第12話 南が転校してくるなんて

「文雄、おはよう」


 文雄は挨拶をした人物を確認すると、目の玉が大きく剥けることとなった。


「み、南」


 授業中以外に声を発するのは、おおよそ五年ぶりである。無視がスタートしてからは、口を開く機会は失われていた。


 美人が現れたことで、男たちはざわざわとし始める。あまりに単純すぎる行動に、軽蔑の念が芽生えていた。


 南は教室内で、6年前と何ら変わらぬ言葉を披露する。


「そうだよ。将来のお嫁さんになる、真心南だよ。文雄、今日からよろしくね」


 遊びに来るとはいっていたけど、転校するとは聞いていなかった。それだけに、驚きを隠せなかった。


「転校するなんて、いってなかったような・・・・・・」


「それについては黙っていたの。文雄の驚く顔を見たかったから」

 

 おかげさまで心臓が止まりそうなほどの衝撃を受けた。


「文雄、授業が終わったらどこに行こう」


「わかったとはいっても、遊びにいけるような場所は少ないけど・・・・・・」


 文雄、南のところに、5人くらいの男子生徒が寄ってくる。


「ま・・・・・・」


 南は声をかけた男に、300パーセントの敵意を向けていた。


「将来の旦那を、5年間も苦しめたんでしょう。なれなれしく声をかけてこないで・・・・・・」


 男たちの顔から、冷や汗がぽたぽたと落ちる。


「亜美に指示されてやっていただけ・・・・・・」


「どんな理由があったとしても、無視をしたことに変わりはない。文雄を傷つけたものは、全員を敵だとみなすから」


 南の発言はクラスのほとんどを、敵だと宣言したようなもの。文雄とは比べ物にならないほど、心臓に毛が生えている。これからの学校生活を、無事に終えることができるのだろうか。


「ま・・・・・・」


 300パーセントの敵意は、1000パーセントまで膨れ上がっていた。


「文雄と私に近づくな・・・・・・」


 男たちは威圧感に気圧され、逃げるようにいなくなる。この姿を見て、南を敵にしてはいけないと感じた。


「文雄、どんな小説を読んでいるの」


「H.Kの小説を読んでいたんだ」


「私も一緒に読みたい。隣に座ってもいい」


「いいけど・・・・・・」


「文雄、ありがとう・・・・・・」


 南は別の席を持ってくるのではなく、文雄の座っている席に腰掛けようとする。ハプニングに対して、しどろもどろになってしまった。


「南、一つの椅子に二人が座るのは無理だと思うけど・・・・・・」


「文雄のケチンボ。隣に座っていいっていったじゃない」

 

 隣に座る=一つの椅子に座ることだと、ようやく認識できた。


「学校だから、最低限のルールは守ろう」


 南は不満そうにしながらも、とりあえずはいうことを聞いてくれた。


「はーい」


 5年ぶりに学校で誰かと話す。当たり前のことなのに、とっても懐かしいように思えた。


「文雄はもう一人じゃないからね。私でよければ、いっぱいいっぱい甘えてね」


 転校初日から、クラスに亀裂を入れようとしている。小学生でおよめさんになるといった強心臓は、高校生になってさらにパワーアップしていた。


 彼女の言葉を皮切りに、クラスは完全に分断されていくことになる。俺はそのことを、今は知る由もなかった。

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