第23話 怒りはある一点に向けられる(優香編)

「文雄、おはよう・・・・・・」


 南は陽気な声で、文雄に挨拶をする。


「みなみな、おはよう・・・・・・」


 無視をしていた間、挨拶のやり取りすらなかった。私たちはそのことを、当然のことであるように感じていた。麻痺した脳は、認知をおおいに歪めていた。


「文雄、今日も読書をしているの?」


「ああ。本を読んでいると、自然と落ち着くんだ」


 無視をしていなければ、読書にあそこまで没頭しなかった。クラスの対応は、彼の趣味を大きく変えた。


「文雄、二人で本を読もうよ」


「ああ、一緒に読もう」


「文雄についていけるように、読書の特訓をしてきたんだ。ちょっとくらいは成果が出ると思う」


「みなみな、無理をしなくてもいいのに・・・・・・」


「そうかもしれないけど・・・・・・」


「人は人、自分は自分だよ。他人と比べても何の意味もない」


 文雄の言葉は強烈に胸に突き刺さる。私は人より優れていると思うことで、自尊心を保ってきた。


「文雄、ハンカチを編んでみたの。良かったら使ってよ」


「みなみな、ありがとう」


 文雄の会心の笑顔は五年ぶり。南が転校しなければ、あのような姿を見せることはなかった。


 優香の心の中に、ふつふつと怒りが沸いてくる。無視を主導した女に対するものである。あの女だけは、どんなことがあっても許せない。


「文雄、ハンカチのお返しをしてね」


「何が欲しいの?」


「一粒1000円の最高級チョコレート」


「ハンカチと釣り合っていないように思うけど・・・・・・」


 南は舌をペロッと出す。

 

「冗談だよ。文雄の手作り商品がいい」


「どんなものがいいんだ?」


「なんでもいいよ。文雄が作った事実が重要だから」


 南が転校していなかったら、無視することはなかったのか。答えを導き出そうとするも、わからずじまいだった。

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