第4話 俺に出来ること

「私……中学の頃虐められてたんだぁ……」


 私は、初めて自分の過去を他人に話す決断をした。


 私、雨宮月音あめみやつきねは小さい頃から容姿だけは整っていた。自分で言うのは恥ずかしいが事実だった。ロシア人の母と日本人の父の間に生まれた私は、日本人離れした髪の色とスタイル、父親譲りの柔和な顔つきを持っていた。


 小学校では、物珍しさから他学年の子に話しかけられたり、遊びに誘われたり小学生らしい付き合いが多かった。

 ただ、中学生に上がる事でそれが一変した。思春期に入った事で、周りの私を見る目が変わったのだ。私自身も中学生に上がった頃から、かなり大人びた体つきに成長を始め、顔つきも少しずつ変わり始めた。それが原因かもしれない。

 学年問わず告白を受けたり、遠目から見られたり……様々だった。

 それでも、誰とも付き合うことは無かった。告白してくる人は皆、私を見ていなかった。誰も私の目を見て話さない。どんなに好きだと言われても目線が私の女の部分を見ていた。


 それだけなら、まだ良かった。女性に生まれたなら避けては通れない視線だろう。

 でも、私の事を自分のアクセサリーにするために近づく人が一定数いた。

 主に、周りからイケメンだカッコイイと持てはやされた上級生や同学年の人達。そんな人達からしたら、私は銀髪でスタイルが良くて顔も悪くない。格好の的だろう。


 普通なら他の女子生徒からは反感を買いそうだが、私は特別みたいで愚痴を聞いてくれたり、変わらず仲良くしてくれていた。

 そんな嵐のような一年を過ごし、中学二年上がったばかりの春にある一人の男子生徒から呼び出された。

 名前は本郷猛。一つ上の三年生で至って普通の男子生徒だった。呼び出された所までは良かったが明らかに、今までの告白してくれた人達とは状況が違った。友達なのか周りに三〜四人程の男子生徒が見える。そんな中で


「雨宮月音、お前は今日から俺の女だ」

「………え?」

「え?じゃねぇ、お前は今日から俺の女だから俺に尽くせよ?」


 この人は一体何を言ってるんだろ……俺の女?いつから?頭の中はグルグルと初めて言われた言葉が渦巻いていた。

 そんな置いてけぼりの私を気にする様子もなく彼は続けて


「そうだなぁ〜そうだ、連絡先交換しとくか、じゃなきゃ呼び出したりもできないしな」

「えと……ごめんなさい。私、あなたと付き合った覚えもないですし、連絡先も教えることは出来ません」


 そう言った瞬間、左頬に激しい衝撃と痛みが襲い、衝撃に耐えきれず横に転ぶ。初めての出来事に理解が追いつかない。


「……え?なんで……?」


 そう口からこぼれた。腕を捕まれ無理やり立たされると、本郷君の顔が間近にあり思わず目を背ける。


「お前がどう言おうとお前は俺の女に変わりはねぇんだよ。黙って従えよ」


 そこからは地獄だった。呼び出し性的な要求をされ断れば殴られる。服で隠れている部分を殴るので、他人から見たら何も変わらない私。でも、服を脱ぐと痛々しいほどの痣があった。


 相手は三年生。一年我慢すれば終わる……そう思っていたが甘かった。彼らは、私の知らないところでこんな噂を流していた。


 雨宮月音は誰にも股を開く


 普通に考えれば……嘘だとわかるはずの噂をみんなは簡単に信じた。

 前よりも声をかけられる頻度は増え、内容も性的なものだった。

 呼び出し殴られ、別の所では噂を信じた男子生徒に誘われ……

 友達でいてくれた人たちも、私が放課後や休み時間の度に姿を消す事が増えたので、噂を信じてしまい、私から離れていった。


 気づいたら半年が経っていた。そして、大丈夫……我慢すれば……で耐えていた私はとうの昔に限界を迎えていたらしい。


 ある日の朝、目が覚めても身体が動かなかった。頑張って起き上がっても涙が溢れて止まらない。結局その日から、私は学校を休みがちになってしまった。本郷君から絶えず連絡が来ていたが耳を塞いで必死に耐えた。


 この日も学校を休もうと思っていたら


「月音?入っても大丈夫かい?」


 父だ。流石に心配になったのだろう。

 娘が学校に行かないどころか、部屋からも出てこない。私が父と同じ立場でも同じことをすると思う。


「……大丈夫だよ」


 静かにドアを開け入ってくると


「一週間も学校を休んでどうしたの?何か嫌なことあったのかい?」

「……なんも無いよ、体調悪くて…」

「そうか……あんまり、喋りたくないかい?」

「……うん、ごめん」

「いや、良いんだ……それでも、話せるようになったら話して欲しいな。お母さんも心配しているよ」


 そう言い、励ますように私の頭を撫でようとしてくれた優しい手を


「……え?いや、今のは違……ごめんなさい……」


 ……反射的に払い除けてしまっていた。

 父は少しだけ悲しい顔をした後、


「そうか…月音ももう中学生だし、あんまり子供扱いはして欲しくないよね」


 そういうといつもの柔らかい笑みを浮かべ


「今は休みなさい、また、様子を見に来るね」


 と部屋を出ていってしまった。

 その後は、ただただ涙が止まらなかった。昔から父に頭を撫でられるのが大好きだった。けれど、今はその手に恐怖を感じ払い除けてしまった。その事に対する後悔や自責の念に押しつぶされそうだった。


