第2話 楽しみにしてる

 早朝六時半に耳元で二つのアラームが鳴る。


「起きるから静かにしてぇ……」


 何とか意識を覚醒させて、布団から出てカーテンを開けると澄み切った青空が見える。

 両頬をペチペチと叩き――


「よし!先にお弁当作っちゃお〜」


 1人で使うには少し広すぎるキッチンに立つと、手際よく進めていく。

ウインナーに卵焼き、彩りの野菜とご飯を詰めて完成だ。

 今日は比較的簡単なメニューにしてるので、十五分ほどで完成した。


 シャワーを浴び寝癖を治し、朝ごはんを食べ終えると良い時間になったので鞄を持って――


「行ってきます」


 と、返ってこない事は分かっているが、つい言ってしまう。

一人暮らしを始めて1年経ったが、これだけは治らなかった。


 電車に揺られること十五分で、学校前の駅に到着する。


(ここからは少し楽になる……)


 既に色んな視線を向けられて少しげんなりしつつ、馴染みの校門をくぐり下駄箱を開けると、自分の上履きの他に一通の手紙があった。


「はぁ……」


 一気に気分が急降下していく。もう読まなくてもわかるが一応目を通す。

内容はこうだ――


『今日の放課後に校舎裏まで来て頂けませんか?』


 一日一人は絶対に告白してくる。順番待ちでもしてるんだろうか?それなら、一気に来て欲しい……。

 それはそれで困るが……。


 兎にも角にも、強制的に放課後の予定が決まってしまった事で気分が悪いが、予鈴の時間も迫ってるので重い足取りで教室に向かう。


 教室に入ると相変わらず賑やかだ。

 なるべく目立たずに自分の机にたどり着くと一息つく。予鈴が鳴りもはやお馴染みとなっている神宮寺君じんぐうじくん


「お前ら〜!予鈴なったから座れよー!」


 の声で、私、雨宮月音あめみやつきねの一日が始まる。


 四限目が終わりお昼休み。弁当箱を取り出した所で、クラスの女子生徒に話しかけられた。


「あ、雨宮さん?ちょっと良いかな?」

「なに?」

「雨宮さんとお話したいから呼んで来て欲しいって先輩が居て……」

「嫌なんだけど」

「ど、どうしてもって……」

「はぁ……わかった、案内おねがい」


 屋上に続く階段の踊り場には既に私を呼び出した張本人が待っていた。

女ウケしそうな甘い顔付きに、髪の毛をワックスで綺麗にセットしている。身長は百八十センチはあるだろう。

私を呼ぶように頼んだ女子生徒に礼を言い、教室に返すと――


「お昼休みに呼びつけてごめんね?この時間じゃないと君と話せないと思ってさ」

「いえ……お話ってなんでしょう?」

「話の前に……君は、ハーフだったりするのかな?綺麗な銀髪だ」


 と言い、愛でるように私の髪に触れる。


 その瞬間、ぞわりと身体中が総毛立ち反射的に手を払い除けていた。先輩は一瞬、何が起きたか分からないといった顔をした後――


「す、すまない!いつもの癖で……気に障ったなら謝る」

「は、話が無いのなら失礼します!!」


 と言い放ち、走ってその場を離れる。後ろから呼び止める声が聞こえた気がするが構わない。急いで女子トイレの個室に逃げ込み、便座の上にへたり込む。


「ハァッ……!ハァッ……!」


 心臓が激しく脈打ち呼吸が浅い。走ったからでも、先輩の行為に胸をときめかせたからでも無い。


 男に触れられたり、近づかれるだけで強制的に呼び起こされる昔の記憶。

 高校生になってからは、触れられたことも近寄られたことも無かったから「大丈夫」と油断していたが……


「全然……ダメじゃん……」


 と、消え入りそうな声で呟き、落ち着くまでトイレに籠る事しか出来なかった。

 結局、落ち着いて教室戻った時には、五限目が始まって三十分経ってからだった。


 何とか放課後まで耐え抜いたのだが、この後校舎裏に来るよう言われている。

 気分的に行きたくは無いが、行かなかったらトラブルになるかもしれない。

 そう思い、重たい足取りで向かう。


 告白を受けそれを断る。連絡先だけでもと言われたが、それも断る。

 もはや、エネルギーは残っていない。

 足早に教室戻り鞄をひったくるようにして机から取り、学校を後にする。


 気付いたら、あの展望台にいた。フラフラとベンチに力なく座る。

 時刻は十七時半。夕陽が綺麗に見え始めていた。

 この場所の雰囲気も夕陽も私を包み込んでくれているかのように暖かい。


 気付いたら、涙が溢れていた。今まで、張り詰めていたものが一気にほぐれ、堪えていたものがとめどなく溢れてくる。


「くぅ……うぅっ……うぅぁ……」


 どのくらい泣いてたのだろう。

 涙が止まり上を向くと綺麗な夕陽が顔を照らす。

 一通り吐き出すものを吐き出したら「ぐぅ〜〜」とお腹が鳴った。


「お腹すいたぁ、そういえばお昼食べてなかったな」


 そう思い、お昼に食べ損ねたお弁当箱を取り出し蓋を開けた時


 バキッ!


