第5話 君を助けたかった
カフェで口論が始まって五分ほど……
俺は、ずっと顔をしかめている。それほどまでに、目の前の親友が出した結論に納得していなかった。
「
「俺だってここ数日ずっと考えたよ。これが最適解なんだ」
「それでも、もう少しやりようがあるだろ!お前は少し、自分の事も考えろ!」
「それを含めて考えたさ!俺が簡単に負けない事くらい拓馬だって知ってるだろ」
「俺はお前の身体のことを心配してるんじゃない!お前の人生を心配してる!」
分かっていたことだが……こうも、我が強いとこちらも熱くなってしまう。
「だいたい、そこまでしてお前になんのメリットがある!?そこまで、彼女を助けたい理由はなんだ!」
「……理由なんて必要ないしメリット・デメリットの話じゃない、放っておくと彼女は中学時代の苦しみを繰り返す事になる!」
「それで、その選択が正しいと!?桜や佳奈がまた悲しむことになる!お前は」
「それでもっ!!」
周りにいたお客さんも何事かと遠目から見ている。
久しぶりに聞く凪の
「それでも……助けてやりたい……昔の話をしてた時、彼女は泣いてたんだ……それは、今も苦しんでる証拠だろ」
「雨宮さんは意外と話すのが好きなんだよ……猫だって好きだし、綺麗な夕陽だって好きだ。表情だってコロコロ変わるし色んな笑い方をする」
「きっと、普通の生活を送れてたらまわりに友達が沢山いて、真っ当な恋愛をして今よりもっと楽しかっただろう」
不思議と聞き入ってしまった。数週間前から凪と雨宮さんの雰囲気の変化を感じてはいたが……ここまでとは思わなかった。
「とりあえず、やり方は置いといて……雨宮さんは知ってるのか?」
「伝えていない」
「どうして?本人にも伝えるべきだろ」
「やり方もやり方だ、とても伝えられる内容では無い」
凪自身も真っ当なやり方ではないと分かっているのだろう。
正当防衛を盾にした暴力での解決。
相手の人柄と状況を考えると……確かに、これも一つの解決策だ。
ただ、学校生活そして私生活をある程度共にしてたのなら、凪がどんな男の子か雨宮さんは少しずつ知ってきているはず。
優しかったはずの男子がある時、必要であれ暴力を働いたとしたらどうなるか……想像するのは
「凪……これだけは履き違えるなよ、これは雨宮さんの問題でお前の問題じゃない」
「そんなこと分かってる」
「なら、伝えろ。じゃなきゃ、雨宮さんが乗り越えた事にはならない!根本的な解決が出来ないなら、この一件は無駄だ」
「……話してみる」
「はぁ……それで、実行日はいつなんだ?」
「金曜日の17時、
そう、ぶっきらぼうに答える。恐らく話は終わりだろう。
「最後にやっぱりこれだけは聞かせてくれ、そこまで助けたい理由はなんだ」
「……雨宮さんの怯えた表情が、あの時の桜と重なっただけ」
「なるほどね、最初からそう言えよ」
それ以降、お互い何も語らず会計を済ませ、別れる。
親友としての直感というか確信に近いが、凪はこのまま伝えずに実行に移すだろう。
だから、俺はせめて少しでも良い結果に終わらせるため、帰りの電車の中で考えを巡らせ始めた。
※※※
五月二十五日の木曜日
放課後は雨宮さんと一緒に帰る事が日課になっていた。
「
なんて、噂が流れ始めてから雨宮さんが告白を受けることは少なくなっていた。が、
「ごめん東雲君、今日放課後男子に呼ばれてて……遅くなるかもだけど良いかな?」
「大丈夫だよ、待ってるから」
疲れが溜まってるからか、雨宮さんが教室から出ていくと椅子の背もたれに全身を預け、天井を
「だ〜れだ?ヒントは〜凪が大好きな幼なじみです!」
「もう、答えだろ……佳奈」
「大正解〜!」
と、ニコニコと穏やかな笑顔を浮かべてる彼女の名前は、
背中の辺りまで伸ばした綺麗な黒髪に小さな顔、胸は控えめだがしっかりくびれがあり脚も長い。穏やかでマイペースな性格で、大和撫子のような女の子。
ただ、思ったことはズバズバ言うやつで本人に悪気は無いからタチが悪い。
「生徒会で忙しいんじゃなかったのか?」
「そうだよ〜!けど、桜ちゃんに『最近お兄ちゃんが元気ない〜』って泣きつかれちゃって見に来ました!」
「それは申し訳ないな。で、なんの用?」
「ん〜、あんまり派手にやっちゃうと生徒会でも庇いきれないからねって言いに来たの」
なぜ、バレてるのか……
ため息をつきそうになるのを我慢して
