第74話 刑務所の中(中学校時代の校長)
公務員が交通事故を起こした場合、禁固以上判決(執行猶予付きを含む)で喪失資格(懲戒解雇)が確定する。仕事を続けるためには、罰金刑以下であることを求められる。
自分が引き起こしたのは死亡事故。どんなに運がよかったとしても、罰金ですむ確率は低い。退職金が一円も支払われない、懲戒解雇は刻一刻と近づいている。
罰金で済んだとしても、世間に顔と名前を知られている。公務を続けるのは、事実上不可能だ。居場所のない学校で、すぐに退職に追い込まれる。
孫を轢き殺したことで、息子たちから縁を切ると伝えられた。孫の顔はおろか、息子、娘の顔を見ることすら許されない。老後の楽しみはすべて奪われてしまった。
こんなことになったのも、すべてはマスコミに情報を漏らした人間のせいだ。刑務所から出られたら、心臓をめった刺しにしてやる。失うものがなくなった今、殺人罪で逮捕されるくらいの覚悟はついた。
校長のところに、妻がやってきた。顔色は悪く、げっそりとしていた。
「あなたにこれを持ってきました。すぐに署名してください」
妻が差し出してきたのは離婚届。死亡事故を起こした男に、完全に愛想をつかした。
「犯罪者とはいられません。早く記入してください」
30年以上も養ってやった妻に、犯罪者の一言で切り捨てられる。これまでの労力は何だったのかとやるせない気持ちになった。
「考え直すつもりはないか・・・・・・」
妻は聞こえるような、大きな溜息をついた。
「あなたなんて、お金以外の価値はないんです。性格については史上最低クラスの、ダメ男でした」
離婚届にサインをすれば、厄介な女は逃げていくはず。高岡は厄払いのために、離婚届に署名する。
妻は離婚届を受け取ったあと、衝撃的な言葉を口にする。
「お金さん、30年間ありがとうございました。あなたに心を許したことは、一度もありませんでした」
夫としてではなく、お金として見られていたとは。妻は想像していた以上に、冷たい人間だったのを初めて知った。
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