第17話 諦め

 いさぎよく、諦めよう。今日は、もう時間的に厳しい。そして、ゆっくりと買い物するのも厳しい。会計を済ませて、大きな紙袋を持って、声をかけた。

「何か、買うの?」

 マジマジと、鏡に映ったキャップの姿を見つめていた。スモーキーグリーンのキャップだ。

「似合うかなぁ、どう?」

「どうって言われても、好きなの買えよ。迷っているなら、やめとけって」

 それは、買い物のするときの鉄則だ。迷っているなら、一旦やめてしまった方が良い。それでも、欲しいなら後から来て買った方が良い。

「こっちの色が良いかな」

 今度は隣にあったブラックのキャップをかぶった。

「どっちでもいいけど、キャップ欲しいの?」

「うん、難しいね」

 2つともたなに戻した。

「そうだね、今回ちょっとやめといて、欲しかったら、また来る」

「うん、その方がいいんじゃね」

 店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。


 目線を落とした沢村が言ってきた。

「何買ったの? 随分ずいぶん、大きい買い物だね」

「うん、アウター……あっ、暖かそうなダウンがあったから買ったの」

「へぇ、いいね。こんのやつ?」

「ネイビーな、なんで知ってんの」

「試着室で着てた」

「ああ、そういうこと」

 試着室を出て、店員さんと話をしているのを見ていたんだな。


 駅まで歩いて別れようとしたけど、家までの最寄り駅も一緒だった為、そのまま電車に乗った。

「今日の収穫は、親子丼だね。美味しかった」

「いや、ダウンだな。いい買い物したぜ」

 お互いに感想を言い合う。

「親子丼だよ、黄身がトロトロしてて美味しかった。うん、美味しかった」

「俺は、これでこの冬も暖かいんだ、色もいいし、これ軽いんだぜ」

 紙袋を渡した。沢村は持ち上げると驚いた。

「本当だ。すごい」

「だろ、軽くて暖かい、その上、デザインもカッコいい。まぁ、値段はそれなりにしちゃったけど」

「良い物って高いんだね」

「そうなんだよ、良い買い物なんだよ。いや~、俺に買って買ってって語りかけるように聞こえたんだよ。そして、試着室で着てみると、まぁ~カッコいいこと」

「良かったね」

 沢村は、特に興味を持っていないようだ。きっと、頭の中は親子丼でいっぱいだ。俺たちは、電車の中で今日の感想を話した。


 話しに盛り上がったのは良かったが、俺らは本来のことを忘れていた。

 計量スプーンを買ったことだ。まぁ、これはこれで良しということで。なぜなら、俺たちはダメダメだからだ。


































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る