第10話 私が君の事を見てるから

「俺の昔の夢はヒーローになる事だった」


 今ならヒーローになんてなれる訳が無いと鼻で笑って一蹴いっしゅうしてしまうが、当時の俺には輝いて見えた。

 なぜヒーローが夢だったか?

 理由は単純で、子供の頃に特撮のヒーローテレビを観たのがきっかけだ。街で怪人が暴れて困ってる人達の為に、ヒーローが駆け付け怪人をやっつけ感謝される。たったこれだけ。

 誰かの為に頑張る事がかっこよく見えた。


 俺には、才能があった。

 昔から良く人を見ていたからか、周りの人達の考えてること、してほしい事を汲み取って動く事が出来た。

 それを、存分に使った。

 小学校では、困ってるには手を貸し、悲しんでる人には望む言葉をかけた。その度に皆、笑顔になる。

 更に、先生の頼み事も皆が嫌がるような仕事も、いじめられている人をかばったりもした。

 そう、皆が笑顔になるから。


 俺の努力の甲斐かいあってか、小学四年生から始まったいじめも五年生が始まる頃には、すっかり収まっていた。泣きながらありがとうと言われた時は、物凄いだったし気分が良かった。

 それを、小学校に通ってる間ただひたすらに続けた。


 もちろん中学生になっても続けた。

 困ってる人を見つけ助ける。

 悲しんでる人に声をかける。

 虐められてる人を庇う。

 先生の頼み事も快く引き受ける。

 俺は、それらを達成した時、えも言われぬを得られた。

 中学生では虐めを庇ったせいで、俺に標的が移ったがくじけなかった。挫けてる暇なんて……無かったから。


 ただ、ある時から……人を助ける事に喜びを感じなくなった。

 それでも、やり続けた。俺が動く事で。そう思いながら……

 けど、ある時気づいた。人は、慣れる生き物だ。

 最初は笑顔でありがとうと言ってくれる。

 でも、だんだんと笑顔が消え、視線が逸れ、「ありがとう」が「また頼むよ」になる。


 俺が好きでやってる事だから、お礼を無理強むりじいする事は出来ない。でも、なんだか。助けてるはずなのに……釈然しゃくぜんとしない。


 俺自身気付いてたんだと思う。けど、見ない振りをしていた。見てしまうと心が折れ、今まで積み上げてきたものを否定してしまう事になる。

 それに、辞めるにはもう遅かった。

 周りは、俺は何を頼まれても断らない子という認識が根付いていたし、俺も真面目な性格がたたって断れない。まさに、悪循環。


 2年が経ち、中学三年生になったばかりの頃。

 また、一仕事を終え、教室の中に入ろうとドアに手をかけた時に中から話し声がした。


『前崎君が言った通り東雲しののめが同じクラスで良かったよ』


 舞い上がる程嬉しかったんだ。

 俺がやってきた事が報われた気がしたから。


『な?言ったろ?東雲は頼んだら何でもやってくれるって』

『困ってる振りしてれば声掛けてくれるしな』

『裏で何でも屋?便利屋?って言われてるの気づいてないっぽいしな』

『もしかしたら、ロボットなんじゃね?人を助けろーってプログラムされてたり』

『それはウケるな!』


 先程までの気持ちは……どこにも無かった。

 もう、教室には入らず帰ろうとした時に声をかけられ、再び手伝いにおもむく。

 俺の事を便利屋と呼んでいるかも知れない奴らの為に……


「凪!これやっといてー」

「わかった、やっておく」

 ――それはお前の仕事だろ!


「東雲君?さっき田中先生が手伝ってくれって」

「わかった、行ってくる」

 ――お前が手伝え!なんで俺が!


 春から夏へ……そして秋、俺は同じ事を続けていた。

 心は限界なのに、身体は動く。

 嫌なのに、偽物の笑顔を張りつけて他人のために動く。


『アイツ何考えてるか分からねーよな』

『ずっと笑ってるもんね』

『もしかして、本当にロボットか〜?』

『やめなよ〜可哀想じゃ〜ん』


 なんて、今日も笑いながら喋ってたな。

 夕方の帰り道、一人歩きながら考える。

 高校に行っても続けるんだろうか……?

 もしかして、大学、社会人、死ぬまで続けるのか……?

