第25話「俺だけの特権」

「…………さっむ」


 肌を突き刺すような朝の空気に、容赦なく覚醒させられる。


(せめて、服くらい着て寝れば良かったか)


 ちらりと横を見ると、カーテンの隙間から柔らかな朝陽が差し込み、安心しきった表情で眠る月音つきねを照らしていた。


 その姿はまるで冬の妖精のように美しかった。

 優しく頬を撫でると、くすぐったそうにモゾモゾと枕に顔を埋め、ニヘラとだらしのない笑みを見せる。

 どんな、幸せな夢を見ているのか。


 ベッドから抜け出し、昨日から時間が止まったままのリビングに顔を出す。

 脱ぎ散らかした服、皿やマグカップを慣れた手つきで洗い片付ける。


 月音はまだ起きる気配が無いので、近くのコンビニに歯ブラシとコップを買いに走った。

 歯磨きとある程度の身支度を終えた所で、ようやく月音が起きたらしい。


「あれぇ……なぎ……?」


 あまりにも不安そうな声を出すので、リビングから顔を出すと――


「良かったぁ、夢かと思ったよ~」


 まだ、寝ぼけているのか、幼子のような笑顔で俺を見る。

 この姿を見れるのは俺だけの特権かと思うと、変な優越感が俺を満たす。


 服を着せ、俺が作った簡単な朝ごはんを食べ終えた所で、だいぶ意識が覚醒してきたらしい。


「わたし……昨日ヤバかったよね?」

「お互い様だよ、俺もだいぶガツガツしてたし」


 上手く目を合わせられないが、時間経過で治る後遺症だろう。


 今日の夜は俺の家でクリスマス会の予定だ。

 俺も装飾や買い出しを手伝うので、一旦解散することになった。


 月音はやや不満そうではあったが、今夜また一晩過ごすので我慢してもらうことにした。


 所々寝癖が跳ねている状態で玄関まで見送りにきた月音はモジモジと何かを言いにくそうにしていた。


「どうした?」

「えっと……その……」


 上目遣いでするお願いは一つしか無い。

 軽く触れる程度のキスをして――


「駅に着いたら連絡ちょうだい、迎えに行くから。また、後でな」

「う、うん……また後でね!」


 ◇


「これと……」

「あ!あれも使うかも!」

「じゃあ、買っておくか」


 俺と桜は、少し大きめなデパートに足を運んでいた。

 せっかくのクリスマスなので、豪華にたくさん作りたいらしい。

 正直、料理が苦手な俺は材料だけみても何を作るのか検討がつかない。


「こんなものかな?会計任せていい?わたしは装飾品見てくる」

「わかった、袋に詰めたら合流するよ」


 タッタッと走っていくのを尻目に俺は会計を済ませる。


 ◇


「合流するとは言ったけど……どこだ?」


 装飾品売り場は想像以上に広かった。

 クリスマス仕様に装飾されている店内をかなり歩きようやく見つけた。


「お兄ちゃん遅いよ、待ちくたびれた」

「せめて場所くらい教えてくれ」


 桜は俺の方を見ず、ジッと一つの商品を見てる。


「まさか、それ買うつもりか?」

「悩んでる……これ盛り上がるでしょ」

「いや……そうかもしれないが……」

「お兄ちゃんも男だし好きでしょ?」


 好きだが……。

 一体何の話かと言うと……サンタのコスプレ衣装を買うか買わないかだ。

 可愛いのだが、袖なしのプリーツスカートは刺激が強いのでは……?

 桜や佳奈は喜んできるとは思うけど、月音は……着る着ない以前に、着せたくない。

 だが――


「ん~……まぁ、一応買っておくか」

「さっすがわかってるじゃん」


 その後、バルーンセットや簡易イルミネーション、手作りするのに必要な物を買った。


 ◇


 家に帰るなり早速、桜は料理の下準備を、俺は装飾を分担して行なった。

 バルーンを膨らまして壁に貼り付ける。リビングの壁に簡易イルミネーションを飾りつける。

 ツリーには、オーナメントやモールを巻き、てっぺんには星を飾る。


「桜~曲がってない?大丈夫?」

「うん!大丈夫だよ~」


「お兄ちゃん、手空いたらこれ混ぜといてくれない?」

「ん、分かった、こっちは終わったし手伝うよ」


 お互いを手伝いながら準備を進めていると、来客を知らせるインターホンが鳴った。

 俺が出迎えると、拓馬と佳奈が立っていた。


「よ!少し早いけど、大丈夫だったか?」

「大方準備終わってたし平気だよ」

「凪~久しぶり~寂しかったよ~」

「ごめん、もう落ち着いてきたから」


 二人を家に招き入れると一気に賑やかになる。

 懐かしい雰囲気に、少しばかりホッとする。


 桜も下準備を終えたらしく、俺らと合流し四人で最近合ったことを語らいあった。


 ――ヴヴッ!


 俺の携帯が震え連絡が来たことを知らせる。

 開くと、月音からだった。


「悪い、月音迎えに行ってくる」

「おー、分かった、気をつけてな~」


 拓馬の返事を背中で受け、家を後にする。


 駅に着くと、月音は既に俺の事を待っていたみたいだ。お互いを認識するなり駆け寄ってくる。

 初期の頃に比べたら、随分お互いを見つけるのが早くなった気がする。


「ごめん、待たせたな」

「私もちょうど着いたとこだし平気だよ!」

「それなら良かった、皆待ってるし行こうか」

「ん!……はい」


 月音は右手を俺の方に差し出す。

 失念していた。手を取り自分の方へ寄せて歩き出す。

 家に着くまでの時間、俺たちは二人だけの時間を楽しんだ。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 第二十五話「俺だけの特権」


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