第10話 連絡先②

 コーヒーを飲み干してしまったようで、カップを見ると、黒い粉がわずかにくっついていた。

「あの日濡れてたのは、カフェで別れ話になって水掛けられたの」

「なんで? 別れ話になったの」

「俺が悪かったんだけどさ、彼女いるのに合コン行った。そして、遊びに行った。ちょっと、マンネリになってたから本気じゃなかったし、遊びに行くだけだった」

「なんで、開き直ってるの?」

 俺の態度に、女は気に入らなかったようだ。

「なんで彼女にバレたか知らないんだけどさ、俺は最低な男なの。バカだし、周りに怒られ過ぎて、ズタボロよ。その後、味噌汁作って気がまぎれたの」

「うん」


 俺はかばんから名刺入れを取って、名刺の裏に連絡先を書いた。目の前に、パサッと置いた。

「これ、俺の名刺と連絡先。本当はさ、えっと……」

 目の前の名刺をマジマジと見つめて、顔を見た。


「何?」


「軽量スプーン、買いに行きたかった。分かんないだ、行ったけど種類が多くて、あとは何買って良いのか分かんなかったし」

 

 黙って、携帯を出して操作していた。この女は人が話している時に何を……。ちょっと、イラつきながら見ていると


「あっ、ごめん。ちょっと携帯鳴った」

 誰だろう、こんな時間に。見知らぬ番号だった。


「これ、私の番号。もし、計量スプーン買いに行くんだったら、連絡くれれば」

「あ、うん」

 

 あれ? ちょっと、いつもと違う。もっとこう、連絡先の交換って楽しいはず。

「そうだ、名前分かんない。なんていうの」

「名前……言ってなかったっけ。えっと、月本さん?」

「俺はね、そうじゃない。教えてよ、なんていうの」

沢村さわむら花穂かほ

「沢村さん、なんて字書くの」

「もう、自分で入れる」

 俺の携帯を奪い取った入力し始めた。あっ、携帯の中見られる。奪い返そうと思ったけど、入力されて静かにテーブルに置かれた。


 ふと、気づくとテラス席から見える空は、すっかり暗くなっていた。時計を見ると午後の8時をまわっている。

「ごめん、遅くなってしまった。どっち帰り、送るよ」

 店を出て、あたりを見渡す。まだ、人影はあるんだけど、近くではあると思うんだ。けど危ないよな。

「いいよ、1人で帰れるから」

「途中まで送るよ」

 結局、スーパーに行けなかった。ちょっと悪かったかな。


「やっぱり、嫌? 俺みたいな彼女いるのに合コン行くバカなやつ」

 どうしても、気になって聞いてしまった。だったら、行くなよって感じだがやってしまったことは、しょうがない。

「なんで?」

「ダメな奴だから。だらしなくて、水かけられたから」

 ふっ、吹き出して笑った。

「私だって、そんなに完璧じゃないから。何とも思わない歳も歳だし、給料だって稼げてないし、全然気にしない」

 歳って、あっ聞いたらまずいか。慌てて、口元を抑える。


「いいのよ、私たちはダメダメなんだから」


 一瞬、沈黙が流れてくれた。


 アハハハハッ、お互いに顔を合わせて大笑いした。


 なんか、俺たち間違って出会った? 空を見上げた。時間よ、戻れ。この人と出会う前に。

「いいのよ、別になんでもないんだから。知り合い、近所の人、それでいいじゃない」

「当たり前だろ。何でもないよ」

「そうよ、お互いダメダメなんだから。私は失恋を引きずっているし、あなたはだらしないダメな奴なんだから。何も気負わなくていいのよ」

「そ、そうさ。だらしないダメ野郎と、失恋引きずりまくりの女だろ」

「うん、そうよ。別にいいのよ」


 お互いに距離を縮めないように、否定的に言い合った。嫌いになるくらいに、そしてただの付き合いに、終わったらお互いに心が清々せいせいした。




















































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