第6話 立場の逆転

――――学校の屋上。


「なによ、こんなところに呼び出して! 私はさ、優一みたいに暇じゃないの。こんなこと家に帰ってからにしてくんない?」


 SHRショートホームルームが始まる前に動画を見せようとしたとき、絵里花は明らかに動揺の色が見えたが、いまは余裕そうにしていた。


 一時間目の授業が終わり小休憩の間に俺と絵里花は屋上にいた。俺がみんなに知られないように配慮したのに、絵里花はいきなり憎まれ口を叩いてくる。


「俺なりに絵里花に配慮したつもりだったんだが、余計なことだったみたいだな。なら遠慮なくいかせてもらう」


「あはは! 優一が笑わせてくれるじゃないの。だいたい下僕同然のあんたが私に逆らおうっての? おっかしい~。へそで茶が沸いちゃうかも」


 内心動揺しているはずなのに俺が何もできないとでも思って、メスガキよろしくキャハハハと俺を指差して、嘲笑あざわらう絵里花。


 せめてもの長く付き合った幼馴染への情けだと思って行った配慮も無駄だと分かった。


 スマホをポケットから取り出すとロックを解除、すぐさまフェアリーから送られてきたLINEのメッセージにアクセスすると絵里花の前に浮気の証拠とばかりに突き出してやった。


 すると……、


「うわ~! 優一って童貞をこじらせて、ネットで拾ってきたポルノ動画をスマホに収めて、私に見せてつけてくるとかマジキモ~い! もうちょっとまともな男だと思っていたけど、オタクに加えて、変態キモ男とかありえないし」


 絵里花は自分ではないとしらを切る。


 だが言い逃れなどまったく許されないほど、絵里花は真っ黒だった。


『いまは優一の名前なんて出さないで』

『そうだな、いまは絵里香のことだけを……んん』


 俺を苛立たせようとしていたのか、メスガキっぽい口調で挑発してきたが、絵里花が動揺しているのは手に取るように分かった。


 付き合いが浅い者は分からないだろうが、幼馴染の俺ならすぐに気づく。絵里花は動揺するとヒクヒクと口元が動き、声が揺らぐ癖があった。


『きて、渉っ! もう我慢できない……』

「なっ!?」


 動画からは自ら喘ぐように石田を求める絵里花の声が響いてきて、俺は笑いを吹き出しそうになるのを堪えるので必死だった。



 バキッ!!!



 俺が右手で笑いをこらえるため口を押さえたときだった。俺が証拠とばかりに突き出したスマホをひょいと奪い取り、真っ二つに割ってしまう。無残にも折れたスマホを俺の足下に投げつけながら絵里花はスマホを踏みにじりつつ言い放った。


「あっはっはっはっ! ざんね~ん。証拠はもう消えたわ。こんなつまらない偽物の動画で私を脅そうなんて優一もバカじゃないの?」


「バカは絵里花だよ。動画の複製もあるし、そもそもクラウドにも保存されてる。それにヤりながら、お互いの名前を叫んでるんだから、おまえらに間違いないだろ」


 もうちょっと賢い子だと思ってたんだけど、想像を上回る残念さに呆れて物が言えない。


 俺は足下の壊れたスマホを拾う。


「それに絵里花……これ、おまえのところの製品だろ? いいのか、自社製品をぞんざいに扱って」


「ふん! 私が私のところの製品をどう扱おうが勝手でしょ! それともなに? あんたみたいな庶民はスマホの一つや二つ壊されたくらいでがみがみ言うわけ?」


 裏面のまん中にバルキューバと刻印されていたが今や真っ二つ、丸みを帯びたひと昔前のスマホデザインで、正直垢抜けているとは言いがたい。俺はデザインに携わっていないが、絵里花の両親の会社が社運を賭けて販売したものだった。


