雨宮月音編

第1話 また会えるかな

 早朝の六時半を知らせるアラームが鳴る。

「ん…くぅぅ…はぁ」

 軽く伸びをしてカーテンを開けると暖かい太陽の光が射し込み、机に参考書、ベットと飾り気のない部屋が彩りを取り戻す。


 ジャージに着替え隣の部屋で寝てる住人を起こさない様に静かに家を出る。


「思ったより暖かいな。今日は少し長めにやろうかな」


 軽く体操をしてから、ランニングを開始する。

 五分程走ると住宅街から一気に景色が広がり少しずつ気分が上がってくる。

 河川敷の舗装された道から陽の光をキラキラと反射させた水面を見ながらゆっくり走る。


 河川敷から少し先に行くと、公園が見えてくる。昼から夕方にかけて小さい子供やおばさん達の井戸端会議で賑やかだが、早朝ではとても静かだ。


 ランニング+公園で簡単な筋トレを行うのが、中学生から行っている東雲凪しののめなぎの日課だ。

 朝の日課を終え、家に帰った時は既に朝の七時になっていた。


「長くやろうとは思ってたけど……やりすぎたか」


 呟きながら、家に入り事前に用意していたスポーツタオルで汗を拭ってると


「おはよう!お兄ちゃん!今日はちょっと長かった??」


 リビングのドアから顔を覗かせたのは、双子の妹の東雲桜しののめさくらだ。

 栗色の髪を顎のラインで切りそろえられたショートボブで愛嬌のある顔つきをしている。

 スタイルも出るとこは出て引っ込む所は引っ込んでていて、俺とは真逆の性格で明るく活発的で男女問わず友達は多い。

 目元と雰囲気がよく似てると言われるが……本当か??


