第29話「決断」
あれよあれよとしているうちに提出期限の前日まで迫っていた。
学校で適職診断なんてやってみたが……まるで、イメージが湧かない。
「難しく考えすぎなのかな……」
いつもは凪と一緒に帰るのだが、今日は用事があるらしく一人だ。それゆえか、帰り道で焦りが言葉になって漏れ出てしまう。
桜ちゃんは普通の大学に進学するみたいだし、佳奈さんはスタイリストの専門学校、神宮寺くんはスポーツ推薦でサッカー強豪校に進学するらしい。
そして、凪は唯一の就職組だ。
(私だけが取り残されてる)
そんな現実に更に焦りが募る。
進路の決め手は、『好きなこと』がみんなの共通意見だ。
お父さんもお母さんも、佳奈さんに神宮寺くん。
「わたしは可愛いものが好き、綺麗な景色も好き、美味しい物も好きだな」
指折り好きな物を言葉にしてみるが、抽象的すぎる。
このまま、帰ったところでグルグル考えるだけなので、いつも降りている駅の一駅前で降りる。
駅を出て少し歩くと、初めてのデートで利用した猫カフェが目に入った。
「懐かしいな〜今なら一人で入れるかな」
猫の肉球という特徴的なドアノブをひねり、店内に入る。
「「「「「「ニャー!!」」」」」」
猫が一斉唱和で出迎えてくれた。
店員さんが私の元へ駆け寄ってきて、席へ案内される。
小腹がすいていたので紅茶とフレンチトーストを頼み、猫に視線を向ける。
トコトコとわたしの足元に擦り寄ってきた猫を膝の上に抱き抱える。
ゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくる姿は国宝級の可愛さだ。
「やっぱり癒しと言ったら猫ちゃんだよね〜」
色艶の良い毛並み、長毛種の猫なのに毛がボサボサしておらずシルクのような肌触りで永遠に触っていられそうだ。
夢中で愛でていると、注文していた品が私の前に並べられる。
そう教育してるのか、猫は商品が並ぶと私の膝から飛び降りてしまった。
「あ、申し訳ありません!お楽しみの途中でしたか?」
「いえ!大丈夫です!……ここの猫ちゃん達は、お客さんが食事しているときは離れるってしつけをしてるんですか?」
「そうですよ〜食事も猫ちゃんも両方楽しんで頂きたいので!猫ちゃん達も食べられないってわかっている子もいますけどね」
すごく愛想の良くて話しやすい店員さんだったので、つい色々聞いてしまった。
「全員すごく毛並みも良いし……何かされてるんですか?」
「私たちはブラッシングしか出来てないですよ、後はご飯あげたり爪切ってあげたり……くらいですかね」
「え?それだけであんな風になるんですか?」
「カットや毛並みを整えるのは、専門の美容師さんにお願いしてるんです!そのあとのケアは、私たちがやっているんですよ」
他のお客さんに呼ばれたので、店員さんは行ってしまった。
静かに周りを見渡すと、今まで見えてなかった景色が見えてくる。
わたしの膝の上に乗ってる猫も、他のお客さんに遊んでもらってる猫も、みんな綺麗な毛並みをしている。
店員さんの努力もあるだろうが、やっぱり美容師さんのお陰だろう。
(わたしも猫を綺麗に魅せたい……好きなもののために頑張りたい)
わたしの心には一筋の光が見えた気がした。
家に帰ったあと、調べてみると『キャットトリマー』という仕事があるらしい。
シャンプーや毛のカットの他に、ペットの美容や健康を維持する仕事で、わたしの理想とするものだった。
◇
翌日、無事に調査書を出し終えたわたしは、晴れやかな気分で凪の部屋にお邪魔していた。
「今日は朝からご機嫌だな、何かあったのか?」
「やっと……やりたいこと見つかったんだ」
「お?良かったな、最近頑張ってたもんな」
「うん……巡り合わせって本当にあるんだね」
わたしは他の人より遅れている。
今すぐにでも学校の詳細を調べたり、受験に向けての準備もしなければならない。
これからが大変なのだが……一歩でも前進できて良かった。
今までの反動で、今日だけはたくさん甘えておくことにした。
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第二十九話 「決断」
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