 枝が折れる音がしたのでびっくりして振り返ると東雲君が踏んだ枝と私を交互に見ていた。


「あー……えっと……」


 結局、言葉が出てこなかったのか諦めたかのように目を伏せ、私の横を通り過ぎる。


 展望台には落下対策として、金属でできた柵が設置されており、そこに手を付き夕陽を眺めている。

 距離は遠いが、やや過敏になってる私は無意識に身体を強ばらせてしまう。


「お弁当……食べないの?」


 ふと、半身をこちらに向けてそう聞いてくる。


「た、食べるよ……」

「遅弁?」

「遅弁というか夕食かも」

「確かに」


 なんて冗談を投げかけられてついツッコミを入れてしまう。少しだけ、気持ちが軽くなった気がする。

 お弁当を食べ終えペットボトルのお茶を一口飲む。彼を見るとお弁当を食べ始める前からやっていた柔軟をまだ続けていた。

 私の視線に気づいたのか――


「なに?どうかした?」

「身体やわらかいなぁって思って。男の子って硬い人が多いでしょ?」

「三年以上やってるからね。長くやってると柔らかくなるよ」


 満足したのか、それともメニューがあってそれを終えたのかは分からないが、最後に伸びをして柔軟を終えた。


「俺はもう帰るけど……まだ、ここにいるの?」

「もう少し……居ようかな」


 東雲君は少し考える素振りを見せると、夕陽の方に向かって指を指し――


「ベンチで座って見るのも良いけど、夕日に照らされた街並みはもっと綺麗だよ」

「ありがとう……けど、今は座ってる方が楽かな、帰る時に見てみるね」

「……やっぱり、まだ俺も見ていようかな」

「そっか、一緒に見ようよ」


 そう言って、ベンチをポンポンと叩く。

 東雲君は私から離れて座った。


――やっぱり、この人は私の抱えてるものに気づいてるのかも……


私の考えを知る由もない彼は、ベンチの背もたれに全身を預け足を放り出して――


「今週は疲れたなぁ……」

「そうだね」

「お弁当美味しそうだったね。お母さんが作ってるの?」

「美味しそうって……私が作ってるから簡単なものしか入れてないよ?」

「自分で作れるだけ凄いって、俺は作れない」


 と言って肩をすくめる。

その後も、他愛ない話をしていると東雲君は私の顔をジッと見つめてくる――


「えと……なに?なにかついてる?」

「……いやなにも。暗くなってきたし帰ろうか?駅まで送るよ」

「ほんと?ありがとう」


 帰る頃になると、不思議と気持ちがスッキリとして足取りも軽かった。この場所が良かったのか東雲君とお話が出来て気分転換できたのか……。


 駅に向かって歩いている時も会話は途切れなかった。

東雲君は距離の取り方が絶妙に上手い。一線を越えないよう会話を振り、かつ私に共感出来る近しい話題を振ってくる。


 自然と東雲君に対しての警戒は薄れてる気がした。

そのせいなのか、私は携帯を取りだして――


「ねぇ……連絡先交換しない?」

「俺は良いけど……雨宮さんは良いの?」

「もっと、東雲君と話がしたいなって……ダメかな?」

「いや、ダメじゃないよ」


 無事交換を終えると、私の連絡先欄に「東雲凪」の名前が追加されていた。自然と顔が綻ぶ。

 そうこうしているうちに駅に着き礼を言って別れた。

 家に着き「ただいま」と言ってからリビングの電気を付けソファに倒れ込む。制服がシワになってしまうが……気にしない。


『家に着いたよ〜!送ってくれてありがとう!』

『無事に着いて安心したよ。しんどそうだったしゆっくり休んでね』

『ありがとう!それでなんだけど……日曜日空いてるかな?』

『今のところ予定は無いけど、どうかした?』

『行きたい所があってね?一緒に行けないかな〜って』

『わかったよ、予定空けとくね。楽しみにしてる』


「〜〜〜っ!」


 声にならない声を上げ足をバタつかせてしまう。勇気出して良かったかもしれない。

 彼は男の子だけど…不思議と嫌な感じがしない。

 どんな服で行こうという新しい課題が出てきたが、それは後で悩めばいい。

 今は、少しでもこの夢見心地な気分に浸っていたかった。

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