第28話「苦悩」

 ――二月


 雪が溶け始め、少しずつ春の足音が聞こえ始める季節。

 冬休みが終わってはや一週間、学校は卒業式ムードに包まれていた。


 卒業式も大切な行事だが、主役は三年生だ。

 現在二年生であるわたしたちには、三年生に進級する前に避けては通れない壁がある。

 それは――



「凪は進路希望調査おわった?」

「終わったよ」

「え!?早くない?」

「一週間経ってるんだ、早くはないだろ」


 さも、当然のように言うが……私は空白のままだ。

 凪は、以前から決めていたみたいだし、悩むことは無かったのかもしれない。


 現在わたしがいる場所は、凪の部屋だ。

 進路希望調査が配られてから、毎日のように来ている。一人だと不安と焦りで押しつぶされそうになってしまうから……。


 私は凪のベッドにうつ伏せに倒れ低く唸る。

 そんな私を見兼ねてか――


「月音はやりたいこととか無いのか?」

「結構考えてるんだけど……思いつかなくて」

「まぁ、去年はあんな感じだったしな」


 去年のわたしは、今ほど前向きに生きてはいなかった。適当に生きて適当に死ぬんだろうなくらいに考えていた。

 その弊害が今になって現れている。


「猫が好きだよな?動物に関わる仕事とか、それを学べる学校とかは?」

「好きなものを仕事にしたら続かないって聞くでしょ?」

「たしかに……」


「男が苦手なだけで、話すのは苦手じゃなさそうだし、思い切って接客業に飛び込むのも、悪くないんじゃないか?」

「最近頑張ってるけど、荒療治じゃ無理っぽい……接客業はイメージ出来ないなぁ……」

「結構似合いそうだけど?」

「似合うと出来るは違うんだよ〜……」


 ハッとなり、突っ伏していた顔を思い切り上げる。

 マイナス思考に振り切ってしまって、せっかく私のために意見をくれていた、凪の意見を全て否定してしまった……。


 恐る恐る凪の顔を見ると、勉強机に頬杖ついたまま静かにこちらを見ていた。

 わたしの洞察力じゃ、今の凪が何を考えているか分からない。


 謝ろうとしたとき、何を思ったのか凪は笑みを浮かべる。


「やりたいことなんて、俺みたく巡り合わせで偶然見つかることもあるしね、焦らなくても良いと思うよ」

「そうだよね……けど、今の私じゃ見つかる気しないなぁ……」

「待ってるだけで見つかるなら苦労はしないよ?自分から動かないとね」


 反論の余地もない言葉がわたしの心に突き刺さる。

 彼女だからって甘やかしてはくれないらしい。


(あ〜だめだ……今日はもう寝ちゃおう)


 思考放棄気味になっていると、ベッドがギシィと軋む音がする。

 枕から半分顔をあげると、凪がわたしの横に腰掛けていた。


 髪を梳くようになで、手の甲で優しくわたしの頬を愛撫する。


「んふふ……」


 無意識に表情がゆるんでしまう。


「考えすぎも疲れるし、次の休みデート行こうか」

「行く!水族館行きたい!」

「だから、頑張ろうな」


 急転直下で落ちていたテンションが、急激に上昇し始める。

 やっぱりわたしって単純なのかもしれない。



 ◇



『なるほどね、それで電話してきたのか』


 簡単に事情を話し、ヒントを得るために質問してみる。


「お父さんってカメラマンだったよね?なんで、その仕事を選んだの?」

『もともと、カメラが趣味でね。目の前で起こる日常って、同じように見えて全く違うから、そのときの『今』を切り取って残しておきたいんだ』


「趣味が仕事になって楽しい?」

『趣味を仕事にしたくないって人は一定数いるけど、お父さんは楽しいよ』


 電話越しのお父さんは、楽しそうに語ってくれる。


「ありがとう、参考にするね。お母さんに変わってくれる?」


 向こう側でやり取りがあったあと、電話相手が変わり――


『もしも〜し、お父さんから聞いたよ、進路の話だっけ?もう、そんな時期なのね〜』


 お母さんは見かけによらずおっとりしてる。


「そうだよ、参考にしたくて聞いてるんだけど……」

『何でも聞いてちょうだい??』

「お母さんはファッションデザイナーって仕事をしてるけど、きっかけはなに?」

『ん〜……楽しかったから?』

「…………え?」


 お父さんみたく明確な答えを持っているのかと思ったら……。


「真面目に聞いてるんだけど……?」

『私だって真面目よ〜強いて言うなら、昔から妹達におめかしするのが好きでね?その延長線みたいな感じかな?』


「ん〜……」

『自分がデザインしたお洋服を可愛い子が着て、さらに可愛くなったら嬉しいでしょう?』


 言われてみれば、小さい頃に色んな洋服を着せられた記憶がある。

 可愛いって言われるのが嬉しくて、わたしもノリノリで着ていたけど……。


「そうだけど……その仕事が嫌になったことないの?」

『たくさんあるわよ〜でも、戻ってきちゃうのよね〜?やっぱり好きだからかな』

「そっか……ありがとうね」

『もういいの?』

「充分だよ、ありがとう。参考にするね」


 電話を切り、一人静かに考える。


 自分の好きなことや趣味は仕事にできないって思ってたけど……。


 お父さんもお母さんも好きなことが仕事になっている。嫌になっても、続けられるくらい……。


「ん〜……わたしの好きなこと……」


 夜通し考えたが何一つ思い浮かばず、気がつけば空が白み始めていた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 第二十八話「苦悩」


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