第81話 どんどん落ちていく人生(小学校の校長視点)

「殺す」という表現を使ったとして、警察に一時的に拘束される。すぐに釈放されるも、前科のある人間と世間に認識されるようになった。


 前科がついたことで、職場にさらに居づらくなった。校長はすぐに退職届を提出し、学校を去る決意をせざるを得なかった。引き留めるものは誰もおらず、周囲から孤立していたのを実感させられる。


 前科がついたことで、退職金は減額となった。たった一度の失敗で、30年以上のキャリアに泥を塗ってしまった。


 減額された退職金については、妻に全額没収された。ちょっとくらいは残してくれるのを期待したけど、一円残らず奪っていきやがった。これまで支えてやった人間に対して、「死ね」と無言でいっているかのようだ。

 

 無職でお金をほぼ持っていないため、年金を支給されるまではアルバイトをする必要がある。山田はこれまでの経験を生かせそうな職場に、応募書類を送ることにした。近年は書類選考を行う会社が多く、面接をいきなり受けられなくなっている。


 小学校の校長として、いろいろなことを経験してきた。自分を求めている会社はたくさんあると思われる。


 ポストを確認すると、3つの封筒が入っていた。無職になってから、すぐに応募した会社である。


 封筒を開けると、いずれも不採用と書かれていた。たくさんの実績を持っているのに、書類で落とされるのは理不尽すぎる。選考している人間の、嫌がらせとしか思えなかった。


 山田は誰でもできる、アルバイトを受ける気は毛頭もなかった。退職金を1円すらもらえない会社なんて、人間の働く場所ではないと思っている。 


 人生設計のことを考えていると、玄関のチャイムが鳴らされた。山田は履歴書を書く手をストップし、応対することにした。


 扉をゆっくりと開けると、アパートの管理人が立っていた。


「大変申し上げにくいのですが、今月いっぱいで出て行ってもらうことになりました。すぐに荷物をまとめてください」


 今月はあと二日で終わる。二日以内に荷物をまとめて、出て行けというのは理不尽すぎる。


「お金をきっちりと払っています。どうして出ていかなければならないんですか?」


「アパートの契約書に、犯罪を犯した者は強制退去という項目があります。山田さんは警察にお世話になったので、強制退去に該当します」


「そうだとしても、二日では何もできないぞ」


 新しいアパートを、二日で見つけられるとは思えない。校長まで上り詰めた男に、ホームレスになれというのか。


「そんなことは知りません。山田さんにすべての責任があります」


 山田は激高し、管理人の胸ぐらをつかんだ」


「貴様、ふざけるな」 


 拳を振り下ろそうとすると、たくさんの住民の視線を浴びることとなった。悪い意味で有名人になったのを悟った。


「殺すと脅すだけでなく、暴力まで振るう男がいるぞ」


「こんな男のいるところには、絶対に住みたくない」


「俺らはすぐに引っ越したほうがよさそうだ」


「そうだ、そうだ。すぐに引っ越し手続きをしよう」


 管理人は拳を振り下ろそうとした男に、さらなる非情宣告を行った。


「二日といいましたけど、今すぐに出て行ってください。守っていただけない場合は、警察に通報します」

 

 暴力を振るおうとしただけに、立場は非常に悪かった。山田はすぐに退去することを条件に、警察への通報をやめさせるのがいっぱいいっぱいだった。

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