第40話 母親の苦悩(亜美の母編)

 亜美ちゃんは無事に、新幹線に乗れたのか。沖縄にたどり着くことはできるのか。生みの母親として、そのことを心配していた。

 

 沖縄に行くように命じたのは、亜美ちゃんの命を守るための親心。ポストには数日前から、大量の殺害予告が届くようになっていた。放置しておけば、命を奪われる危険もありうる。亜美ちゃんを懸命に育ててきた親として、それだけは絶対に避ける必要がある。命を奪われれば、これまでの苦労は一気に水の泡と化す。


 校長からの話によると、脅迫めいた言葉を使って無視を主導した。脅迫めいた言葉とは、殺すといった非常に過激な内容。優等生に育ってきたのに、そのような言葉を使うとは信じられなかった。あの子の思考は、どこでおかしくなってしまったのか。


 亜美ちゃんのクラスは、高校入学後にバラバラになった。机の上に過激な内容を書く、言い争いをするなど、学校の風紀を乱した。学校側も対応せざるを得ず、多くの退学者を出した。亜美ちゃんの話によると、最終的には5人前後まで減るといっていた。クラスの85~90パーセントの生徒の退学は、前代未聞クラスといえる。


 玄関のチャイムが鳴った。母は嫌な予感がするも、対応することにした。


「亜美はいますか?」


 母は咄嗟に嘘をつく。表情で悟られないよう、細心の注意を払った。


「あの子は留守にしているけど・・・・・・」


「あの子のせいで、人生をめちゃくちゃにされました。育ての母として責任を取ってください」

 

 無視をしたのは自分たちなのに、亜美ちゃんのせいにしようとするなんて。他責志向の強い生徒のようだ。


「俺たちはそんなことはしたくなかったけど、殺すといって脅されました。そのせいで、しぶしぶ従うことにしたんです」


「あの女のせいで、人生は終焉を迎えました」


 三人の目は、明らかにくるっている。どんな話し方をしたとしても、場を収めるのは難しい。


「どうして、あんな女を出産したんですか?」


「そうです。生きているだけで迷惑をこうむりました」


「亜美に会えないのなら、あなたに責任を取ってもらいましょう」


 一人の生徒は、鞄の中から包丁を取り出す。身の危険を予測していたこともあり、間一髪で難を逃れることができた。


「おかあさん、話し合いは終わっていませんよ」


「そうです。逃げないでください」


「包丁はジョークですよ。本気で殺そうなんて思っていませんから」


「あなたの娘と同じことをやっただけじゃないですか」


 亜美の母はすぐに、110番通報する。警察がやってくるまでの間、恐怖で体はぶるぶると震えていた。

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