第48話 嫉妬(南編)
文雄は少しずつ、少しずつ心のピースを取り戻そうとしている。嬉しいことのはずなのに、素直に喜べない自分がいた。胸に中にあるのは、あふれんばかりの嫉妬だった。
南のところに、詩織がやってきた。目の前で抱擁して、嫉妬心をおおいに植えつけた女である。
詩織はストレートな質問をぶつけてきた。
「橘くんのことをどう思っているの。さっきの態度を見ていたら、120パーセントの愛情を感じたけど・・・・・・」
「文雄のお嫁さんになって、最高の家庭を築きたい」
詩織は大胆発言にも、動じることはなかった。
「私の予想していた以上に、大切にしようと思っているんだね。仲間外れにされていたと聞いていたけど、実際は違っていたんだね」
「私は転校していたから、無視されていたときは学校にいなかった。私は何の力にもなれなかった」
「五年間も無視され続けていたのだとしたら、メンタルはボロボロになっている。どんなにあがいても、元に戻るのは難しい」
南は拳を握りしめる。
「私が絶対に取り戻して見せる・・・・・・」
「一人でどんなに努力しても、程度はしれている。いろいろな人の協力があってこそ、彼は心のピースを取り戻していく」
「そ、そんなこと・・・・・・」
「一人で背負い込むのはやめろ。そんなことをすれば、大好きな男をさらに苦しめることになりかねない。協力を仰ぐのも、一つの立派な生き方だ」
詩織は二人三脚をしている、二人に視線を向ける。
「橘君の重力は、外に極端に傾いている。転倒するのも時間の問題だ」
予言は的中し、バランスを崩して転倒。南は心配になり、すぐさま二人のところにかけつける。詩織も気になったのか、男女ペアのところに向かった。
「文雄、ケガをしていない?」
「ああ、これくらいなら問題ない」
琴美は立ち上がったあと、文雄に手を差し出す。
「ありがとう・・・・・・」
「橘君は気をつかいすぎだ。体重をもっと中に寄せたほうがいい」
文雄は気をつかっているというより、セクハラ扱いされないことに神経を奪われている。
「ぴったりにくっつくとはいかなくとも、胸にあたるくらいには体を寄せていいのだ。腰に手を回すと、格段にバランスがとりやすくなる。次からはそれでやってみよう」
琴美からの提案に、文雄は脳内が錯乱寸前だった。
「そ、そんなことは・・・・・・」
「腰を露骨になでなでしたり、肉をつまんだり、胸をそっと触ったときは、変態野郎と叫んでやる。それ以上のことはしないから、ボクを信じてくれ」
「人を信じる・・・・・・」
「ああ、そうだ。他人を信じられない人間は、自分も信じられなくなるぞ。そのようになったら人生終了だ」
文雄はパニックになったのか、頭をおおいにかきむしる。南はなだめるために、背中をゆっくりとさすった。徐々に効果が表れたのか、メンタルは安定することとなった。
「文雄は深く傷ついているの。苦しめるようなことはしないで・・・・・・」
「すまん。ボクなりに気配りしたつもりなのだが・・・・・・」
南の右肩に、詩織の手が乗せられる。
「琴美は信じているから、腰を触っていいといったの。他の男だったら、そんなことはいえないよ。男っぽい口調をしているけど、心は完全に女性なんだから」
「その通りだ。橘君を信じているから、ボクのほうから提案したのだ。他の男だったら、すぐに警察に駆け込むに決まっているだろ。痴漢はどんなことがあっても、絶対に許せないからな」
琴美、詩織の二人は、恋愛感情を持っているのか。ライバルが二人も増えそうなことに、300パーセントの焦りを感じていた。
文雄の視線は、琴美に向けられた。
「もう一度走ろう」
「よし。その意気なのだ」
文雄は少しだけ明るくなった。喜ばしいはずなのに、嫉妬心に支配されようとしていた。
「橘君、腰に手を回すのだ」
文雄は勇気を振り絞るかのように、琴美の腰に手を回した。
「よし、それでいい。ボクも同じようにするぞ」
琴美は手を回したあと、文雄の腰の肉をつまんでいた。自分もやったんだから、好きにやっていいという合図と思われる。
「よし、いくぞ・・・・・・」
気合が入りすぎたのか、一歩目から躓く。気持ちはつながっておらず、歩調は完全にバラバラだった。
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