 考えるだけで、ゾッとした。

 とても耐えられない。


「まさか、他人に現実を突きつけられるなんて思わなかったな〜……アハハ……」


 面白くもないのに乾いた笑いが出た。


「はぁ〜……


 と、思っているといつもの分かれ道が見えてきた。

 家に帰るルートは二つあり、一つは住宅街を通る道。

 もう一つは、河川敷を通る道。

 普段、親友の拓馬たくまさくらと三人で帰る時は、住宅街の道を通る。けど、今日は河川敷の道を選んだ。

 気分が塞ぎ込んでいたので、気分転換をしたかったんだと思う。


 途中まで歩くと、河川敷の高架下こうかしたで何やら争う声が聞こえてきた。河川敷は不良が集まるところで有名だから、普段は避けて通る。


「また、元気にやってんな〜不良ども」


 巻き込まれないように、遠目から見てやろうと思って河川敷の土手の上から高架下を覗き込む。


「…………は?」


 目を疑った。

 中学生が一回りも体の大きい高校生に一方的に殴られている。しかも……


「拓馬?桜も……なんでこんな所に?」


 拓馬の後ろには、怯え震えている桜がいた。

 恐らく、拓馬は必死に桜を守っていたのだろう。桜は小さい頃から贔屓目ひいきめ無しに言っても容姿が整っている。中学生三年生にもなると……高校生が狙うのも納得だ。


 ――たすけ

 身体が動いていた。

 脳内で悪魔が「助けろ」とささやく前に。

 あっという間に距離を詰め、既にフラフラの拓馬を殴り付けようと拳を振りかぶっていた不良の横っ面を殴り飛ばす。


 状況が分からず倒れたままの男に馬乗りになり、ひたすら殴る。

 俺を引き剥がそうとする男も殴り飛ばす。

 その後は乱戦だった。

 気付くと不良全員が倒れ、気を失っている者もいた。


 はたと気付く、この状況は俺が憧れた特撮ヒーローテレビと似ているのでは?と……

 不良が怪人、俺がヒーロー、後ろの二人は街の人。

 ただ、違うのはこの状況に夢も希望も無い……


 ズキンっ!ズキンっ!


