第32話 「戦いの前に……」
「見てみて!チンアナゴ!いっぱいいる!」
「チンアナゴってよく見ると可愛いね〜私たちも飼ってみる?」
「見るだけにとどめてくれ」
桜と
俺らは今、七百万種の海洋生物を見ることができる水族館にいる。
外観から、すでに大きいのは見てとれたが、中に入ってみると更に大きく感じる。
この水族館は、エリア毎にコンセプトを持って作られている。
現在はエリア一の「始まりの海」と呼ばれる、「チンアナゴ」や「カクレクマノミ」のような、小型の生物が展示されているエリアにいる。
「ナギ兄……クマノミがいる」
「イソギンチャクとセットかと思ってたけど……いないんだな」
「たしかにいない!」
エリア二では、「オホーツク海や流氷の世界」がテーマになっていた。
「さく姉!初めて見る魚がいる!顔こわ……」
「ほんとだね!オオカミウオって名前らしいよ!」
「牙もあるし、噛まれたら痛いかな」
「試しに噛まれてみるか?」
「やだよ!」
華は指を隠すように両手を握って、桜のうしろに隠れる。
エリア三では、「氷の海に暮らす動物」がテーマだ。
ヨチヨチ歩く愛くるしいペンギン、力強さと可愛さを兼ね備えてるホッキョクグマ。
たくさんのお客さんが、このエリアに長く滞在している。
もちろん、俺らもその一組だ。
「ペンギンだ!カワイイ!」
「華ちゃん昔ペンギンのことペンペンって呼んでなかった?」
「呼んでたかも……さすがに、もう呼ばないよ?」
「え〜?可愛かったのに〜」
「もう、そんな歳じゃないでしょ!」
ふくれっ面で猛抗議する華を、桜は朗らかに笑いながらさらりとかわす。
エリア四では、「深海リウム」と呼ばれるエリアだ。名前の通り深海生物を展示している。
深海は、未だに謎多き場所と呼ばれているだけあって、見たことのない生物がたくさんいた。
「オオグソクムシ!正面から見たらカワイイね」
「なんか、サングラスかけてるみたいだな」
「ナギ兄のせいで、それにしか見えなくなったんだけどー!」
「ごめんな、オオグソクムシ」
気分を害してしまったのか、トコトコと緩慢な動きで離れていってしまった。
そのせいで、華に軽く叩かれてしまったが……。
エリア五は「サメの世界」がコンセプトらしい。
ギザギザなサメの歯やザラザラしたサメの皮などの展示と解説がされている。
「サメの肌がザラザラしてるのは、
「じゃあ!今度からサメ肌じゃなくて循鱗肌って言おうかな!」
「普通にサメ肌で良いだろ……」
華がややこしい事をしようとしてたので、事前に止めておく。中途半端にかじった知識は、人に迷惑をかけるしな。
その他にも、ネコザメやドチザメに触れることもできるらしい。
「さく姉!触ってみようよ!貴重な経験だよ!」
「え〜……お兄ちゃんに譲るよ」
「華はお前が良いらしいぞ」
ギュッと桜の手を握り――
「だめ?さく姉……」
「くぅ……わかった!行くよ!」
華のあざとさ全開の上目遣いは、桜にも効果抜群らしい。
「わ、本当にザラザラしてる!これが循鱗!」
「ほ、本当だねぇ……」
顔を輝かせ楽しんでる華に死にそうな顔をしてる桜。お客さんが並んでいたので、長時間触れはしないが、華は満足気だ。
「ナギ兄は良いの?触らなくて」
「結構並んできたしな、俺はいいよ」
「ふぅん?もったいない」
エリア六は「フォレストリウム」だ。水族館なのに屋外に出て、水辺の生物のほかに、陸上生物とも触れ合えるらしい。
「レッサーパンダだ!きゃわわだよ!」
「確かに、きゃわわだな」
レッサーパンダといえば、威嚇がカワイイと評判だが……。さすがに見れはしないか。
威嚇どころか、自らお腹を見せてお客さんをメロメロにしている。
「はぁ〜!可愛すぎるよ!」
華はもう、レッサーパンダの虜だ。
「お兄ちゃん!華ちゃん!カワウソと握手しにいこう!」
「ん?握手?」
「そう!んで……これ!」
自分のポッケから、なにやらエサらしき物が入っているガチャポンを三つ取り出す。
「握手っていっても、エサをあげるってだけね」
「良いじゃん!行こうよ!カワウソ見たい!」
カワウソのコーナーに行ってみると、アクリル板に小さな穴が空いていた。
周りを見ると他のお客さんが、穴の近くにエサを持っていくと、ヒョイと小さな手が出てきてエサを持っていった。
「なるほど、あんな感じか」
「早くやってみよ!」
華がタッタッタッと穴に近づき、エサをもっていくと――
「わっ!はや!もうちょっと、握手しようよ〜」
颯爽とエサを取られて、悲しげな表情でカワウソに訴えている。
俺もやったが、本当にあっという間に持ってかれた。
なお、桜は――
「ほれほれ〜欲しいのか?どうしよっかな〜」
カワウソが可哀想に思ってくるほど、焦らしていた。
結局、一瞬の隙をつかれて持ってかれてたが……。
最後に、お土産屋さんで入学祝いということで、俺と桜からカワウソのぬいぐるみを買ってあげた。
抱き抱えて帰ることになるが、華は気にしていなかった。
◇
帰るころには、陽はだいぶ傾いていた。
分かれ道が近づくと――
「今日は楽しかった!ありがとね!さく姉、ナギ兄」
「わたしも楽しかったよ!また、遊ぼうね!」
「寂しくなったら、いつでも遊びに来いよ」
華は人懐っこい笑みを浮かべたあと――
「二人とも、おばさんが心配してたけど平気そうだね!」
「お母さんが?」
「そうだよ?さく姉はお正月会ってるけど、ナギ兄は元気にしてるのかしらって」
俺が面食らっていると、桜に脇腹を小突かれる。
「それは……ごめん、今度連絡するよ」
「そーしてあげて!んじゃ、受験頑張ってね!」
俺らに手を振りながら、走っていく。
「ほら、心配されてんじゃん」
「…………」
「なんかのタイミングで連絡しなよ」
「あぁ、そうする」
桜が歩き出したのを感じ、俺もあとに続く。
桜は、軽く伸びをしたあと――
「さぁて、可愛い従兄弟に応援されちゃったし、ボチボチ頑張りますか〜」
俺たちは、華のお陰で受験という戦いの前に英気を養うことが出来た気がする。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
第三十二話 「戦いの前に……」
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