第34話 婚約破棄【ざまぁ】
「大丈夫ですか、佐々木社長?」
「あ、ああ……ちょっとめまいがしてな」
父さんは佐々木社長に手を添え抱え起こしたと同時に俺にアイコンタクトを送っていた。俺は頷くと司会のお姉さんにぺこりと礼をした。すると佐々木社長の下にいた絵里花もこちらへ戻ってくる。
これが俺といっしょに行う最後のイベントだとも知らずに……。
「お待たせいたしました。それでは絵里花お嬢さまと白川優一くんからの重大発表がございますので、進めてまいりましょう」
司会のお姉さんは額に汗をにじませるも社長周りの異変に慌てた様子も見せず、パーティーの進行を管理しようと努めていた。
「では気を取り直しまして、スクリーンをご覧ください。絵里花お嬢さまと白川くんの思い出の映像とアルバムが始まります」
事前に渡っていたUSBメモリーに入っていた内容を紹介、にっこり笑顔で手をスクーリンにかざすと照明はゆっくりと暗くなってゆく。だが音声と映像が流れた途端にお姉さんの笑顔はひくひくと引きってしまう。
『あん♡ くすぐったい』
『でも嫌いじゃないだろ?』
『んんっ! そこ、来ちゃうっ』
俺と絵里花の思い出どころか、絵里花と別の男との濃厚な思い出が垂れ流されてしまっており、パーティーに集まった人たちから、ざわざわというどよめきが起こった。
『きて、渉っ! もう我慢できない……』
『ああ! 行くぞ絵里花』
俺は凹凸が合わさった時点で真っ青な顔でスクリーンを見る絵里花に声をかけた。
「絵里花、良かったな。みんなに処女喪失を見てもらえて。これからは石田と幸せにな」
「なっ!? じゃあ、これは優一が仕組んだってこと? なにやってくれてんのよ! これじゃ、婚約どころの……」
「ほら、ちゃんと最近の営みも収録されてあるんだ、絵里花の綺麗な瞳で確認してくれよ」
絵里花の感動的な処女喪失シーンに止まらず、よくもまあ、ここまで好き勝手に浮気できたものだと思う映像が流れ、更にとある情報提供者から渡ってきたものも含まれていた。
『わ、渉っ! 痛いってば! そんなにはげしく揉まないでよぉ……』
『あ、ああ、済まねえ。ちっと力が入っちまった』
『渉、そんなに興奮して、どうしたの?』
俺たちは撮ってはいなかったが、絵里花たちはバルキューバの社員寮でパリピそのもので乱痴気騒ぎをしていたため、寮住まいの社員さんが溜まりかねて、父さんにリークしていたのだ。
『あっ、私に欲情してるんだ。渉のス・ケ・ベ』
『くそっ! 絵里花、今日はゴム持ってねえからなっ。生でやっぞ!』
『あ、え? うん……私、今日……』
騒然とする中、絵里花と石田が電車の連結部のように合わさったのを見届けると絵里花はキレ気味に俺に言い放つ。
「訴えてやるっ!」
「どうぞ、ご勝手に。だけどこっちはその分慰謝料を請求するからね」
「優一のくせにぃ!」
司会のお姉さんはあまりの出来事に画面を見たまま固まっており、ほぼ絵里花と渉の不貞行為が垂れ流されてしまったあと、ようやく我に戻り、動画の停止と照明を明るくするよう伝えていた。
しかし……明るくなった会場で晒される絵里花が粗暴である証拠まで明るみになってしまう。
怒りのあまり立ち上がっていた絵里花は俺の胸ぐらを掴んで引っ張っていたのだ。
「こ、これは違うの……」
取り繕うとしても時すでに遅し。みんなは普段絵里花が猫をかぶっているとはっきり認識した瞬間だった。
「この通り俺はいつも絵里花からいじめられてきたんです。証拠だってありますよ」
「ひっ!? あんたそんなものここで出してごらんなさい、絶対に殺してやるんだから!」
「絵里花、もう素性を晒すのは止めておいた方がいい、これは婚約者としてのせめてもの忠告だ」
「忠告ですって? 本当にムカつく! そのあんたの余裕ぶった態度が気に食わないのよ!!!」
俺は襟を掴んでいた絵里花の手にそっと手を置き、告げたが分かってもらえなかったようだ。
「絵里花、おまえはなんてことをしでかしてくれたんだ! 優一くんはうちの婿養子として――――」
ぶくっぶくっ、ぶくぶくぶくぅぅぅ……。
「パパ!?」
佐々木社長は泡を吹いて、席に座ったまま気絶してしまう。絵里花が俺の襟を離して駆け寄り、絵里花の母親が心配そうに社長を見ていたが、父さんは二人に眉一つ動かさずに伝えていた。
「ああ……佐々木社長にお伝えしておかなければならなかったのですが、奥さまと絵里花お嬢さんにお伝えしておきますね。明日、バルキューバ本社にて緊急役員会議が行われる予定です」
「緊急役員会議? そんなのなにも……」
「でしょうね。佐々木社長の代表取締役の解任決議なのですから……他の役員の方は賛同されていますよ」
「そんな……」
絵里花の母親は呆然としていたが、父さんは死体蹴りの手を止めない。いやこの場合は足と言っていいのだろうか?
「絵里花さんの不貞行為に加え、私の大事な息子優一への数々のモラハラ、パワハラ、DVが確認されました。二人の婚約破棄と民事、刑事の両面で訴訟を検討しています。また書面にて提出いたしますのでご確認ください」
絵里花と母親は淡々と語る父さんを前にして、青い顔のまま押し黙るしかなかった。
「さあ、優一。仕事は終わったぞ、パーティーを楽しもうか」
父さんは振り返り、ニコッと笑みを浮かべた。
家業を継ぐ前は外資系金融に勤めるやり手でMr.サイコパスと呼ばれるほど、敵対した相手には容赦しない人だったと母さんから聞いたことがあるけど、ここまでだったとは……。
「俺は父さんが俺の父さんで良かったと思うよ」
「はは、それはうれしいな」
父さんが俺に向ける笑みは優しさに溢れていたが、俺は絶対に敵に回してはいけない人間がこんなそばにいたとは今まで知らなかった……。父さんの本気を見たことで俺の家と絵里花の家の立場がまるっと逆転したことに、思わずつぶやいてしまう。
「まるでオセロだな」
―――――――――あとがき――――――――――
ガンダム
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