第27話「邂逅」

『新年あけましておめでとうございま~す!!』


 静かなリビングに新年を祝う挨拶が響き渡る。

 挨拶のあと画面が切り替わり、人気のアイドルグループが歌い踊る様子が流れる。


 今この家には、俺一人しかいない。

 桜は、やや強引に地元に帰省させている。



 ――――二日前


「今年も帰らないの?叔父さん達会いたがってたよ?」

「悪いな、いつも通りって伝えといてくれ」

「お母さん達も心配してると思うけど……」

「してる訳が無い!去年だって何も言ってなかったろ」


 つい強く返すと、何も言わず俯いてしまった。

 桜は明るい反面、嘘が付けない。けど、俺が指摘した事実を認めたくも無いらしい。


「ごめん、強く言い過ぎた。俺としても、地元には、良い思い出が無いからさ」

「無理強いは出来ないもんね……じゃあ、すぐに帰ってくるよ!年明けたらすぐ!」

「いや、うちは親戚多いんだから、三が日位までいなよ」

「え~……まぁ、分かったよ」


 冗談ではなく、割と本気なのが桜の怖いところだ。

 桜を駅まで見送り、簡単に自分の部屋を掃除して年越しに備えることにした。


 ――――



 正月とは不思議なものだ。

 時間がゆったりと流れている気がして、ついついボーッとしてしまう。気がついたら一月三日だった。


「暇だし、初詣行ってこようかな……」


 コタツから出ると、ヒンヤリとした空気に包まれる。

 外は寒いが、コートを羽織れば軽装でも問題無い。月音からプレゼントで貰ったマフラーを首に巻き家を出る。



 ◇



「おいおい……三日目だぞ?」


 神社は人で溢れかえっていた。三日経った今なら、そんなに人混みは落ち着いていると思ってたんだが……見込みが外れた。


 並ぶ気にもなれず、人混みを眺めていると――


「あれ?なぎ!!」


 寒さゆえに緩慢な動きで、俺を呼ぶ声の方へ視線を向けると月音が手を振っていた。

 こちらも軽く手を上げると――


「一人で初詣来たの?」

「家にいても暇だったしな、今日は人混みが落ち着いてると思ったんだけど……」

「この神社大きいから、しばらくは落ち着かないよ?」

「そうだったのか……」


 ビュウッと風が吹きすさみ、マフラーを口元まで引っ張りあげる。


「マフラー使ってくれてるんだね」

「当たり前だろ?凄く重宝してるよ」

「なんか恥ずかしいな……」


 二人の世界に入りかけていると――



「月音?その子は誰だい?」



 俺と同じ背丈の男性が穏やかな声音で声をかける。急な登場に、やや警戒をしていると――


「あ、お父さん!」


 言われてみれば、どことなく目元や鼻筋が似ている気がする。

 月音が俺を紹介しようとしたが、手で制し一歩前に出て――


「初めまして、東雲凪しののめなぎと申します。月音さんとは縁あってお付き合いさせて頂いております」


 俺が出来うる限りの挨拶をすると――


「ご丁寧にどうも、私は月音の父で雨宮修也あめみやしゅうやと言います」


 お互いに深々と礼をし、再び顔を合わせると修也さんは、上から下まで俺を流し見る。


「君が東雲凪くんか……」


 何やら、少しだけ感極まっている雰囲気が漂って来ているのだが……気のせいか?

 俺が口を開こうとしたとき――



「あら?修也さん?この子は……」



 声の方を見ると、この雪景色に負けないほどの美しい銀髪が視界の中を彩る。

 もう、聞かなくても分かる。


「あぁ、イリーナ。この子が例の東雲凪くんだ」

「まぁ!この子が!」


 一体俺は雨宮家の中でどういう立ち位置なのか。

 紹介されたが、自分でも名を名乗り頭を下げようとしたとき、思い切り抱きつかれた。


「…………は?」


 イリーナさんは自分の右頬を俺の右頬にくっつける。

 海外では、一般的な挨拶として知られているチークキスというものだ。


 動揺している俺に――


「あら、ごめんなさいね?君に会えて嬉しくなっちゃって~」

「ちょ、ちょっとお母さん!?離れてよ!」

「ヤキモチ妬きの娘がうるさいから、これで終わりね~」


 子供と母が戯れてるだけなのに、かなり絵になっている。というか、姉妹と言われても信じてしまいそうだ。


「イリーナ、月音、先にお参りしておいで?僕は東雲くんと少し話がしたいんだ」

「ん~……わかったけど、変なこと言わないでね!」

「じゃあ、先行ってるわね~」


 ◇


「甘酒は飲めるかい?」

「はい、いただきます」


 甘酒を受け取り、一口含む。


「君にはお礼を言いたくてね」

「お礼?俺は雨宮さんにお礼を言われる覚えは無いのですが……」

「月音のことだよ、君が頑張ってくれたんだろう?」

「俺は……何もしてないです。頑張ったのは彼女ですよ」


 謙遜ではなく本心だ。


「君ならそう言うだろうね、月音の言う通りだ」

「あの子の中学の時の話は聞いてるんだよね?」

「……はい」

「あの頃から月音は毎日が辛そうでね、親として何もしてあげられなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだったんだ」


