第33話「焦燥」

 ――八月


 夏休みに入ったが、三年生に休みは無いに等しい。

 特に推薦組や就職組は、この夏休みの頑張り次第で、年内に終わるのか決まると言っても過言では無い。


 夏の陽射しに肌を焼かれながら、受験生達は学校に赴く。


 俺も例外では無いが、桜や月音たちほど、毎日通ってない。

 アルバイト先である「東洋ゲーマーズ」に通ってる時間の方が遥かに長いだろう。


 学校、東洋ゲーマーズの特別な計らいのおかげで、今の状況があるので、無駄にはしたくないという気持ちが強かった。

 夏休みでアルバイト契約が終了するため、できる限りのことを学んでおきたい。



 ――のだが




「ナギ、わたしのイラストの没案、ファイリングしといてくれ」



「凪くん、過去のゲームで採用されたキャラデザ案を探してきてもらっても良いかな」



「……なーくん、おつかい頼んでも……いい?」



 夏休み前と比べて明らかに、雑務が増えている。

 普段使われていないパソコンと液タブを、特別に使わせてもらっているが、夏休みに入ってから一度も起動してない。


 急いで終わらせて、少しだけでも触ろうとしたが――



「東雲くん、次はこっちのファイリングよろしく」

「………わかりました、八神さん」



 ペンを握れない代わりに、ファイリングがてら大量の指摘コメントのせいで真っ赤になったイラストの没案を一枚一枚目に焼きつける。

 どれも秀麗で特徴的なデザインなのに、例外なく赤く染まっている。

 何がダメなのだろう……。



「手止まってるぞ?」

「あ、すいません」

「何がダメか気になるって顔してるな」

「気になりますよ、どれも綺麗で素敵なものなのに」



 俺は用紙に穴が空くほど見続ける。

 そんな俺を見て、八神さんは意味ありげに微笑むと――



「イラストだけ見ても、何がダメか分からないよ」

「??どうゆうことです?」

「また今度な」



 ポンポンと俺の肩を叩くと、会議のため部屋をあとにする。

 イラスト以外に、何を見て判断するのか……。

 今の俺には、八神さんの言葉の意味を汲み取ることは出来なかった。


 結局、今日も無限に湧き出る雑務を片付けるだけで、一日が終わった。

 仕事として無駄なことはしてないが、個人的に得るものは無かった。



 ◇



 帰宅すると、早速机に向かう。



「さて……やるか」



 夏休み前に、買い揃えたパソコンと液タブを起動し、描き途中だったイラストをファイルから引っ張り出す。

 他のイラストを書き写す「模写」と呼ばれる練習をひたすらこなす。絵を描いたことのない俺にはうってつけだった。


 夏休みの始めから、「東洋ゲーマーズ」のキャラを題材に描いてきたが、五枚目ともなると、少しずつ慣れてきた。

 見本のキャラと遜色なく、同じものが描けた気がする。



 ――けれど



「なんか違うな……。何が違うんだ?」



 顔の角度が少し違う?衣装が部分的にズレてる?

 疑問が浮かぶたびに、見直すがそんなことはなく、問題なく模写できてる。



「数こなせば分かるようになるのか……?」



 そう思い、次のイラストに手をつけ始めた。

 三時間ほど費やし、ようやく描き終える。

 ――やはり



「ダメだな……」



 今回も納得がいくものは描けなかった。見本とじっくり見比べても、違いはないはずなのに……。



「今日は、やめるか」



 メガネを外し、疲労が溜まった目を揉みほぐしながら、椅子の背もたれに体を預ける。

 会社で八神さんに、手ほどきを受けている時は、納得のいくものが描けていた。


 考えても答えは出ず、一抹の不安を残して、今日は休むことにした。



 ◇



 夏休みが半分を切ってしまった。アルバイト契約の終わりも目前に迫ってくる。

 あれからも、まったく触らせてもらえず、ひたすらに雑務をこなす日々。

 不安は、日に日に増していくばかりだった。



 ――昼休み



 もはや、店員さんに名前と顔を覚えられるほど通った、社内カフェの一角に座りながら昼食をとる。



「お?」

「ん?」



 声がしたので顔を上げると――



「なんだ、休憩室にいないと思ったら、ここでご飯食べてたのかよ」

「お疲れ様です、狼谷かみやさん」



 狼谷さんは、切れ長の目付きに派手めなファッションスタイルが特徴の女性だ。こういう女性のことを、オオカミ系女子と言うらしい。



「一人だろ?昼付き合えよ」

「俺ほとんど済んでますよ?」

「別にいいよ、ほら、そっち狭いからこっちこい」



 一人掛けの席から複数人用のテーブル席を移動する。



「珍しいですね、狼谷さんいつもお弁当ですよね」

「寝坊したんだよ、つか、なんで知ってんだ」

「デスクの上に置いてるのを見かけたので」

「あ〜しまい忘れてた時か」



 頭をガシガシと掻き、俺に目を向ける。

 狼谷さんは普通に見てるだけだろうが、睨まれてるように感じるな。



「お前はそんなんで足りんのか?」

「充分ですよ、ゆっくり食べればお腹はふくれます」

「ふぅん」



 そのあと、しばらくは会話がなかったが、俺が食べ終えた頃に――



「なぁ」

「はい?」

「まだ、時間あるし面白い話しろよ」

「そんな無茶ぶりに対応できるほど、俺に会話の引き出しなんてないですよ」



 狼谷さんは、俺の挙げた白旗を無視し――



「あんだろ、とびきり面白いの」

「無いですって」

「お前が最近思い悩んでること、わたしは興味あるけどな」

「なんで知ってんだよ……」



 図星をつかれ、思わず敬語が崩れる。狼谷さんは、全く気にせず――



「わたしは鼻が良いからな、面白そうな話題には嗅覚が反応すんだよ」

「犬か猫ですか?」

「んなもん、どっちでもいい、で?何悩んでんだよ」



 なんだかんだ言って、心配してくれているのだろう。

 個人的にも狼谷さんのことは、俺も信用しているので、悩みを打ち明けることにした。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 第三十三話 「焦燥」


 ご覧いただきありがとうございました!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る