第34話「センスの正体」
「で、何悩んでんだよ」
「このままで大丈夫かなって」
「えらく抽象的だな、何が不安だ?」
「最近、デザインに関係する技術を教えて貰えてないので……夏休み前は教えて貰えてたのに」
言葉にすると余計に不安になる。
期待ハズレだったのだろうか?教えても無駄だと思われたか?
「ふっ」
「真面目に相談してるんですが……」
「いっちょまえに大人の雰囲気まとってるくせに、悩みは学生だな」
「あと一週間で夏休みが終わります……この期間に何とかしないと……」
狼谷さんは、コンッコンッと人差し指でテーブルと叩きながら――
「なに焦ってんだよ、バイトのくせに」
「それは今の話です、ここの会社に入社したらそんなこと言ってられないじゃないですか」
「ナギ、お前はまじめだし容量も悪くない、今のままやってれば問題ないだろ」
「ですが……少しでも学べることは学んでおきたいじゃないですか」
俺の反発心に少し火がつく。
現状維持で何が良いのか。
「今、おれはなにも得られていない状況に焦ってるんです!」
俺の一言に狼谷さんは眉をピクっと動かし――
「じゃあ、そんなお前に質問だ、デザイナーに必要なものってなんだと思う?」
「画力……ですか?」
「間違っちゃいないが、そうじゃない」
「……分かりません」
「はぁ」と軽くため息をつき――
「センスだ」
俺は耳を疑った。まさか、そんな言葉が飛び出してくるなんて、想像していなかった。
「センスって……」
「わかりやすいだろ?」
俺は頭を抱えそうになった。狼谷さんの口から放たれた得がたい『それ』は、俺が欲していたもの。
「じゃあ……必死に練習しても、それが無ければ意味がないってことですか?」
「そんなことはない……けど、得られものは少ねーよ」
「……ありがとうございました」
まさか、こんなわかりやすい壁にぶつかるとは思わなかった。ばかばかしいと心の中で吐き捨て、席を立つ。
狼谷さんの横をとおりすぎた直後、手首を強く掴まれる。
「待てよ、先輩が話してる途中なのにどこ行くんだ?」
「結論は出たじゃないですか」
「わたしは早計だと思うけどな、座れよ」
元の席に座り、紡がれる言葉を待っていた。
「さっきの続きな?センスなんて大した壁じゃねぇ」
「大した壁だから、悩んでるんですが……」
「『センス』の正体を知らねーから大きく見えんだ」
「正体?」
「お前にとって、センスとはどういうものだ?」
「……生まれ持っての才能」
そう思って過ごしてきたし、今も変わらない。サッカーが上手い人、料理ができる人……俺の周りには沢山いる。
「違う、『知識』だ」
「は……?知識?」
「センスは知識あってのものだ」
「待ってくださいよ……さすがに暴論じゃないですか?」
顔を伺うが、ふざけたり冗談を言っているようにも見えない。
「まぁ、才能ってのもあるかもな」
「それなら……」
「でも、別の場面で活かし、閃き、知識を掛け合わせて新しいものを生み出す。これが才能では無い、身につけたセンスの正体だと思ってる」
「だから、勉強しろってことですか」
「たくさん経験を積めってことだ」
「知識の次は経験ですか……?」
「『経験が知識』に『知識がセンス』昇華されんだよ」
紅茶と一緒に言葉を咀嚼する。
言ってることは理解できる気がするが、腑に落ちない。
「なら、雑務をこなす毎日が経験ってことですか」
「それは知らん」
「え?いや、知らんって……」
「お前は物事を一点からしか見ないよな。もう少し、角度を変えてみろよ」
言いたいことを言い切ったのか、残りのサンドイッチに手をつけ始める。
すごく大事なことを教えられたが、理解するまでに時間がかかりそうだ。
「焦って詰め込むより、少しずつ下積みをしろ。何も得られていないのは、お前の問題だ」
「わたし達は、お前がひとり立ちできるまでゆっくり待つつもりだ。お前が焦ってんじゃねぇ」
「すみませんでした……。その、ありがとうございます」
「いま話したのは、わたしの持論だ。参考にするかはお前の自由だ」
「急に保険かけましたね」
昼休みの終わりを告げるチャイムがなり、俺は礼を言い、慌てて席を立つ。
このときには、少しずつ狼谷さんの言葉は俺に浸透し始めていた。
◇
残りの夏休み期間を俺は、最大限活用させてもらった。
ペンを持たない時間は、徹底的に情報をインプットし、家での練習に反映させる。
課題は山積みだが、少しずつ成果が出ている……気がする。
意外な人物からの助言で活路を見い出すことができ、俺の最後の夏休みを有意義なものに変えることができた。
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第三十四話 「センスの正体」
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