「今日は暖かったから長くやってきた」

「そっか!朝ごはん今から作るから先にシャワーどうぞ〜」

「ん、そうする」


 軽くシャワーを浴びて汗を流した後にリビングに向かうと朝ごはんの良い匂いが俺を出迎えた。

 先程まで何ともなかったが匂いを嗅いだ途端、急に空腹感を覚える。

 テーブルには、ハムエッグにご飯、ワカメと豆腐が具材の味噌汁が並べられていた。

 桜にお礼の意味を込めて「いただきます」をいい、食べ始める。


 軽く雑談をしながら食べ終え、桜の分も食器を回収してサッと洗い学校の準備に取り掛かる。

 今日は木曜日。俺の中で一週間の終わりかけの木曜日が1番辛い。


 お互い準備を終え外に出ると、ランニング中に感じた春の陽気に包まれる。


「五月にしては暖かいね〜!眠くなっちゃう」

「桜はいつも眠いだろ」

「えへへ〜寝る子は育つって言うじゃん??沢山寝てもっと大きくなるぞー!」

「去年から変わってないんだろ?止まってるんじゃ……」

「お兄ちゃんが伸びてるなら私も伸びてる!双子だからね!」


 歩き慣れた道を他愛ない話をし学校を目指す。いつもの日常だ。

 学年は同じでもクラスは別々なので、お互いのクラスの前で別れ教室に入ると中は喧騒に包まれていた。

 自分の机について準備をしていると――


「おい聞いたか?また、孤高の美女がサッカー部の神崎先輩をフッたらしいぞ」


 教室の喧騒はこの話題が原因のようだ。

 神崎先輩といえば、サッカー部のエースでイケメン枠と言われている。そんな人でも、お眼鏡に叶わなかったらしい。

 チラッと話題の人物を見てみるが、当の本人は全く気にして無さそうだ。


 『孤高の美女』


 そう呼ばれている彼女の名前は雨宮月音あめみやつきね

 肩まで伸びた綺麗な銀髪と端正な顔つき。

 スラッとしたモデルのようなスタイルを持ちミステリアスな雰囲気を纏っているせいか、どこか大人びていて誰もが話しかけられずにいる。

 悪い噂は聞かないが良い噂も聞かない。

 目立つ容姿とは裏腹に大人しい女の子だ。


 チラッと見てたつもりが結構長い間見てしまっていたのかもしれない。その所為で気づけなかった。


「うっ!!」


 不意に背中から受けた衝撃に飛ばされそうになり、咄嗟に机に手を着いて耐える。

 後ろを見ると、金色に染めた髪が特徴の爽やかイケメンが立っていた。


「よーす!おはよう!凪!ボーッとしてどうした?寝不足?」


 そう爽やかに挨拶をする青年は、神宮寺拓馬じんぐうじたくまだ。

 サッカー部に所属している長身イケメンで中学の頃から付き合いがある親友。

 髪が金髪のせいで不良に勘違いされがちだか、気さくで真面目な性格だ。

 その証拠に、きっちり制服を着こなしてる上俺らのクラスの委員長を務めている。


「まぁ、ちょっと考え事してた。逆に拓馬はいつもより遅いけど寝坊か?」

「馬鹿言え、朝練だっつーの」

「サッカー部は木曜日だけ朝練あるんだっけ、お疲れ様」

「まぁ、慣れたもんだけどな〜……やべ、予鈴なった!また後でな!」


 俺を含め各々が慌ただしく席に着く中、雨宮さんは静かに外を眺めていた。


 六時間目の現代国語という最後の壁を眠気を抱えつつ乗り越えると、ようやく放課後になった。

 学校が長いと感じる人もいるらしいが、俺は割とあっという間に終わってしまうなと感じることの方が多い。


「凪!サッカー部に練習に来ないか!また、俺と青春の汗を流そう!」


 拓馬がやや芝居がかった声と動きで話しかけてくる。


「いや、助っ人に頼まれれば行くけど一緒に練習はできないよ」

「それじゃ、助っ人頼んだ時息合わないだろ?お前も体訛ってるんじゃない?」

「ランニングは続けてるし、社会人サッカーも行ってるからその辺は大丈夫。連携は……頑張るよ」


 そういえばと思い聞いてみる


「俺の家の近くに展望台があるの知ってた?」

「あ〜なんかそれっぽいのがあるなぁ〜って思ってたぐらいだけど……どうした?」

「そこまで行く道のりがキツイんだけど、頂上から見る夕陽と景色が綺麗なんだ」

「お前そういうの好きだよな〜ロマンチストというか」


 どうやら、拓馬には刺さらなかったみたいだ。

 暫く雑談してると、良い時間になったので解散することにした。

 慌てて走っていく姿を見ると時間つぶしに付き合わせたことを申し訳なく思ってしまう。


 帰宅した後、少し時間を潰して、夕方のランニングを開始した。

 朝は河川敷から公園へ、夕方はハイキング用に整備された道を使って山の展望台に向かって走る事にしている。

 ゆっくり走っても十五分から二十分ほどかかる距離だが、毎日走ってるせいかだんだんタイムは縮んでいく。


 街灯が設置されてはいるが、この時間になるとさすがにハイキングしている人は見かけない。


 そうこうしてるうちに、最後の頂上へ辿り着くための長い階段が見えてきた。

 大きく息を吸い、スパートをかけるように全力でかける。


 東雲凪しののめなぎは、階段を全力で登りきった時、まばゆいほどの夕陽が出迎えてくれる瞬間が好きなのだ。

 これのために、全力を出してると言っても過言では無い。


 そして、最後の一段を踏みしめ頂上に到達……したのだが、いつもの夕陽が出迎えてくれることは無かった。


(おい……嘘だろ)


