第2話 薄幸系美少女と美人教師

 いかにも美人教師といった感じの俺たちの担任はまだ着席していないクラスメートたちを怒るわけでもなく、優しげな言葉で席へ戻るよう促していた。


「は~い、みんな席に着いて。休み時間は終わりだからね」


 ――――は~い。


 ブラウン系の少し明るめの髪色に長めのボブカットにふんわりと効いたウェーブ、右目の下まぶたにある泣きぼくろがとにかく色っぽい。


 席を離れていたクラスメートたちは俺たちの担任の木村早苗先生が授業のために教室に来たことで渋々自分たちの席へと戻っていった。


 先生が教室に入ってくるだけで室内は花の香りに包まれ、みんな穏やかな気分になるようだった。


「じゃあ、教科書の66ページからね。玄宗が即位し、拡大する唐朝は中央アジアで……」


 黒板にチョークで書きながら、解説をする先生の後ろ姿は背筋が伸びて、凛として美しく、学生とは違った大人の女性を俺に意識させる。


 そんな先生が突然振り返り、


「じゃあ、佐々木さん! これ答えてみて」


 先生の授業を聞かず、スマホを机の下でいじっていた絵里花に天罰とばかりに先生が指名した。当てられた絵里花は颯爽と席を立つが横目で俺に合図を送り、答えを伝えるように求めてきている。


 俺が小声でつぶやくとそのまま絵里花は答えた。


「……タラス河畔の戦いです!」

「はい、正解よくできました」


 絵里花とよく連んでる陽キャたちから賞賛の声があがる。


「さっすが絵里花!」

「予習してるとか、すっごーい!」

「クイズ王になれんじゃね?」


 絵里花は陽キャたちの声に応えるようにして、目元にかかった前髪をふわっとかきあげた。


「あははは! これくらい余裕だってば!!!」


 内心当てられて、マジで焦ってたくせに……。


 付き合いが長いだけに彼女の友だちたちより、絵里花のことは分かってしまうが、両手を挙げて愛想を振りまき、まるで戦いに勝利して、凱旋する英雄気取りの絵里花に呆れる。


「はいはい、みんな。まだ授業中だから~。それじゃ説明するね。唐朝とアッバース朝との戦いで製紙法が西洋に伝わったとされています」


 ぽんぽんと手を軽く叩いて、騒いでる陽キャたちをなだめたあと、先生は解説を始めた。


 絵里花は喉元過ぎればなんとやら、先生を舐めてるのかまたスマホをいじって、さっきのインスタの投稿についたコメントの返信でもしているようだった。


「じゃあ今日の授業はこれで終わり! みんな課題忘れないでちゃんとやってくるのよ」

「え~っ! 早苗ちゃん、そりゃないよ~」

「愚痴は受け付けませ~ん」


 授業終わりにクラスメートたちの愚痴を華麗にスルーした先生は、教室から去り際に俺をドアの外から手招きして呼び寄せた。


「俺?」


 指で自分の顔を差すと先生は頷いたので寄ってゆくと……、


「白川く~ん、めっ! いくら佐々木さんがかわいいからって、かばっちゃ……彼女がいつまで経っても白川くん頼みになっちゃうからね」

「あ、はい……」


 優しく叱られた。


 敵わないなぁ、ぜんぶ先生には筒抜けだったか。


「まあ、今日のところは白川くんの優しさに免じて不問だけどね」

「ありがとうございます」

「私は好きなんだけどね、白川くんみたいに優しい男の子が……」


「先生?」

「ううん、なんでもないの。時間取らせてごめんね」


 先生の表情が曇ったため、俺が顔を覗き込むように訊ねると彼女は大きく首を左右に振る。いつも朗らかで笑顔を絶やさない木村先生のまぶたに微かだが滴がついたかのように思えた。


 いったいどうしたっていうんだろう?



 教室の掃除も終わり、下校の時間となった。


「優一さ、もっと早く答えてくんなきゃ困るよのね~。私がみんなの前で恥かいたら、ぜんぶ優一のせいだから!」


 えっ!? 俺のせい?


