三年生編

第30話「不穏な空気」

 ――四月


 入学してから三回目の春を迎えた。

 満開に咲き誇った桜のアーチをくぐり、初々しい一年生が入学してくる。


 残念ながら、三年生はクラス替えを行わないので、目新しさが無い。

 それどころか、俺たちに待ち受けてるのは、受験という名の戦いだ。


「無事に進級できて安心したぜ〜」

「お前だけ二年生やり直しも笑えないもんな」

「また、一年よろしくな!!」

「うん、よろしくな」

「よし!新一年生確保のために、頑張るぞ〜!」


 拓馬はキャプテンに就任してから、前よりも意欲的に部活に取り組んでる。

 この時期は、どの部活も新入部員確保のため多忙になる期間でもあるから、拓馬が忙しなく動いているのも納得だ。


「凪、帰ろ?」

「そうだね、昼だし食べて帰ろうか」


 学校モードの月音に声をかけられ、カバンを手に席を立つ。

 適当な場所で昼食を済ませ、いつも通り駅まで送る。

 普段は、駅の外で別れるのだが、今日は俺も用事があるため、駅構内に入る。

 それを、不思議に思ったのか――


「あれ?今日はうち来るって言ってたっけ?」

「あぁ、違うよ。のぞみ駅に用がある」

「違うって言われるのも寂しいけど……」

「また、今度行くよ」


 シュンとなる月音を慰め、一緒に改札を通る。

 目的地に着いたので、月音と別れ、冬休みからお世話になっている『東洋ゲーマーズ』に足を向ける。


 俺の要望を八神さんが後推してくれたことで、現在もアルバイトが許されている。


 デバッグ作業ではなく、経験を積む意味も込めて、デザイナー部で働いている。

 推してくれた八神さんと人事部の方には、足を向けて寝られない。


 タイムカードを押し、デザイナー部の扉を開ける。


「おはようございます」


 休憩中だったのか、お菓子片手に談笑していた。


「おはよう、凪くん!毎日大変じゃない?」

「いえ、俺が希望してるので……」



「………はい、お菓子あるよ」

「出勤したばかりなので、後でいただきますね?」



「凪〜!この、書類まとめといて〜」

「いや、それは自分でやって下さいよ」

「アハハ〜凪は、きびしーね」


 こんな感じで、気さくな人たちしかいないので、馴染むのに時間はかからなかった。

 やはり、部下は上司に似るのだろうか。

 奥の席から八神さんが顔を出し――


「おはよう、東雲くん。さて、今日もやろうか?」

「はい、よろしくお願いします」


 冬休みの途中から、この部署で俺は短く濃い時間を過ごしていた。



 ◇



 去年まで俺と桜しか歩いていなかった道に、チラホラと新入生の姿が見える。


「や〜初々しいね〜」

「そうだな」

「若いって良いなぁ〜わたしも、一年生からやり直した〜い」

「充分若いだろうに」


 十八歳とは思えない発言に思わずツッコミを入れてしまう。

 学校直前で桜が――


「ねぇ、気のせいかもしれないけど……見られてる?」

「……気のせいじゃないな」


 桜も俺に劣らず、周りからの視線に敏感だ。

 後ろから、一人の新入生の女の子がジッと俺らを見てる。


「見てるだけだし、放っておいても問題ないだろ」

「お兄ちゃんがそういうなら……」


 自意識過剰だってこともあるだろうしな。



 ◇



 ――昼休み


 拓馬は部活にかかりっきりなので、一人で済ませることに。

 屋上のベンチに腰掛け、参考書を読みながらご飯を食べていると――


「あれ?シノじゃーん!一人珍しいね!」

「橘こそ珍しいな」

「わたしだって一人の時はあるのよ?」


 俺の横にストンと腰を下ろし、弁当に手をつけ始める。


「卵焼きちょーだい」

「ウインナーなら良いよ」

「じゃあ、貰うね〜私のピーマンあげる」

「おい、好き嫌いするなよ」


 橘は、自分の弁当に入ってるピーマンを全部、俺の弁当に放り込む。

 桜も月音もピーマン苦手らしいし、ダメな人は一生ダメなのかもな。



「シノ、一年生の間で有名になってるらしいよ?」

「いや、入学式は昨日だぞ?一日しか経ってない」

「そりゃあ、銀髪の美少女とクールなイケメンが仲睦まじく歩いてたら、目を引くよね」

「それ、俺じゃなくて月音だろ。ただ、朝見られてた原因はそれかな……」


 そのあとも、橘の話に付き合っていたら、あっという間に昼休みが終わった。久しぶりに話したお陰で、良い気分転換になった。



 放課後、月音と二人で校門を出たところで――


「あ、あの!」

「ん?」 「え?」


 振り向くと、朝、俺と桜を見ていた女子生徒が立っていた。

 漆黒の髪を毛先だけピンクに染めており、やや気の強そうな雰囲気をまとっている。


 ただ、一応年下なので怖がらせないように配慮して――


「何か用かな?」

「間違ってたらすいません!東雲凪先輩ですか?」

「そうだけど……どこかで会った?」


 どんなに頑張って思い出そうとしても、俺の記憶には存在しない子だ。

 一方で、目の前の女子生徒は、パッと笑顔になり――


「久しぶり!ナギ兄!!」


 言うなり、少女は俺の胸に飛び込んできた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 第三十話 「不穏な空気」


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