第9話 ほんの少しの勇気だよ

 あれから三日が経った。

 俺は何度も携帯の画面を開いては閉じるを繰り返していた。

 思い返せば、俺から月音つきねにメッセージを送った事は無かったかもしれない。

 謝罪のメッセージも違うし、弁明するためのメッセージも違う気がする。


「約束した三日経ったのに……はぁ……」


 拓馬たくまには、三日待って欲しいと伝えている。

 ただ、何も進展してない。

 もしかしたら、あの展望台にいるかもしれない……そんな、淡い期待も抱いたがそんな甘くはなかった。


「このまま逃げてしまった方が……」


 と、後ろ向きの考えをしてる自分に嫌気がさす。

 俺にとって彼女の存在は大事になってるから、それは出来ない。


「よ!どうするか決まったか」


 拓馬がドアを開けて入ってくる。

 玄関のドアが開く音がしなかったから、完全に油断していた。


「せめてノックくらいしろよ……」

さくらがしなくていいって」

「俺の許可は……?」

「まぁ、んなことよりどうよ」

「…………決まってない」


 聞くなり拓馬は重くため息をつく。


「まぁ、そうだよな〜」

「信用してない訳じゃないんだけど……」

「長く居る俺らと違いが出るのは仕方ないよな」

「その俺が意識してなかった違いのせいで、こんな事になった……」

「で、連絡はしたのか?」

「……出来てない」


 と、持っていた携帯をベッドに放り投げる。

 それを見て拓馬も苦笑いを浮かべていた。


「今度はなぎが頑張る番だな」

「そうだよな……」


 それから、少し話をして拓馬は帰って行った。

 その日の夜、俺が意を決して連絡しようとした所に月音から連絡がきた。


『この前はごめんね。明日会えないかな』

『俺も気づけなくてごめん。俺も会って話がしたい』


 場所と時間を決め、その日はそれ以上連絡はしなかった。


 翌日、約束の場所に行くと普段は月音が早く来ている事が多いのだが、今回は珍しく俺が一番乗りだった。

 とは言っても、十分前なので気にするほどでは無いが……

 時間になったが彼女は現れなかった。


(なんかあったのか?)


 と思い、立ち上がると駅の方から月音が走ってくるのが見えた。

 急に心拍数が上がってきて、昨日覚悟した事が少し揺らいでしまう。


「ご、ごめんね!遅くなっちゃって」

「いや、俺も今来たばかりだから平気だよ、何かあった?」

「電車遅れちゃって……もう少し早く出れば良かったよ」

「何かあったんじゃないかって心配してたから安心した」


 会話が途切れ沈黙が降りる。


「その……この前はごめん。話したい事が――」

「待って!こんな場所で話しにくいでしょ?場所変えよ?」


 そう言われ、こっちと手を引かれ歩き出す。


「何処に行くの?」

「良いから良いから」


 と、はぐらかされてしまう。

 だんだんと街の風景が変わってきて別の意味で胸がドキドキする。


(ここって、俺ら高校生が来たらまずい所なんじゃ……?なんで、月音はこんなところに)


 目的地に着いたのか急に月音が止まる。

 見上げると、少し派手めな外観のホテルだった。いわゆるラブホという所だった。


「ここだよ、私が来てみたかった場所」

「いやいや、待ってくれ」

「凪は……嫌?」

「嫌というか……落ち着いて話せるところじゃ無かったのか?」

「部屋は私と凪の二人だよ?」

「それなら、俺の部屋でも良かっただろ……」


 月音は深呼吸をして中に入っていく。

 受付にあった部屋の内装が表示されてるパネルから、適当な部屋を選び俺を部屋に押し込む。

 その間妙に手馴れている月音に疑問を浮かべていた。


(なんでこんな出来るんだ?)


