第35話「近況報告という名の息抜き」
――夏休み後半
推薦組のわたし達は、常連になりつつあるファミレスの一角で、近況報告という体でのお昼ご飯を食べに来ていた。
夏休みに入ってからも、絶えず学校に足を運び、先生たち相手に面接の練習を行っていた。
進学校なだけあって、雰囲気や質問も高校受験のときと全然違う。
たった三十分程度の時間なのに、体感時間が長く感じる。わたしの準備が甘く、想定外の質問に口ごもってしまうのも、長く感じさせる要因になっている気がする。
長く感じるだけなら良いが、気を張っているせいで精神的疲労もとてつもない。
「うへぇ……今日もたっぷり絞られたよ……」
「よしよし、お疲れ様だよ〜」
現に、桜ちゃんがテーブルに突っ伏し、佳奈さんが労う構図が出来上がってしまっている。
「保育士資格の取れる専門学校って、指定校推薦あった気がするよ〜?」
「あっても成績足りなかったら意味ないんだよ!佳奈ちゃん!」
「あ〜……ごめんね?」
珍しく桜ちゃんにタジタジにされる佳奈さんを見た気がする。悪気が無いとはいえ、無神経な発言と思ったのだろう。
「つか、桜は保育士目指すことにしたのな。なんで急に?」
「わたし小さい子によく懐かれるし、面倒見るのも好きだしねー、そんなとこかな。深い理由なんて無いよ」
「保育士やってる桜は自然とイメージ出来ちゃうな」
わたしを含め神宮寺くんの言葉に、全員が頷く。
さっきも、転んで泣いている子に誰よりも早くそばに駆け寄ってなぐさめていた。
最終的に、もっとお姉ちゃんと遊びたいと泣かれる始末だったが……。
「拓馬はどうなの〜?順調?」
「みんなと変わらないよ、こってり絞られてる……」
神宮寺くんもだいぶ応えているようだった。普段の快活さは、なりを潜めていた。
労いと応援の意味を込めて、頑張って声をかけてみる。
「でも、スポーツ推薦って改めて聞くとすごいね!基準って結構高いんだよね?」
「ん〜まぁね、全国出場レベルは必要らしい」
「サッカー上手なのは、凪から聞いてたけど、全国レベルだったんだ」
「うちは、進学校でありながらサッカー強豪校の一つだしな」
強豪校だったんだ……。知らなかった。
神宮寺くんは遠い目をしながら――
「凪がいたら、アイツにスポーツ推薦枠も強化選抜も取られてたかもな〜」
「え?そうなの?」
「あいつ帰宅部なのが勿体ないくらい上手いぞ」
「は〜〜……それも知らなかった」
「今度聞いてみたら良いよ」
受験終わって落ち着いたタイミングで聞いてみよう。
突っ伏していた桜ちゃんがムクリと起き上がり――
「佳奈ちゃんはどうなの?指定校推薦だっけ?」
「そ〜なの、順調だと思うよ〜」
笑みを浮かべながら、朗らかに佳奈さんは答える。普段もそうだが、焦りのようなものは全く見えない。
「指定校推薦って確実に通るんだっけか?」
「確実じゃないよ〜、基本的に合格は貰えるけど、気を抜いてると落とされるよ?」
「やっぱ……その……楽だったりするのか?気持ち的にさ」
「私の場合、入学したあとが問題だからね〜素行不良とか問題を起こしたら、指定校推薦を打ち切られたりするからね〜」
「佳奈なら問題ないと思うけどな」
佳奈さんが問題を起こす姿は、想像できない。
優しい人ほど、怒ると怖いらしいが……佳奈さんもそうなのだろうか。
「雨宮さんはどう?やりたいこと見つかったんでしょ?」
「あ、うん……。わたしも先生から毎日ダメだし貰ってるよ」
「キャットトリマーってやつだよな、そんな職業あるなんて知らなかった」
「わたしも、つい最近だよ?気になって調べてみたらあってさ」
神宮寺くんは、なにかを閃いたように――
「そうだ!おれ猫飼おうと思ってたから、そんときは雨宮さんにお願いしようかな!」
「良いねそれ!わたしアメリカンショートヘア飼いたいって思ってたんだ!」
「わたしもラグドールとか〜カワイイなって思ってたんだ〜」
私抜きで、将来のわたしが関与する前提で盛り上がる三人。
「いやいや、合格したわけでも無いから……気が早いよ?」
「月音ちゃんならやれるよ!誰よりも応援してるっ!」
わたしが思っているよりも、皆がわたしのことを気にかけてくれていて、心がじんわりと熱くなる。
「ところで凪はなにしてるんだ?」
「いや……わたしもわからない」
「わたし達のLINEグループの会話にも〜ほとんど参加しないよね〜既読はつけてるけど」
わたしを含む三人の視線は、唯一同じ家で暮らしている桜ちゃんに向けられた。
やや小難しい顔をしながら――
「ごめん、わたしもわからない……最近ご飯を食べる時以外、あんまり顔合わせてないんだよね」
同じ家に暮らしてて、そのレベルだとわたし達は、夏休み期間会えないと思った方が良い気がする……。
「就職組なわけだし、学校には来てると思うけどな〜全く会わないよな」
「でも、家に引きこもってるって訳でも無いよ。バイトの延長?したらしい」
「バイト?三年生は四月で終わりじゃなかったか?」
「ん〜よくわからない、難しい顔してる以外は、いつものお兄ちゃんだよ」
佳奈さんがおもむろにわたしに向かって――
「月音さんから連絡はしないの?」
「わたし達あんまり連絡取らないんだよね……」
「お付き合いしてるのに?」
「うん……遠慮してるとかじゃないんだけどね」
「毎日話したい〜ってならないの?」
「前はそう思ってたけど、いまは目の前のことに集中しないと!」
佳奈さんに向けて、そして、自分に言い聞かせるように強く言い放つ。
終わってから、たくさん甘えればいい。
結局、凪が何をしているかなんて、わたし達でも分からないと結論が出た。
「ま、あいつなりに頑張ってんだろうな」
「わたし、お兄ちゃんが頑張って無いところ見たことないし」
「大丈夫なのは分かってるけど、せめて、連絡の一つくらい欲しいよね〜」
凪に対する信用が垣間見えた瞬間だった。
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第三十五話 「近況報告という名の息抜き」
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