 落胆すると同時に人の気配を感じた。どうやら、俺を出迎えたのは人が作り出した影だったようだ。


 大きい音を出したせいでこちらを振り返っているようだが、距離があるのと逆光のせいで顔を認識する事ができない。

 だが、シルエット的に女性で制服?を着ていることは分かる。


 このまま、立ち去るのも印象が悪い気がするので近づいてみると……。


「こんにちは、東雲君」

「こ、こんにちは……雨宮さん」


 予想外の人物すぎて、一瞬言葉に詰まった。

 そんな俺の動揺を知ってか知らずか――


「ここから見る夕陽と景色は綺麗だね」

「それは……そうだけど、雨宮さんはどうしてここに?家が近いからとか?」

「夕日が綺麗って聞いたから見てみたくなってさ、家はここから三駅だから、遠くもないけど近くもないかな?」

「俺と拓馬以外にここを知ってる人がいたんだな、知らなかったよ」


 そういうと、雨宮さんはクスクスと静かに笑うと、スっと俺に向かって人差し指を向ける。


「東雲君が教えてくれたんだよ?盗み聞きするつもりはなかったんだけど……ランニング後にここから見る夕陽が綺麗だって」

「さっきの教室で話してたの聞こえてたのか」


 そう言うと「ふふっ」と悪戯っぽく笑い、また夕日に顔を向ける。

 夕日に照らされた横顔に少し見惚れてしまっていたが、俺はランニング後のクールダウンを忘れてた事を思い出した。

 軽くストレッチをしてる間も雨宮はずっと夕陽を見ていた。

 十分程のストレッチを終え、後は帰るだけなのだが……何も言わずに帰るのもあれなので――


「俺はもう帰るけど、雨宮さんはまだここに残ってるのか?」


 そう聞くと少し考える素振りを見せて――


「ん〜……私も帰ろうかな。日も暮れてきたしね」

「駅まで行くんだっけ、送るよ」

「え?良いの?……ありがとう」


 帰りは歩くことになったので、三十分以上はかかるだろうか。


 意外な事に、雨宮さんはよく喋る。

 一つ一つの会話は長く続かないが、テンポよく話題が出てくる。ほぼ初対面だった事もあるのだろう。

 駅が見える距離まで近づいて来たところで雨宮が突然


「そういえば、東雲君はなんでサッカー辞めちゃったの?はやってたのに……」


 ドクリッッ!!


 心臓が跳ねた。

 雨宮さんとは同じ中学だっただろうか……いや、違う。桜と拓馬しか同じ中学出身はいなかった。


 俺の動揺が伝わってしまったのか


「あ、いや……ごめん!そんな困らせるつもりは無かったんだ……」

「いや、大丈夫、困ってないよ。俺に団体競技は向いてないって思ったから辞めちゃった」

「そ、そうなんだ!」


 やや、気まずい空気が流れたが駅に着いた事で、この空気に浸らずに済みそうだ。


「送ってくれてありがとね!また学校でね」

「うん、気をつけて帰ってね」


 そう、挨拶をかわすと雨宮さんは駅の中に……行かずにその場で動かなくなってしまった。


(ん?何故動かない??)


 と、考えてると――


「ねぇ……またあの場所で会える?」


 あの場所というと、あの展望台だろう。


「雨が降らない限り俺はあそこに行くから会えるよ」

「そっか…分かった!ありがと、またね」


 そういって今度こそ駅の中に消えていった。

 雨宮が駅に消えるのを見届けて、俺もまた帰路に着いた。帰る道すがら無意識に雨宮さんの事について考えていた。


 学校の無口で誰も近寄れない様なミステリアスな雰囲気を纏う雨宮さん。

 展望台と帰りの道中で見せた柔らかな笑顔と少しお喋りな雨宮さん。


(恐らく後者が素なんだろうな……仮面を被らざるを得ない何かがあるのかな)


 と、思考が深くなる前に頭を振って考えるのをやめる。


 一年前に教室で初めて話した時とは打って変わって、今日は拒絶の雰囲気が無かった。

 もう、関わることがないと思っていた彼女とは、今後も付き合いが続きそうだなと予感していた。

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