第3話 秘密
僕は夏の暑さにやられながらバイトに励み、やっと〝ふう〟を街に連出し色々な物を見たり食べたりした。
周りから見たらデートに見えるのかと思うと心が弾んだが、〝ふう〟は無表情のままで楽しいとか嬉しいとか分からなかった。
それでも少しでも喜んで貰えるように僕は必死だった。
〝ふう〟は外に出ても手は握りしめたままでいて、僕はそれが気になって仕方なかった。
「ふう、手に何を握っているの?」
「…大事なモノ…」
そう言って強く握りしめる〝ふう〟を見て、僕は虚しさを抱いていた。
〝ふう〟にとって〈大事なモノ〉はいつも〝ふう〟の手の中で側にいた。
僕はまだ〝ふう〟の事を何も知らないんだと痛感していた。
お盆も過ぎた頃、兄からメールが来た。
〜何処かで会えないか?〜
僕はなるべく〝ふう〟から離れた隣町で兄と会う事にした。
「元気そうで良かったよ」
兄は少し雰囲気が変わっていて以前よりマトモな身なりをしていた。
「話って何?」
「ふう、まだ家にいるのか?」
やっぱり〝ふう〟の事が気になってるんだと分かって、僕は勝手な兄にイラッとした。
「お前、あんまりアイツと関わるな。アイツは普通の女じゃないから…」
一方的に言いながら、何処か何かを濁して言う兄に苛立って来た。
「で、何?ふうを取るなって感じなの?」
「そんなんじゃない。もともと俺の彼女でも無いし、ただ行く所無いからってついて来ただけだった。
でも……」
そう兄は言いかけて考え込みだした。
「何だよ?ふうが兄さんの彼女じゃないなら、別に兄さんが俺にとやかく言う事は無いだろ?
それに突然出て行ったのは兄さんだろ?」
熱くなってしまった僕は食い付くように言い放った。
「俺は……
ふうが怖くなったんだ……」
目をそらした兄は僕の知ってる兄さんの顔とは違って何かに怯えていた。
「怖いって?
ふうが?」
兄はそれ以上の話しはしないまま帰って行った。
僕の見ている〝ふう〟はいつも穏やかで確かに無表情だから誤解されてしまうかもしれないけど、怖いって思われる様な存在では無かった。
兄は一体、〝ふう〟の何が怖いのか僕には理解出来なかった。
兄はそれ以来連絡も来ないまま一年が過ぎた。
〝ふう〟は変わらず家にいるが、僕は何時か〝ふう〟がいなくなってしまうんじゃないのかと不安になっていった。
いっそ〝ふう〟を僕の彼女にしてしまえば、この不安な気持ちは消えるのだろう。
僕は〝ふう〟に拒絶される事が嫌だったから、ずっと同じ距離を保ちながら、また夏を迎えていた。
〝ふう〟は手に握りしめたモノを離す事無く過ごしている。
モヤモヤした気持ちの中、〝ふう〟の〈大事なモノ〉を僕は見たくなって夜中こっそり〝ふう〟の寝ている部屋に行った。
僕は〝ふう〟の握られたままの手をそっと開こうとした。
その瞬間〝ふう〟は目を開けジッと僕を見た。
「ふ、ふう起きてたの?」
僕は焦ってアタフタとしていた。
「私の大事なモノ見たいの?」
「…気になって
ごめんね…
見せてくれるの?」
「いいけど、代わりに何かくれる?」
「何かって、何でもいいの?」
〝ふう〟は僕を見つめたまま呟いた。
「あなたの大事なモノが欲しい…」
僕はドキっとしながら、その意味を履き違えていた。
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