「やらないよ、俺が一方的にやられて終わりだ」
「も〜、それもダメだって言ってるんだよ?」
「それなら、何かあっても生徒会で処理できるだろ?」
「私が嫌」
「私情かよ」
あまりにも目が真剣なので、もはや降参するしかない。
「本当に大丈夫だから約束するよ」
「分かった〜約束ね!」
そう言うとニコニコしながら帰っていった。どうやら、釘を刺しに来たらしい。
思ったより大事になってきたな……なんて、考えていると、雨宮さんが戻ってきた。
「お待たせ……行こ?」
「大した待ってないよ」
校門を出て、いつも通り雨宮さんの家まで送るまで、普段は他愛ない話をしているのだが、今日はとても静かだ。
「何か嫌なことされた?」
「え?ううん!大丈夫だよ!贅沢な話だけど、告白されるの久しぶりだったから疲れちゃって」
「確かに贅沢な話だ」
それっきり黙ってしまったので、こちらからも特に話しかけることも無く家に着いた。
雨宮さんの元気の無さも気がかりだが……
いつも通りの「またね」と言い別れると、俺も帰るために足を動かす。
そして、五月二十六日の金曜日。
いつも通り雨宮さんを家まで送っていこうとすると、買い物したいからここで大丈夫との事で駅で別れた。
駅の中に消えていく雨宮さんを見送ると、「よし」と静かに呟き約束の公園に足をむけた。
更科公園はここから五駅分離れたところにある静かな公園だ。
更科公園は本来、この時間帯は静かなはずだ。なのに男女の言い争う声が聞こえた。
しかも、公園の中で。
嫌な予感をしつつ、走って公園に行くと
「な、なんで……ここに?」
雨宮さんが本郷と対峙していた。
本郷はニヤニヤと雨宮さんは血の気が失っているが、眼はしっかりと本郷を見ている。
それを見てしまったら、公園に入るのが
『これはお前の問題じゃない。雨宮さんの問題だ』
(わかってるよ……親友)
ふと、思い出すカフェでの会話。
まだ、我慢だ。まだ、俺の出番じゃない。
今すぐ飛び込みたい気持ちをグッと我慢して、雨宮さんの勇姿を見届ける。
「俺を呼び出したのはお前か?ずいぶん偉くなったじゃねぇか?」
「な、何の話し……?私はあんたなんか呼んでない!」
「はぁ〜……あん時は利口だったのに、あの優男に少し優しくされたくらいで乗り換えたのか?」
「うるさい!お前なんかが彼を知ったふうな口を聞くな!」
「ちっ……こっち来い!ずいぶんいい身体になったじゃねぇか?ここは誰も来ねぇし、楽しもうぜ?なぁ!」
「や……は……離せ!私に触るな!…………あ」
パシっと少し乾いた音が響いた。覗き見ると、本郷が左頬を押さえて固まっていた。振り払った勢いで手が当たってしまったのだろう。
雨宮さんは青ざめていた。恐らく、頭の中ではこの後の展開がイメージ出来たのだろう。
幸いにも本郷の手からは逃れることが出来たらしく、少しずつ後ずさる。
「今なら謝ったら許してやるよ、じゃなきゃ、分かってるよな」
「………………」
何も言えず、後ずさることも出来ず……ただ、震えている。
(そろそろ、まずいか?殴られてから行くんじゃ遅すぎるし)
そう思い駆けつけようとした時
「だ……」
「あ?聞こえねぇよ」
「だ……誰が謝るか!……私は……たくさんお前に殴られた!!……謝るのはお前の方だろ!」
「ちっ……」
一つ舌打ちしたあと、本郷は腕を振りかぶった。雨宮さんも殴られることを覚悟したのだろう。眼を瞑って耐えようとしている。
その瞬間駆け出した。
拳が届くギリギリで雨宮さんを自分の方へ引き寄せる。
「あ?」
「え?」
拳が空を切り間抜けな声を出す本郷。
トラウマであるはずの衝撃が来ず、誰かに抱き抱えられた状態になった雨宮さん。
そのまま、俺の後ろに隠す。
本郷が俺を認識した瞬間、俺は殴り飛ばされた。
何とか転倒は免れたが……ちくしょう、口の中が切れた。
視界に本郷を収めるために、顔を向けると続けざまに殴られる。そして、追い打ちをかけるように腹部を蹴る。
「前からなんなんだ!?てめぇはよ!俺らの問題にしゃしゃり出てくんなよ雑魚が!」
更に殴られ蹴られた後に、胸ぐらを捕まれ引き寄せられる。
「俺の学校の近くウロチョロしてたらしいな〜?気づかねぇと思ったのか?」
「……気づいてなかったろ?俺がそう言えってお前の仲間に伝えたからな」
最後に一発殴り飛ばされた。
