理解している。
彼女を虐げる彼らの姿を撮影すれば、彼らは言い逃れることもできずに、然るべき罰を受けることになるだろう。
だが、私がそうすることはなかった。
それどころか、私は彼らに命令されるがままに行動していたのである。
理由は単純で、そうしなければ、次は私が彼女のような立場と化してしまうことが目に見えていたからだ。
たとえ彼女を救うことができる方法を考えていたとしても、自身に危害を加えられてしまうことを避けるためには、彼らに従う以外の道は存在していなかったのである。
それでも、彼女に対して、私は心の中で謝罪の言葉を吐き続けていた。
その言葉が彼女に聞こえることはないだろうが、何もしないよりは良いだろう。
***
家庭を持っていたとしても不思議では無いような年齢に至った頃、彼女が私に接触してきた。
かつての姿とほとんど変わっていない相手に、私は過去の行為について謝罪した。
頭を上げるように告げられ、そのように行動すると、彼女の笑みを目にした。
「許してほしいのならば、私に協力してください」
「協力とは、どのような事柄に対するものなのか」
その言葉に、彼女は口元を歪めると、
「かつて私を虐げた人々に対する報復です」
***
公園の長椅子に座り、天を仰ぎながら、彼女は言葉を吐いた。
「学生時代にそのような行為に及ぶことも可能だったのですが、人生は学生という身分を失ってから始まることを思えば、その時期に行動するべきだと考えたのです」
彼女は心の底から愉快そうな笑みを浮かべながら、
「学生時代の愚かな行為のために、社会的な地位を失った際の落胆した表情を想像しただけで、良い夢を見ることができます。ですが、実際に行動するには、私一人だけでは心許ない。ゆえに、あなたに協力してもらおうと決めたのです」
「何故、私なのか。社会的地位を失わせるようなことはしないと約束されれば、私以外の人間は喜んで協力することだろう」
私の言葉を聞くと、彼女は私に目を向けた。
「私を虐げる際、あなただけは、つゆほども愉しげな様子を見せることはありませんでした。命令されて実行しているだけで、自分が望んでいるわけではないということは、理解していました。そして、そのような人間は、罪悪感を抱いていることでしょう。それならば、私が協力を求めれば、受け入れてくれるだろうと考えたのです」
彼女の言葉は、間違っていなかった。
学生という身分を失った後に彼女と再会した日には、謝罪の言葉を伝えようと考えていたのである。
心の底から申し訳ないと考えているのならば、彼女を探しだしてその行為に及ぶべきだったのだろうが、再会によって彼女が思い出したくもないことを思い出してしまうのではないかと考えた結果、私は自然に身を任せていたのだった。
しかし、結局は自分のためであることは、理解していた。
彼女が学生時代の話を持ち出し、私の周囲の人々に言いふらすようなことがあれば、私は肩身が狭い思いをしながら生きていかなければならなくなってしまう。
ゆえに、私は意識的に彼女のことを避けていたのである。
だが、彼女の方から接触してきた場合のことを考えていなかったのは、愚かという他ない。
このような事態に至ってしまったのならば、彼女に協力することしか、私に道は残されていないのである。
私が協力するということを伝えると、彼女はやおら立ち上がり、
「では、行きましょうか」
歩き始めた彼女を、私は追った。
***
私に彼らを一人ずつ呼び出させると、我々は廃墟の建物で落ち合った。
全員が全員、自分の生活が脅かされることを恐れて彼女に許しを求めたが、彼女は首を横に振った。
そして、私に角材を渡すと、相手が動くことがなくまるまで殴り続けるようにと命令してきた。
そのようなことは出来ないと即座に告げたが、
「協力してくれるはずではなかったのですか」
低い声を出す彼女に、私は逆らうことができなかった。
やむを得ず、私は相手を角材で殴った。
背後に立っている彼女が終了だと告げるまで、私は同じ行動を続けた。
そして、私は彼女を虐げていた人々全員の生命を奪うことになってしまったのだった。
最後の一人の生命を奪うと、彼女は笑みを浮かべて拍手をしながら、
「これで、あなたは自由です」
感謝の言葉を吐く彼女を、私は荒い呼吸を繰り返しながら見つめることしかできなかった。
***
ある日、私の自宅に制服姿の人間たちがやってきた。
いわく、私が彼らを殺めたことについての話が聞きたいらしい。
このような事態に至るとは聞いていなかったために、私は素直に、彼女の命令だと話した。
其処で、強面の男性が私に見せたものは、角材で一人の人間を殴り続けている私の映像だった。
位置的に、彼女が撮影したのだろう。
彼女が撮影していることは知らなかったが、それでも彼女に命令されていたと再び訴えた。
しかし、どれだけ映像を調べたとしても、私と被害者以外の人間を確認することができなかったらしい。
其処で、私はようやく気が付いた。
彼女は最初から、私のことを許すつもりはなかったのである。
自分を救うことができる唯一の存在だった私が何も行動しなかったことに、彼らよりも腹を立てたために、彼女は最も重い罪を私に押しつけたのだ。
だが、私に彼女を責める権利は無い。
命令されて仕方なく行動していたとはいえ、私が彼女に手を出したことは、事実である。
それを思えば、彼女の報復には誰もが納得することだろう。
その場には存在していないが、私は再び彼女に対して謝罪の言葉を吐いた。
彼女の笑い声が聞こえたような気がした。
愚を守る 三鹿ショート @mijikashort
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