第11話 ヒロインの勘違い

――――【志穂目線】


「優一の分際で私がちょっと浮気したくらいで文句を言ってくるなんて、ふざけてる」


 白川くんが屋上を去ったあと、ぶつぶつと彼への不満をつぶやきながら佐々木さんも屋上を後にしていた。


 呆れた……。


 ここまで自分の行いを恥じるどころか正当化して、相手を非難できるなんて。


 私が佐々木さんの本性を知り、白川くんはとんでもない人と付き合っていて、そんな彼女の面倒を見ていた彼の偉大さにうんうんと感心していると、



 えっ!?



 屋上から教室に戻ろうとすると給水タンクに高木さん、太陽光パネルに島谷さんらしき姿を見かける。私がはっきり確認しようとすると二人は申し合わせたように陰に隠れた。


 恋敵……。


 ただの女の勘にすぎない。


 高木さんは短いスカートに襟をはだけさせ、ギャルっぽい見た目に騙されやすいが、かなり女子力が高く、家庭科の授業で彼女の作ったかやくご飯としじみ汁にだし巻き玉子は絶品で、確実に男子の胃袋を掴んで離さないことが予想できた。


 島谷さんの見た目は地味だが、私は彼女が相当な美少女であることを知っている。図書委員で彼女の幼馴染だった先輩が「なんで子役辞めちゃったの?」と訊ねていた場面に出くわしたことがあったから。


 そのときは誰かに聞かれることを恐れたのか、島谷さんがしーっと先輩の口を塞いでいたから、間違いなさそう。


 白川くんを取られたくない想いと同時に私から見ても魅力的な女の子を彼が惹きつける人物なことがうれしかった。それと同時に思うのは佐々木さんはなんて見る目がない人なんだろうか、と。


 でも長年寄り添った彼女と別れるなんて、やっぱりショックだよね……、少しでも白川くんを慰められれば、とそのときは安直に考えていた私は考えを改めさせられることになる。



 高木さんたちより先に教室に戻るとあまりの光景に驚く他ない。


 佐々木さんと別れ話をしていた白川くんは佐伯くんといつもと変わりなく、何事もなかったようにおしゃべりしていた。


「ちょ、おま……大丈夫なのかよ……?」

「なにが?」

「佐々木さんを石田の野郎に寝取られたことだよ! 悲しくないのかよ?」

「ぜんぜん。むしろネトラレうれしい!」


「なに言ってんだ……優一、おまえ……最愛の佐々木さんを寝取られて脳が破壊されちまったんだな……かわいそうに」


 ぽたり……ぽたり……。


 佐伯くんが白川くんの肩に手を置いたときに机に滴が落ちる。佐伯くんは冷めた焼おにぎりとか呼ばれてるが、ああ見えて友情に熱いのか、涙が枯れた白川くんの代わりに泣いていた。


「おいおい、なにも佐伯が泣くことはないだろ」

「これが泣かずにいれるかよ」


 二人を見てると、いったいどっちが彼女を寝取られたのか分からなくなってしまう。


 それを見た私の背中は雪女からサーッと撫でられたかのような冷気が流れ、血の気が引いてしまっていた。


 そ、そんな……白川くんには知らせておきたいと思ってやったことだったのに、白川くんが壊れてしまうなんて……。


 あんなに明るく何事もなかったかのように……、ううん、むしろ相思相愛だった佐々木さんがクズ男に寝取られたことをうれしがっているような節がある。



 どうしよう……私のせいだ。



 私みたいなつまらない子が白川くんの隣にいていいのか分からないけど、やってしまったことの責任を取らないといけない。


 自然な形でいつも私を助けてくれた白川くんにフェリーであることを打ち明けて……。


 ダメ、ムリ。


 そんなことしたら、彼に嫌われちゃう。


 思い切って、フェアリーであることを告白するよりも、私自身の想いを伝えたい衝動に駆られていた。



――――【回想】


 友だちは渉の容姿とか、運動神経とかの良さしか見ていないから、付き合いたいなんてことを軽々しく言えるんだ。だけど私には渉に軽く衣服に触れられるだけで生理的嫌悪を強く覚える。


 中学生のころだった。


『キミ、ずっとバス停にいるよね?』

『……』

『話しかけてごめん、馴れ馴れしかったよな。ただ深刻な顔してたから、気になっただけだから』


 私がうつむいて、白川くんの問いに答えないでいると彼は怒るどころか、私の心配をしてくれていた。


『違う……ただ男の子と話すのが馴れていないだけ』

『男の子なのに?』

『おとこの子? 私が?』

『そうだよ』


 渉のせいですっかり男性恐怖症になってしまった私は髪をまとめ目深にかぶったキャップ、ジャンパーにデニム地のホットパンツとレースアップのショートブーツという出で立ちでいたことを忘れていた。


 男の子みたいな格好をしてれば、男の子に声をかけられることはないと思っていたから……。


 白川くんは女の子だから声をかけてくれたんじゃない。私が心配だったから声をかけてくれたんだ。


 そう思うだけで……、


『私は女だよ』

『ごめん! 格好良かったから、つい……』

『ううん、わざと男の子に見られる格好をしてたから』


 見ず知らずの白川くんに私は溜まりに溜まった想いを堰が切れるどころか、ダムが決壊してしまったような勢いで話していた。


 私が義兄になる前の渉につきまとわれ、精神的に参っているときに、ただその場に居合わせただけの彼が、ずっと私の話を聞いてくれたこと。


 愚痴にも近いことを延々と。


 ベンチに座ってる間にも何台もバスが通り過ぎて行ったのに、彼はただ私の話に耳を傾け、相づちを打つ。


 両親ですら取り合おうとしない、とりとめのない話。だけど私にとっては大事な話だった。


『ありがとう、見ず知らずのあなたに私の悩みを聞いてもらえるなんて……』

『それは見ず知らずだから、話し易かったんだと思うよ』


 プシューン♪


 話し始めたときはお昼だったのに、気づくとすっかり夕方で、ちょうどバスが到着し、彼はバス停のベンチから立った。


『あの名前は……?』

『俺? 俺は白川優一、キミは?』

『私は……』


 白川くんに名前を伝えようとした。だけど、渉のことがあって男の子に自分の名前を言うのをわずかに躊躇ってしまう。


【乗られますかー?】


『はい、乗ります』


 そのときバスの運転手から声がかかり、彼は慌てて後ろの乗車口から乗り込んでしまう。


 彼が行っちゃう!


 焦ったものの窓から親しげに手を振る彼に、私は自分の名前も伝えられなかったことが情けなくてうつむいてしまった。


――――【回想終わり】



 だけど、私は白川くんと話したことで、高校入学後に起こるクズ男の歪んだ野望の芽を摘み、人生最大の危機を乗り越える助言をもらっている。


 護身用にとある物を枕元に置いておくように、と。


 白川くんには救われてばかりの私……やっぱり恩返ししないとダメだよね。


―――――――――あとがき――――――――――

ラブコメの定番、義妹物も義兄がクズだとしあわせになれないですよね(・_・、) 志穂たんの受難はまた後ほど語っていこうと思います。

クズ男から救ってやれとお思いの優しい読者さまに是非フォロー、ご評価お願いいたします。たくさんいただけるとクズ男のざまぁ度がマシマシですwww

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