久しぶりに殴られたが、結構痛いな…………もう、良いだろ。これ以上傷作ると怒られるしな。
「なぁ、本郷」
「気安く呼ぶんじゃねぇよ、カッコつけて出てきた割に大したことねぇ腰抜けが」
「お前さ、正当防衛って言葉知ってる?」
「は?なにいっ――」
言い終わる前に殴り飛ばした。
殴り飛ばされた本郷は、何が起きたか分からないようで、地面に倒れ込んだまま動かない。
俺はわかっていた。この後、こいつの顔は恐怖に染まる事を――
静かに見下ろしていると、本郷は恐怖を悟られないようになのか笑っていた。
「は、はは……お前なんなんだよ?」
「どうした?早く立てよほら」
もう、知ってる。こいつはもう立てない。
「初めて殴られた気分はどうだ?最高の気分だよな?お前……殴り合いの喧嘩した事ないだろ」
「…………っ」
「普通の人よりも体格がでかくて、普通の人よりも声が少し大きいだけで偉くなったつもりかよ」
ここからだ。
威圧の意味を込めながら一歩一歩踏みしめ、本郷に近寄る。
「楽しかったよな?声張って
声に表情に温度は乗せない。機械的に淡々と……
「自分の小さい世界しか知らなくて、脅すことでしか他人を支配できない
そうして、未だに立ち直れていない本郷の腹部を
「そんな奴がなんで他人の人生を奪えるよ?」
本郷の顔は青ざめている。
こんなはずではって頭の中で思っているんだろうか。
ドスッとそのまま腹部に座る
「ぐぇっ」と間抜けな声がしたが気にしない。
「お前には今二つの選択肢がある」
「一つ目、月音に土下座で謝罪して今後一切近寄らない」
「二つ目は……次に目が覚める時は病院のベッドの上だ」
そう言って、立ち上がって
「今まですいませんでした!今後一切近づきません!!」
プライド無いのか?こいつ……
「まぁ、許す許さないは雨宮さん次第だよ」
雨宮さんは少し考え
「…………今後一切私に近づかないでください。絶対に姿も見せないで」
「は、はい!すいませんでしたぁ!」
と、足をおぼつかせながら公園から逃げていく。その様子を俺は眺めていたが、目の前から
ドサッ
と音がしたので目を向けると、雨宮さんがヘナヘナとへたり込んでいた。俺が慌てて近寄ると、急に抱きつかれ――
「ううっ……怖かったぁ…………ありがとう……来てくれてぇ……」
と、緊張の糸が切れたのか泣き出してしまった。
なんで、雨宮さんがここにいるのかという疑問が残っているが、それでも、結果的に彼女はトラウマの相手に一矢報いる事が出来たと思う。
「頑張ったね、凄くかっこよかったよ」
「うん……わたしがんばったよぉ……」
ようやく落ち着いた時には、日は沈みかけていた。
「そろそろ帰ろうか、夜遅くなってきたしね」
「うん!でも、その前に家に寄ってきなよ」
「なんで?」
「怪我してる。湿布くらいあるから貼ってあげるよ」
「ん〜……なら、お言葉に甘えようかな」
怖い思いをした反動なのか、トラウマを乗り越えるための兆しが見えてきたからなのか、帰りの雨宮さんは上機嫌だった。
家に着き、湿布を貼り終えると少しの間、俺を見つめて
「なんで東雲君はさ、危ない目にあってまで私を助けてくれたの?」
なんて答えようか迷ったが、ありのままを伝えることに――
「特別な理由はないよ。ただ、君を助けたかったから、それだけだよ」
一瞬ぽかんとした後に――
「ふふっ何それ?カッコつけちゃった??」
「人生で一番カッコつけたのに笑われた……」
「冗談だよ〜!あの時は本当にかっこよかったよ!」
なんて、いつも通りの他愛ない話をして別れた。
帰りの電車の中で――
(そう言えば……月音はあの時の俺を見て引かなかっただろうか……)
アドレナリンが身体から抜けてくると同時に、黒歴史ノートに新たな一ページが刻まれそうな予感がした。
なお、家に着くと妹の雷が俺に落ちた。
※※※
凪を見送ったあと、私はソファに力なく座った。なんか怒涛の展開すぎて、夢なのかと思ってしまう。だが、この顔に残った熱が現実なのだと教えてくれる。
帰りの電車でも、家で湿布を貼っている時も彼の顔を見れなかった……
胸がずっとドキドキしてるのは……多分、恐怖心からでは無い。苦しくなく心地良い感覚だった。
「はぁ……好きになっちゃったんだなぁ……」
そう呟き、顔の熱が引くまでクッションに顔を
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