 俺の両親曰わく、売れ行きが芳しくなく仕事のよしみということで押し付けられ、俺に巡ってきたのだ。


「いや、絵里花のところのスマホは正直使いづらくて、正直困ってた。これで心おきなく前から欲しかったi Phoneに機種変できるから助かったよ」


「まさか、優一あんた……うちの製品をバカにするんじゃないでしょうね! 下請けの分際で舐めた口利いてんじゃないわよ。あんたどうなるか、分かってるんでしょうね?」


「俺は率直に製品を使っての評価を下しただけで、絵里花みたいに折ったり、踏みにじったりはしていない」


 俺は額に手をやり、天を仰いだ。


 あまりにも絵里花が自分のやらかしたことの重大さを分かっていなかったから……。


「絵里花……おまえはなんにも分かってないから言っておくが、石田と寝たってことは不貞行為で婚約破棄されてもおかしくないんだぞ。それに自社製品を大切に扱わないとか、また動画でも撮られてたら、今度は絵里花だけじゃなくご両親や会社にも迷惑かけるんだからな」


「あっ、分かった! 渉と比べられて嫉妬しちゃったんでしょ? 私がヤらしてあげないから。まああんたなんて私の足を舐めることぐらいしかできない犬なんだから仕方ないよね」


 本っ当にバカだ、絵里花は……。


「いや、まったく嫉妬していない。むしろ石田には感謝しかしてないよ。俺はやっと絵里花と縁が切れるんだからな」


 いくら女の子の扱いに手慣れた石田だろうが、絵里花みたいなモンスターの扱いは一ヶ月と保たないことが容易に予測できる。


「なに言ってんの! それはこっちの台詞よ。私が優一と仲良くいっしょにいるのを演技してやってたんだから! はっきり言って土下座で『絵里花さま、このキモオタ童貞と長らくお付き合いくださり、ありがとうございました。二度と汚い面をあなたさまの前に晒すようなバカな真似はいたしません』って感謝してもらいたいくらいよ」


「はあっ……」


 ここまで日本語が通じないとは思ってもみなかった。絵里花と会話することすら無為に感じてしまい、身体の中に溜まった毒素を吐き出すように深いため息が漏れてしまう。


 俺の前で腰に手を当て、ふんぞり返って得意気な顔をする絵里花にほとほと愛想が尽きて、踵を返したときだ。


 塔屋や貯水タンクに太陽光パネル……それらの裏になにかさっと身を隠したような気がした。


 ま、ただの気のせいだろう。


「優一、ちょっと! 聞いてるの? ねえっ! ねえってば!!!」


 俺は呼びかけてくる絵里花を無視して屋上に通じる階段から下りっていった。



――――翌日。


 ああっ! なんて清々しい朝なんだろう。


 登校してきて、ちらと絵里花の席を見ると鞄もなにもかかっておらず、まだ来てないらしい。


 しかし今日のクラスメートたちの様子が変だ。


 ――――ねえ、知ってる?


 ――――当たり前じゃん!


 ――――最近、あの二人おかしかったよね?


 ――――そうそう、あんなに仲良かったのに。


 SHRが始まる前の教室がいつもよりやけに騒がしかった。なんだろう? 


 俺と絵里花のことか?


 いやいや、それこそ自意識過剰って奴で俺と絵里花が事実上破局を迎えたことなんて、俺たちしか知り得ないことなのに。


 それに志穂さんがやたらと俺を見てきているような気がしたが、こちらが彼女に視線を移すと顔を手で覆ってしまう。


 なんなんだろう?


 俺、彼女にそんなに嫌われることしたのかな?


 ならまた後でクラスメートのいないところで話しておかないと……。


 って、それよりも……もう一回、癒やしボイスを聴いて、長い授業を乗り切るパワーをつけないとな。


「おい、優一!」

「おわっ!? 誰かと思ったら、佐伯かよ……」


 騒がしい教室を尻目に朝の余暇を推しのV Tuber流星キラリのアーカイブを見てのんびり過ごそうと思っていたら、佐伯が覗き込んでくるので仰け反ってしまう。


「佐伯かよ、じゃない。おまえ、佐々木さんを石田に寝取られたって、ホントのことなのか?」

「えっ!?」


 俺がぎょっとして顔を上げると登校して、着席していたり、立ち話をしていたり、授業の仕度をしていたクラスメートたちの視線が一気に集まってしまう。


 どうやら俺が前日に絵里花の浮気の証拠を見せつけたのを機に、クラス中にその噂が広まっていたらしい……。


 けどいったい誰がそんな噂を流したんだ?


―――――――――あとがき――――――――――

幼馴染終了の鐘が鳴りましたwww

今日から始まるクズ彼女の没落生活にご期待の読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る