 俺には、正直何がなにやら分からなかった。

 部屋の入口で固まってる俺とは、正反対に月音は部屋を楽しんでいた。


「へ〜こんな感じになってるんだ!結構綺麗だね」


 今の言葉で初めて来た事は分かったが……なんか、モヤモヤする。


「凪もこっちにおいでよ」

「いや……でも……」

「もー……ここまで来たら覚悟決めなよ?」


 と、俺の手を取り部屋の中まで引っ張る。


「わわっ、やっぱりそういう事する場所だからこういうのも置いてるんだ……」


 月音は、興味深そうにベットの傍に置いてあった一つの小さな個包装された避妊具を手に取る。

 月音はそれを元の場所に戻してベットの縁に座る。俺は椅子に腰を降ろそうとすると


「なんで椅子なの?こっちおいでよ」


 と、自分の隣をポンポンと叩く。

 何もしないと決めてるが、隣に座って何か間違いがあっても困る。


「いや……俺はここでいい」

「凪、こっちおいで」

「…………っ」


 月音が再度隣を叩く。

 その仕草と声に妙な色気を感じてしまい、体が無意識にそちらに向かう。

 月音と少し離れて座ると、少しムッとした顔で隙間を詰めてくる。そう、肩と肩が密着するレベルまで……

 沈黙が痛い……完全に話すタイミングを失ってしまった。そう考えていると


「この前はごめんね……急に変なこと言って」

「……いや、気にしてないし俺も悪い事をしたと思ってる」

「凪には凪の事情があるのに、それを考えてなかった……私って、結構面倒臭いんだなって思っちゃった」


 そう、控えめに笑う。

 そして、何を思ったのか急に俺に抱きつき押し倒された。

 不意だったので、手を着くことも必死に耐えることも出来なかった。月音は俺の胸に耳を当てて笑う。


「すごいドキドキしてるじゃん、恥ずかしい?」

「この状況でドキドキしない奴は居ないだろ」

「確かにそうだね……私はどうかな……聞いてみる?」

「いや、遠慮しとくよ」


 そう言うと、スっと俺から離れて座り直す。俺もそれにならって起き上がりつつ気になった事を聞いてみる。


「その、月音はここに来たことある……のか?」

「ん?なんで?」

「さっき凄く手馴れた様子だったから……」

「ん〜……内緒」


 なんというか……男性恐怖症なので、無いと思うが……もしかしたらの可能性も考えてしまう。それが顔に出てたのか


「無いよ?今日が初めて……凪以外の男の子と話せないし触れ合えないよ」

「……そっか」

「前に少しだけ仲良くなった女の子がここの話をしてて、それで調べた」

「だから、スムーズだったのか」

「それもあるし、入り口でもたついてて、もし同じ学校の子に見られたら面倒でしょ?」


 それなら、尚更どちらかの部屋で良かった気がするけどな……

 でも、軽く話をしたお陰かさっきより緊張が溶けた気がする。


「じゃあ、凪からのお話聞いてもいいかな」

「分かってる……けど……」

「あまり、話したくない?」

「今まで進んで自分の話をした事が無いから……」

「私も凪に話した時は怖かったから、気持ちは分かるよ」

「しっかり話が出来る状況を作ってもらったのに……ごめん」


 暫く沈黙が続いた。が、その沈黙を月音が破った。


「凪はさ……今、水って怖い?」

「え?いや、多分平気」

「じゃあ、海で始めて水に触れてみた時、どう思った?」

「……あれだけ怖かったのに、いざ触れてみると大したこと……無かった」

「今、凪に必要なのはほんの少しの勇気だよ?」


 勇気……確かに、水に触れた時もそうだった気がする。


「私もあの時、凪が私の為に頑張ってるって聞いたから勇気出せたんだよ?」

「あの時?」

「凪が本郷君をやっつけて私を助けてくれたとき」


 最近のことなのに懐かしいとも思えるイベントの話が出てきた。


「凪が頑張ってるのに私は震えてるだけで良いのか?って思っちゃって……」

「それに、ある人から話を聞いたんだけど、私の為に怒ってくれたって聞いたよ?」

「もう、隠す気ないだろ……?」

「そんな話聞いたら、当たり前だけど私の事だから私も頑張らないとって思ってあの公園に行ったの」


 なるほど、だから……


「ほんの少しの勇気か」

「そう!話終えると不思議と気持ちが軽くなるよ?」

「分かったよ、けど、面白くないぞ」

「私の話だって重いだけで楽しくなかったでしょ?」


 そう言われると……俺も頑張らなければ……乗り越えなければ。

 そう思い、もう何年も心の奥底に封印してた記憶を思い出す。


「俺の昔の夢はヒーローになる事だった」




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 第九話「ほんの少しの勇気だよ」

 読んで頂きありがとうございます!

 凪がなぜ感情表現が乏しいのか、元からなのか、それとも何か原因があるのか……次回明らかになります!

 第十話よろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る