 むしろ、俺が絵里花のピンチを救ったはずなのに、ダメ出しかよ……。


 いつものこととはいえ、いたたまれなくなる。


 ぐぬぬ……。


 我慢だ、我慢。


『絵里花の自業自得だろ! このモラハラ雌豚がっ!』


 ここで絵里花にそんな風に反論したいが、俺の家と絵里花の家のパワーバランスに配慮を払うと、とてもそんな暴言を吐けるわけなかった……。


「白川と絵里香はマジ仲がいいな。オレも絵里香みたいな彼女が欲しい」

「もうっ、渉たら、冗談ばっかり言って!」


 俺の耐え難き心労など知るよしもなさそうな髪を茶髪に染め、ネクタイはゆるゆるに制服を着崩し、上履きを草履のようにして履いて、いかにもチャラそうな男がやってくる。


 石田チャラ男……じゃなかった石田渉。


 石田は白い歯を見せ、絵里花の手に触れながらまるでホストクラブにいるかのように絵里花を口説いていた。


 石田の奴なんだが女の子とはやたら距離が近い。


 絵里花に気があるかどうかははっきりと分からないが、かわいい子に対して石田はいつもこんな調子なのだ。


「あ~、すまん。白川いたんだったな」

「いや気にしてない」


 二人でいるときなど、さんざん絵里花から空気扱いされている俺にとっては石田からぞんざいに扱われることなんて、蚊が刺すより些細なことだ。


「いこ、優一」

「ああ……」


 しおらしく俺の袖を引っぱり帰宅を促す絵里花だったが、石田やクラスメートたちの前じゃ俺をストレスの捌け口にするのを遠慮したとみえる。


「じゃあな、絵里花」

「うん、またね。渉」


 石田に対して笑顔で親しげに手を振る絵里花だったが、おまえはどっちと付き合ってるんだよ! と突っ込みそうになった。


 いや俺の絵里花への愛情なんて絶対零度以下なんだけどな。


 正直なところ、ほんなに絵里花が気になるなら汚物は石田に引き取ってもらいたいのだが、いくら絵里花でも婚約が破談になるような馬鹿な真似はしないだろう。


 実に残念極まりない。


「んじゃ、オレたちも帰るか」

「……」


 石田は俺の近くの席に座る妹の志穂さんに声をかけるのだが返事はなく、彼女は無言のまま立ち上がると鞄を取り、そのまま一人で教室を出て行ってしまう。


「ははっ! なんだよ相変わらずツンデレだなぁ」


 妹に兄貴扱いされない石田は志穂さんに邪険にされながらも彼女を追いかけていった。



 パタン。


 靴箱から合皮フェイクレザーの革靴を掴むとタイルの床に力なく落とした。学校が終わると俺は地獄の底に落とされたような憂鬱な気分になってしまう。


「渉の妹の志穂……あいつ、優一のこと見てなかった?」

「そうかな? 俺なんか石田さんが見てるわけないよ」


「そうよね、あんたなんか見てる女の子、いたら相当趣味が悪いとしかいいようがないから。はぁ~、なんでこんなつまらない男と結婚しなくちゃならないんだろ……」


 ため息と同時にがっくりと肩を落とした絵里花だったが、


 おまいう!?


 まだ結婚してなくても、このツラい日々……。


 絵里花と結婚なんてしようものなら、俺のこの先の人生、薔薇色ばらいろどころか、土留色どどめいろまっしぐらだ。


 ドカッ!


「痛っ! なにすんだよ!」


 俺の膝関節の少し上、ちょうど筋肉が薄くなったところへ絵里花はローキックを叩き込んできたのだ。


「罰よ、罰。どうしてくれのよ、私のインスタ……いいねが一昨日より減っちゃったじゃない!」


 知るかよ!


 インスタにお弁当を抱えての自撮りをアップして、の数が多いときは機嫌がいいが、少ないときの不満は俺にDVという形で降りかかる。


「そんでさー、詠美の奴、パパ活やってブランドもんのバッグをパパから買ってもらったって自慢してくんの。ウザくない?」

「ウザっ! けど、おっさんはないわー」

「でしょー!」


 だが絵里香の注意が俺から移る。俺たちの後ろから聞き覚えのある女の子たちの声がすると絵里花のこめかみは緊張しているように思えた。


 二人で連れ立って、髪をアッシュゴールドという派手派手に染めたいかにもギャルっぽい子が俺たちを抜かした。


 高木いばら。


 彼女のベージュのカーディガンを襟元は開け放たれて、ネクタイの結び目は胸元近くまで下がっていた。


―――――――――あとがき――――――――――

ごみ彼女はちゃんとごみ箱へ、薄幸系美少女をしあわせにするのは主人公の責務だ! という読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。

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