 結局、私は1ヶ月ほど休んだ後、担任と両親の提案で皆と登校時間をずらし、別の場所で勉強をして、皆と会わずに帰る。それを、卒業まで続けた。

 後から聞いた話だけど、私が学校に来ないことに対して本郷君は怒り狂っていたらしい。私の家に来なかったのは、単純に場所が知らなかったからだろう。それだけが救いだった。


 高校は地元から遠く離れた場所に決めた。

 一人暮らしをさせる事に両親は心配していたが、それ以上に地元に残しておく方が良くないと判断したのだろう。最終的に賛成をしてくれた。


 高校に入学する頃には、なんとか立ち直れてはいたけれど「男性恐怖症」という傷だけは残り続けた。




「……一つだけ補足しておくと、私は処女だよ。体は許していないから安心して?」


 そう補足を含め話を終え時計を見ると、三十分しか経っていなかった。

 その間、ただ黙って話を聞いてくれていた東雲君しののめくん


「男性に対して苦手意識を持っていることは、何となく分かっていたけど……そんなに深刻だったのか」


 そういう東雲君は、悲しみとも怒りとも受け取れる雰囲気を纏っていた。そして、それっきり黙ってしまった。変に同情の言葉を投げかけるのは良くないと判断したのだろうか……

 長い長い沈黙を破ったのは、東雲君だった。


「苦しいのに話をしてくれてありがとう、俺に力になれる事が言ってくれ。力になるよ」

「ありがとう……その時はお願いするね」

「それで……明日学校はどうするの?」

「……行くよ、学校で何かあったわけじゃ無いしね」


 そう力なく笑うと、東雲君から一つ提案を受けた。


「もし、不安があるなら……登下校は一緒にしようか?嫌じゃなければだけど」


 その提案は私からすれば嬉しいものだった。私が一人になるのは、登下校の間だけ。本郷君はこの近くの高校では無いと思うけれど、今日みたいなことがあるかもしれない……

 けれど、また、東雲君を巻き込んでしまう。

 そんな、私の葛藤を感じたのか


「俺に迷惑が〜……とか、考えてるなら安心してくれ、女の子に心配されるほど弱くはないよ」

「……なら、お願いしてもいいかな…?駅までは一人で行くから、そこで合流しよ?」

「了解した」

「でも、本当にいいの?変な噂立っちゃうかも……しれないよ?」

「雨宮さんが気にしないなら大丈夫だ」

「私は大丈夫だよ……じゃあ、明日からお願いします」


 そう頭を下げると東雲君も私に倣って頭を下げる。

 先程までの重苦しい雰囲気は霧散していた。

 この日はもう十八時になっていたので解散することにした。

 ご飯でもと言ったが、お断りされてしまった。

 流石に恥ずかしいらしい。

 見送りも不要ということで、玄関の前で礼を言い東雲君は帰って行った。

 ……今思えば、この時から東雲君は静かに動き出していたのかもしれない。


 次の日、約束通り一緒に登校すると瞬く間に噂になった。

 私は他の女子生徒に根掘り葉掘り聞かれてグッタリしていたが、東雲君は何処吹く風だった。


「あれから何も無い?」

「今のところ大丈夫、もしかしたら、ただ遊びに来ていただけなのかも……」

「そうだったら良いんだけど……」


 一緒に登下校するようになった3日目の帰り道での会話だ。


「私ばかり根掘り葉掘り聞かれるんだけど……今日くらい東雲君に聞きに行っても良いと思わない??」

「…………」

「……東雲君??」

「ん?あぁ、そうだね……俺よりも同性の雨宮さんの方が聞きやすいんじゃない?」

「そう言われるとそうなんだけどさ」


 最近、東雲君は疲れているのかボーッとしている事が増えた。お願いしている身としては、心配になってくる。


「東雲君、最近おつかれ?もう、落ち着いてきたし明日から一人でも大丈夫だよ?」

「いや、まだだ……来週からは一人でも平気だと思うから」

「来週??」

「今週に事が起きたばっかだしね、来週なら落ち着いてるでしょ?」


 そう言い終えると私の家の前に着いた。

 先程の言葉が引っかかるが、なんと聞けば良いのか分からないので胸の内に閉まっておく。

 例を言って別れ、リビングのソファに倒れ込む。

 最初は、私を守るために始めたことだが、今は私が少し楽しんでしまっている気がする。

 日曜日の一件を忘れた訳では無いが……

 そして、考えは先程の東雲君との会話へ切り替える。


「来週からは一人でも平気」


 東雲君はそう言っていた。普通は、ほとぼりが冷めるからという意味で解釈は出来るのだけれど……。

 妙な胸騒ぎを覚えつつも、それを振り払うように明日の学校の準備を始めた。





 〜同日・カフェ店内にて〜


 雨宮さんを送り届けた後、俺こと東雲凪は親友の拓馬とカフェの中で口論を繰り広げていた。


「凪がそこまでする必要はないだろ!ある程度事情を知ってるとはいえ……あの頃とは訳が違うんだぞ!?」

「分かっているよ、あの時お咎めなしだったのはお前達のお陰と義務教育中だったからだろ」

「分かってるなら、なおさら……」

「これが俺に出来る事だからやるんだよ。ただの自己満だし、あの時みたいにはならない」


 拓馬は親友の覚悟を聞いて、顔をしかめていた。

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