第7話 薄幸美少女の決意
――――【志穂目線】(絵里花が寝取られる当日)
「ただいま……」
ダイニングを通り過ぎ、階段を昇って自分の部屋に入ると制服のまま、ボフッとベッドに倒れ込むようにダイブした。
お母さんから子どもっぽいと言われつつも、薄桜色の生地に花がらがあしらわれた枕に顔をうずめる。
ああ……今日も白川くんに自分から話しかけることができなかった。
変に思われたら、どうしよう……。
そう思うだけで足取りは重くなり、口は貝のように固く閉じてしまう。
教室で白川くんと目が合うと頬が火照って、途端に胸の鼓動が早く波打っていた。恥ずかしさのあまり、さっと視線を逸らしてしまっていた。
嫌われてしまったら、どうしよう……。
ううん……白川くんには佐々木さんという彼女がいる。彼女がいる限り、私はただの友だち……ですらない。
私の気持ちを湛えているガラスの器からごぽごぽと音を立て、水があふれて出てきてしまう。透明で澄んだ水と雨上がり直後のような濁った水が……。
佐々木さんさえいなければ……。
なんて嫉妬からか、嫌な気持ちがあふれてきてしまって、自分が嫌いになりそうになる。白川くんは佐々木さんといっしょにいるのが一番しあわせなんだから。
寂しさ、悲しさ、悔しさが入り混じり、まぶたから涙があふれてきそうになっていたときだった。ガチャリと玄関が開いたかと思うと、クズ男が誰かと話している声が聞こえてくる。
「上がりなよ」
「うん、じゃあお邪魔するね」
またいつものようにクズ男が両親がいないことをいいことに女の子を家に連れ込んでるんだろうと思っていたが、どこか聞き覚えのある声だったので気になって、そーっと部屋のドアを開けて聞き耳を立てると、
「今日、親いないんだよ」
「もしかして、それ目的で呼んだの?」
「そうだって言ったら?」
「悪くないかも」
さ、佐々木さんっ!?
声の主が分かったことで思わず、声が出そうになったが、口を押さえて声を殺した。なぜ白川くんの彼女である佐々木さんが、私のクズ男といやらしい雰囲気でいっしょにいるのかが分からない。
「玄関に志穂の靴もあったけど、大丈夫?」
「ああ、あいつは出て来ないよ。オレがいるときはいつも部屋に引きこもってるド陰キャだから」
いったい誰のせいで学校に行く以外、引きこもりになったっていうの!
あのクズ男は私がまったくなびかないことに苛立ち、無理やり身体の関係を迫られて以来、私は男性恐怖症を患い、男の子と上手く話せなくなった。
クズ男の言い草に唇を噛み締めて、憤りを感じているとリビングのドアが開いて足音が聞こえてきたのですぐに部屋に引きこもる。
「絵里花、記念に撮ってもいいか?」
「え~、どうしよっかな~」
「なあ、いいだろ? オレとの記念に残しておこうぜ」
しばらくすると声は隣の部屋から薄い壁を通して、振動に近い形で響いてきていた。
記念? いったいなんのことだろう?
「仕方ないなぁ、渉だから許してあげるんだからね」
「やっぱオレ、絵里花に声かけて正解だったわ!」
「当たり前じゃん! 私よりいい女なんていないからね!」
す、スゴい自信だ……。
彼氏がいるのに他の男の子の部屋に上がり込む女の子の思考はとても私には真似できそうにない。
「白川のことなんか忘れさせてやるよ」
「いまは優一の名前なんて出さないで」
「そうだな、いまは絵里香のことだけを……んん」
壁から漏れ出す声は、さっきまでとはまるで違い甘ったるい声へと変わっていた。
あのクズ男はワザと私に女の子の喘ぎ声を聴かせている節がある。本当はクズ男が女の子とえっちなことをしている声や音なんて聴きたくないのだけれど、相手が佐々木さんとなれば別だった。
「きて、渉っ! もう我慢できない……」
「ああ! 行くぞ絵里花」
ギシギシと私の部屋にまで伝わってしまう振動。
高校生なのに、責任も取れないくせにシてるんだ……。経験のない私にだって分かる。
こんな酷い裏切り……白川くんにだけは伝えなきゃ!
防疫服に身を包み、防毒マスクにゴム手袋、そしてゴム長で完全防備を固めた私。
ベランダから二人が仲良く恋人つなぎで外へ出ていくのを見届けるとクズ男の部屋を漁っていた。
入るだけでめまいと吐き気がしてくる。
わざわざクズ男の部屋に入り物を触るためだけに用意した服装でこれならちなんと衛生的だ。とにかくあのクズ男の持ち物には触れたくなかった。
あった!
見つけたのは親指くらいの大きさのフラッシュドライブで、無造作にテーブルの上に転がっていた。あのクズ男は女の子との情事の動画をスマホだけに飽きたらず、外部ストレージにまで保存するような変態だ。
私は自身の寝姿やおトイレやお風呂に入っているところをあの男に隠し撮りされていないか、定期的にチェックを入れていた。
以前にクズ男に写真を撮られ、勝手にShiho名義でインスタグラムに投稿、瞬く間に一時間も経たない内にフォロワーが十万人にもなってしまい、大変なことになった。
佐々木さんがやけに私に突っかかってくるのはフォロワー数が関係してるんだと思う。彼女は学校でフォロワーが千人になったと自慢していたから……。
私はそんなつまらないことで争いたくない。
ただ静かに暮らしたいのに……。
だからクズ男には二度とあんな真似させない!
それに学校では爽やかイケメンなんて言われているけど、義妹の私の姿を平気で盗撮してくるような最悪の男であいつが一途に佐々木さんを愛するはずがない。
なんで……白川くんみたいな優しくて、なんでもできて、格好いい男がいるのにまるで尻軽女のように浮気しちゃうのかが分からなかった。
とにかく見たくもない生々しい浮気現場の動画を吸い出し、フラッシュドライブをそのままの形でテーブルへとそっと戻しておいた。
あとは私のスマホから白川くんに送れば……。
フェアリー:【おまえの彼女はオレが寝取った】
白川くんに真実を晒すのは心が痛んだけど、どうしても退くことができなかった。彼がもしかしたら、私は彼とまた穏やかに話せると思ったから……。
―――――――――あとがき――――――――――
寝取られ動画の送り主は志穂たんで、彼女の告発でした。
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