 心が蝕まれるように痛む。なぜ、痛むのか……

 その瞬間気づいてしまった……


 本当の意味で「人を救う」事は、心が痛むもの。自分の守りたいものだけを見て、それ以外を心を痛めながら…………排除する。

 決して、快楽が伴うものでは無い。


 ――俺が今までやってきた事は…………


「ハハッ…………」


 無意識に乾いた笑いが出る。

 そして


「…………ほんっと気持ちわりぃ」


 吐き捨てるようにそう言った。

 その日から、俺は笑うのも、他人の為に頑張るのもやめた。




 その後は、フラフラの拓馬を家に連れていき、怪我の処置をして、その日は終わった。


 翌日は校長室に呼ばれ、既に中で待っていた校長先生、教頭先生、担任、怪我をさせた高校生の親から説教を受けた。

 誰一人、俺が複数の高校生相手に一人で立ち向かった事を見ていなかった。

 長時間説教をされ、俺が受けた処分は高校内定の取り消し。


 ただ、親からは高校は出ろと言われたので、半ば地元から追い出される形で、この黎明れいめい高等学校に入学した。

 一つ誤算だったのは、桜と拓馬が内定してた高校を蹴って、俺と同じ高校を受験し直したこと。



 ※※※


「これが、東雲凪しののめなぎという承認欲求の化け物の話だよ」


「他人の為と言いながら、俺自身の為に人の悩みも不幸も食い物にしてきた」

「他の人よりも少し、人の気持ちを察する能力があるからって人の気持ちをわかった気になって」

「思ってもない甘い言葉で励まし、困ってる人が居たら嬉々ききとして手を貸しに行った」


「違うよ凪」

「違くないっ!違くないんだよ……」

「お前も例外じゃないんだよ……月音つきね

 ――言うな


「月音を助けたのだって、俺自身の為だ!」

「そうだろ!?本当はトラウマに苦しんでる女の子を助ける俺に酔ってたんだよ!!」

「承認欲求の化け物が目の前に転がってきたえさに食いつかないはずが無い!」

 ――これ以上はダメだ


「そんな事ないよ?凪」

「あるんだよっ!あの解決方法だって拓馬に反対されてたのを押し切ったんだ!」

「相手をあおって俺の土俵に持ち込んでそれを気持ちよくやっつける」

月音の目からどう映るかなんて気にしないで、俺が気持ち良くなることだけを考えてたんだっ!!」

 ――止まれ


「凪……」

「俺はっ!月音自身のトラウマも食い物にした奴だ!本当に気持ちが悪い!」

「そこまでして自分の欲求を満たそうとしてるんだ!」

「そんな自分本位な東雲凪を俺は昔からだいき――」


 ポスリッ…………


 言えなかった。

 月音が俺の首に手を回し自分の胸に俺の頭を抱えるように抱きしめる。


「な、なにを――」

「わかったから……もう止まりなよ」


 月音はそう優しくさとすように話す。


「私は凪のこと化け物だとは思わないよ?承認欲求なんて誰にもある欲求だしね」

「凪は少しだけ強かったのかな?」


「後さっきから気になってるんだけど、絶対とかきっとってなに?」

「どうして凪はみきくい自分が本当の自分なんだって認めさせようとするの?」


 言い返そうにも言葉が出ない。


「他人の事情を食い物にしたからって凪が頑張ってないって事にはならないよね?」

「凪がどんな思いで私を助けてくれたのか分からないけど……それでも、私は救われたんだよ?」


 ――否定しないと……。そんな綺麗なものじゃない。


「自分の積み上げて来たものを自分が否定するのは可哀想だよ……」

「もっと……自分を労わってあげよう?」


 ――労る?何もしていないのに


「人は慣れる生き物……か。それは凪にも当てはまっちゃうね」

「今まで満足していたけど、感謝されても慣れちゃって満足出来なくなっちゃったんだね」


 ――そもそも感謝なんてされてない


「一方的に手を差し伸べてるだけじゃ……もう、凪は満足出来ないよ?」

「凪が今して欲しいこと……当てたげよっか?」


 ――俺がして欲しいことなんて……


 そう思ってると、月音は優しく俺の髪をくように撫でる。


「本当は誰よりも器用なくせに、誰よりも不器用だね〜君は」

「辛かったら辛いって言いなよ、お兄ちゃんだからかな?甘えるのが下手なんだよね」


 ――ダメだ……迷惑をかける


「今まで誰も君に手を差し伸べてくれる人が居なかったんだね?こんなに傷ついているのに」

「君も隠すのが上手だから、他人だけじゃなくて自分までも騙してる」


 ――そんなこと望んじゃだめだ……


いじめ無くしたんだよね?凄いよ、皆怖くてかばうなんて出来ないよ?頑張ったね」

「その子から見たら君はヒーローだ」


 ――やめてくれ……


「みんな嫌がる仕事を率先して引き受けるの偉いよ、私は嫌でやらないかも」

「虐められてもよく挫けなかった!よく耐えたね、辛かったよね」


 ――あぁ、辛かったんだよ……


「人から悪く言われてもお願いは引き受けてたんだよね?きっと、大変だったんだろうね」

「全部投げ出したくなったのに、そうしなかった。頑張ったね」


 ――俺は……頑張ったんだよ……


神宮寺じんくうじ君と桜ちゃんを助けるためとはいえ、高校生相手に立ち向かうのは勇気がいる事だよ」

「怖かったよね?でも、そのお陰で二人と知り合う事が出来たよ、ありがとう」


 ――二人を失うのも喧嘩をするのも……怖かったんだよ……


 俺はが溢れそうになるのを必死にこらえる。


「私のために怪我をしてまで頑張ってくれてありがとう。何ともないって顔してたけど痛かったよね?」

「その後泣いてる私を抱きしめてくれてありがとう、怖くてどうしようも無かったから凄く安心したよ」


 ――…………でるなっ!もうやめてくれ!


「ふふっ……強情だね〜」


 と、楽しそうに月音は言う。


「誰よりも周りを見てるのに凄く不器用で」

「優しくて強いのに甘えるのがとても下手」

「そんな凪を私は」


 そっと耳元に口を近ずけ


「大好きです」


 ――あぁ……もう、ダメだ…………


「うぅ……くっ…………」


 今までき止めてたものが一気に決壊けっかいした。

 もう、止まらなかった。


「それでいいんだよ、ようやくだね」

「もし君のこれからの頑張りを他の誰もが見なくても、私が君の事を見ているからね」


 その優しい声を聞き、俺は更に流した。



 ※※※


「この度は……お見苦しい所を見せてしまったようで……」

「ふふ〜ん別に良いんだよ〜??もっと甘えてても」

「いや、もう大丈夫だから……」

「泣いてる凪、小さい子供みたいで可愛かった」


 女の子の前で泣くのも恥ずかしいのに、胸の中で泣くなんて……死んでしまいたい。


「ふ〜良し!私的にも凪的にも満足したし……帰ろうか!」

「え?」

「ん?」


 あまりにもあっさりとした感じなので、呆気に取られてしまって反応を間違った。

 立ち上がった月音は、再びベッドに座り語り始める。


「夏休みってさ羽目を外す子が多いよね」

「それで、新学期に怒られるやつ沢山居るけどな」

「バレなきゃ良いんだよね?」

「まぁ、そうだな」

「私たち普段真面目だし……今日くらいになっちゃう?」


 ラブホの部屋に男女がいる状況。

 悪い子とはそういう意味だろう。


「ならないよ、そう言うのは段階を踏むべきだろ」

「真面目〜というかヘタレ?」

「うるさいわ」


 二人で部屋を出る前に



 と、そう言うと

 月音は一瞬、目を瞬いた後にクスッと笑い


「待ってるね」


 そう言って俺に続いて部屋を出る。


 部屋を出ると既に太陽が傾いていたが、気分も足取りも今までよりも、ずっと軽かった。

 残りの夏休みも楽しく過ごせるようになった事が、俺はこれ以上無いくらい嬉しかった。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 第十話「私が君のことを見てるから」

 読んで頂きありがとうございます!

 次回から新学期が始まります!今回を経て、二人の関係がどう変わっていくのかお楽しみください!

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