第17話「待たせてごめん」

「恋愛って……痛いんだな……」


 俺は涙を拭い、隣の月音つきねに問いかける。


「月音はすごいな……こんなのを毎日だろ?」

「……そうだけど、今のなぎほど真剣に彼らの気持ちに向き合ってこなかったよ……だから、凪の痛みには……共感してあげられない、ごめんね」


 そう、自嘲気味に笑う。

 そこから、お互い何か言うでもなく、沈黙が降りる。


「学生の恋愛って、もっと簡単なのかと思ってた……考えを改めないとダメだな~」

「うん……そうだね」

「学校生活を楽しく過ごすための手段として恋人を作る……なんて考えてたよ、友達みたいな感覚でさ」

「私は流石にそんな風に考えてなかったけど……」


 やはり、俺は学生の恋愛を『くだらない』と切り捨てていたのかもしれない。

 今まで、告白を受けたことも無ければ、誰かの事を想い焦がれた事も無い。


 でも、さっきの告白は俺の認識を破壊するには充分な威力があった。

 きっと、俺にも月音に対する恋心があったから篠原の告白はあんなにも、衝撃的だったのだろう。


「凪は……なんで断っちゃったの?篠原しのはらさん、可愛いし凄く優しい子でしょ?」

「優しいし、周りをよく見て動いてるし、面倒見が凄くいい。それは、この二日間でよく分かってる」


「じゃあ、なんで?」

「それでも、俺は篠原よりも側に居たい人がいるから」

「―――っ!」


 息を呑む音がした。


「そ、そっかぁ……凪……好きな人出来たんだね」

「あぁ……ようやく出来たんだよ」

「上手くいくといいね!凪かっこいいし優しいから大丈夫だよっ!」


 言い終わると同時にベンチから立ち上がり――


「もう、遅いし……先戻ってるね?――凪?」


 俺は、逃げるようにホテルに帰ろうとする月音の手を優しく掴む。


「どっちみち今帰っても先生に怒られるし、五分だけ付き合ってくれないか」

「う、うん……わかった」


 月音は何か迷うような素振りを見せつつも、大人しく俺の横に腰を降ろす。

 それと同時に俺も切り出す――


「最近考えてたんだ」

「……何を?」

「月音が俺に告白してきてくれた事だよ、あの日からずっと考えてる」

「あれねぇ~……えっとぉ……その……うん」


 月音はしきりにキョロキョロとした後、膝の上でギュッと手を握っていた。

 ――何があっても動じまいとするように。


「嬉しかったんだよ、女の子に好きだなんて言われた事は無かったし」

「……うん」

「俺だって月音の事は好きだよ、でも、当時は友達としてだった」

「………………うん」


 強ばった表情で相槌を打つ月音。


「でも、修学旅行前から一緒にいる時間が減りだして……話したくても話せないし、一緒に帰ることも出来ないから、凄くイラついて」

「…………そうだったね」


「それで、久々に話が出来た時は、ものすごく嬉しかった。ヤキモチなんてからかわれたけど、本当にそうだったんだと思う」

「あの時は……そうだね、嬉しそうだった」


 月音は、その時の事を思い出しているのか目を細めて笑う。


「月音が男子と話せるようになるために頑張ってるのも……その……応援してるけど、少しだけ嫌だったりする」

「え?なんで?凪の提案でもあるのに……?」

「当時は良かったんだよ……でも……その……」


 上手く言えない……。

 月音もコテンと首を傾げる。

 俺は手で口を隠し、顔を背けながら――


「月音の笑顔がほかの男子に向けられるのが……嫌だった」

「えっと……それはつまり?」

「独占欲……だよ」

「ふふっ……凪にもあったんだ」


 言いたい事は沢山あるのに……頭が真っ白だ。


「だから、自覚はあったんだよ……でも、気持ちを伝えて関係が終わる事が嫌だった」

「…………うん」

「けど……もう今しかないなって思ったから言うよ」




「俺は月音の事が好きだ!ずっとそばに居たいし、いて欲しい!」




 そう力強く伝え、手を差し出す。

 大きくて綺麗な目をパチクリとさせ、呆然とする月音。


「えっと……プ、プロポーズみたいだね……」

「そう捉えても構わない、返事を聞かせて欲しい」



 月音は目尻に涙を浮かべながら



「はい……私も凪の事が好きです……お願いします」


 そう言って、差し出された俺の手を優しくけれど力強く握り返してくる。



 こうして晴れて俺たちは本物の恋人となった。


 ※※※


 俺たちは手を繋ぎながらボーッとベンチに座ってた。

 現実味がまるでなく夢心地の気分だった。

 それは、月音も同じだったようで――


「なんか……凪と恋人になれるとは思わなかったな」

「今日を逃したら、もうチャンスは無いって思って……ムードも何も無かったけど」

「そう?結構、素敵だったと思うけど」


 からかってる訳では無さそうだった。


「でも、ありがとうね……」

「こちらこそだ、俺を好きになってくれて」

「本当は私からもっとグイグイ行きたかったんだけど……待ってるって言っちゃったし……ね?」

「待たせてごめんな」


 どちらからともなく、顔を見合せて笑う。

 普通に繋いでいた手を恋人繋ぎにし、寄り添うように座り直す。


「もうそろそろ、ホテル戻らないとね」

「今何時だ?」

「二十二時半だね、これはたっぷり叱られるね」


 そう言葉では言いつつも、楽しそうに笑っているので俺もそれにつられてしまう。


「もう一個悪いことしちゃおうか」

「ん?なに――」


 振り向くと月音がこちらに顔を寄せ、そっと優しく俺の唇にキスをする。

 一瞬のこと過ぎて、理解が追いつかなかったが、徐々に唇に感じた柔らかな感触を思い出す。


「な、段階ってものが……!」

「もう踏んでるでしょ?恋人になって手も繋いだし?問題ないよね」

「それは……そうかもだけど」

「顔真っ赤だよ??」


 ニヤニヤと調子に乗り出す月音の暴走は止まらず――


「そう言えばラブホ出る前に言った、『また今度な』っていつなの??ねぇねぇ~」


 やられっぱなしも癪なのでやり返しておこうと思う。


「そうだな、ホテルとは言わずにここで始めても良いんだぞ?」

「……へ?」

「段階踏んでるし良いよな?」

「え?え?」


 月音の細い腰に左手を回し引き寄せ、もう一度キスをする。そうして、右手を腰からお腹へ、お腹から――


「やっ……だ、だめ!」

「おっと……仕返しだ、ドキドキした?」


 力いっぱい突き飛ばされた。

 当の月音本人は、顔が茹でダコの如く赤くなり目を白黒させながら――


「す、するよ!……そういう趣味なら、もっと早く言ってよ……」

「断じて違う、受け入れようとするな」

「も、もう、帰るよ!ほら、早く歩く!」

「あいあい」


 月音にせっつかれながら、街灯に照らされた道を歩く。

 お互いに笑い合いながら、先生が鬼の形相で待ち構えているホテルへの道を歩く俺たちだった。



 ちなみに、こっぴどく怒られたのは言うまでも無い。



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 第十七話「待たせてごめん」


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