 修也さんは滔々とうとうと語り出した。


「男達から酷い扱いを受けていたことは、後になって聞いたんだ。それも、男性恐怖症という精神的な病を患ったあとにだ」


「僕も親である前に一人の『男』だ、あの子にとって恐怖の対象になっていたよ。ただ、月音は優しい子だ、そんな状態でも私に接しようと頑張っていたんだ」


「けど、やはりダメだったよ。それが、月音をさらに追い込んでしまってね……地元にも家にも居れなくなってしまって、遠く離れた場所まで一人で来ることになったんだ」


「僕もイリーナも凄く心配していたし、月音も不安だったことだろう、頻繁に連絡はしていたけど、『大丈夫だから』の一言しか無くてね……」


 以前に月音から聞いた話……けれど、語られる目線は親のものだった。

 重苦しい雰囲気から一転して、声の調子が明るくなり始める。


「ただ、ある日を境に月音からの連絡が増えてね、毎日が楽しいって内容だったよ」


「君の名前は絶対出てくるし、君のお友達も月音と仲良くしてくれているそうじゃないか。この話を聞いた時、すごく嬉しくてね」


「ちゃんと、月音のことを見てくれる人がいるんだって……」


 修也さんは、列に並ぶ月音とイリーナさんに向ける。笑顔の二人を穏やかに、けれど噛み締めるように見つめ――


「あの子が笑っているところを見たのは、久しぶりでね……もう、一生月音の笑顔を見れないのかと思っていた……」


 口調に変化を感じたので視線を向けると、目尻に少しばかり涙を滲ませていた。

 大人が涙ぐむ様子を目の当たりにして、思わず息を飲む。


「あぁ……すまない、嬉しくてつい……だから、君には直接お礼を言いたかったんだ」

「なんで俺が信頼されていたか分かりませんが、あんな姿を見せられたら……放っておけませんでした」


「そうか……ありがとうね」

「やれることをやっただけですよ、友達には、やりすぎて怒られてしまいましたが」

「今後も月音の傍にいてあげて欲しい、よろしく頼むよ」

「月音のいない生活は俺が耐えられないので、むしろ俺からお願いしますよ」


 二人で顔を合わせ


「終わったよ~何話してたの?」

「僕と東雲くんの内緒だよ」

「ふぅん?お父さん達もお参りしてきなよ」

「そうしようか?東雲くん」


 人がはけ始めた列に並び、お参りを済ませる。


「おみくじ引こうよ!」

「僕達は良いから二人で行っておいで」

「凪!引きに行こ!」

「分かったから引っ張るな、転ぶぞ?」


 お金を払いくじ箱に手を入れる。

 今年の運勢を決める大事な作業だ。慎重に一枚を選び抜く。


「げっ!大凶だ……ていうか、初めて見たよ」

「やった!見てみて!大吉!」

「ここまで、綺麗に真反対な結果になるか?」

「悪いくじは、あの木に結べば大丈夫らしいよ?」


 くじの結果自体は信じていないが、それでも大凶はテンションが下がる。


「これで大凶が無かったことになるのか?」

「ならなくても大吉の私のそばにいれば安心だね?」

「帰り交通事故にあったら恨むぞ?」

「大丈夫だよ〜……大丈夫だよね?」


 俺の服をつかみ不安げな顔で見つめる。

 普段なら頭を軽く撫でるのだが、月音の両親が見てる手前、恥ずかしいので出来ないが……。


 ◇


 鳥居まで降り、雨宮家と別れる直前に――


「今日は話が出来て良かったよ、今度家に遊びにおいで。と言っても簡単に来れる距離では無いけどね」

「俺も月音さんの両親にご挨拶が出来て良かったです。機会があれば、是非」


「またね!凪!」

「おう、気をつけてな」


 手を振り、別れる。


 桜から連絡がきていて、もうそろそろ駅に着くらしい。

 俺はマフラーで口元を覆い歩き出す。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 第二十七話 「邂逅」


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