第20話 消えた友達
友達が消えた――と訴えてきた少年は
「田代くん」
永沼先輩が声をかけると田代くんが振り返った。見知った顔の後ろに構える三人の男。途端に瞳がこわばり身を引いた。警戒心の色。
「ちょっとね、田代くんの話を聞きたいって」
「だれ、お兄さんたち」
声は強がっているものの、知らない大人を前にして怯えている。無理もないだろう、健斗も神田先輩も真顔でいるとどことなく威圧感のある顔をしている。顔が整っている分、なんというか近づき難い雰囲気を纏っているのだ。
彼から話を聞く。そのために警戒心は解いておいた方がいい。
「俺は探偵さん。消えちゃった友達のことを探したいから、俺にも詳しく聞かせて?」
俺は彼の前にしゃがみこんで目線を合わせる。あぁ、不安なんだ。どうすればいいのか分からなくて、周りの大人に話を持ちかけても解決策は見つからない。誰も信じてもらえない。絶対にそうだと思っていてもその決意は揺らぐ。
「ね? 助けたい、んだよね」
「う、うん」
お。結構素直な子だ。
不審そうな瞳がこちらを見てようやく向かい合う。子どもの扱いはあまりしたことがないけれど、だからといって引けるものでもない。なるべくやんわりと優しい口調で不器用に笑う。心を読むと不安な声が少し薄まった。
「あの棚」
窓からの光は届かず薄ぼんやりと暗い場所。古い児童書が置かれたコーナーで本たちは埃をかぶってそこにある。新しい校舎だと思ったけれど、古い本もあるんだな。一冊抜き取って本を開くと、知らない地名の図書館から寄贈されたものだった。
「そこに本が置いてあったの」
「その本は今どこにあるんだ?」
「兄ちゃん、誰。名乗って」
隣の健斗がムッとした表情を見せる。田代くんは俺の服の裾を引っ張り『ここにあった』と教えてくれる。健斗には教えるつもりがないらしい。
「ここで読んでたら気づいたら――がいなくなってたんだ。探したんだけどいなくて」
「仲が良い子だったんだ?」
「うん」
「どうして学校に忍び込んだの?」
永沼先輩が聞くと口を閉ざした。
「教えてほしいんだ。兄ちゃんたちが絶対探すから」
「……肝試し。夜の学校に忍び込んで怖がらなかったら認めてくれるって言った」
「誰に?」
「言わない」
肝試し、それなら別に変なことでもない。このくらいの年に学校に忍び込む。なんて、遊びをしたことがある人はいくらでもいるだろう。
「田代くん。俺の目を見て」
うーん。少しズルいような気がするけど。
「肝試しが本当の理由ではないよね?」
戸惑ったような顔を向ける。やはり他に理由があるようだ。
「大丈夫。俺ら、誰にも言わないよ」
「……でも」
「あー、この兄ちゃんはとっつきにくそうだけど本当は優しいよ。ちょっと俺以外の人間に冷たくて無表情だけど、内心はとってもとっても心配してるよ」
「兄ちゃんに教えるのじゃ、だめ?」
「それでも良いけど兄ちゃん、探偵半人前だから、あとでこの兄ちゃんらに話しちゃうけど、それでもいい?」
「まともに秘密守れないのかよ」
「それはごめん。俺、ワトソンらしいから」
読心も完璧じゃない。俺だけで到底辿り着けないことだとしても、健斗や神田先輩なら見つけられるかもしれない。
「……お願い。絶対に見つける。お兄ちゃんもね、昔、友達がいなくなったことがあって」
「そうなの?」
「うん。遊びに行ったらいつのまにか」
彼と、あの時の自分を重ね合わせた。放っておくことはできない。
――俺が、救いたい。
友達がいなくなる辛さを、いいや、誰かが自分の元から去る悲しさを知っている。両親のことは子どもにはどうにもならなかったことだ。
神様に祈っても結局叶わなかったのだ。
「俺も、その時に探したんだ」
「その子は見つかったの?」
返答に戸惑う。あの時の自分は健斗がどうしていなくなったのか、どうすればよかったのか、健斗を救い出す方法をなにも知らなかった。周りに相談もできなかった。
なにに奪われたのか、も。
あぁ、そうか。
あの時の自分がもっとこの能力を使いこなしていれば健斗を見つけられたのかもしれない。先生の心を、健斗の両親やクラスメイトの心を俺が全て読んで全力で探していれば。
「――うん。見つかったよ」
膝に置かれた田代くんの両手に手を伸ばし、おもむろに小さな紅葉の手を握りしめる。田代くんの不安げな瞳がキラリと光を灯す。
「ならいいよ」
「じゃあ、聞かせてくれる?」
嘘をついた。あぁ、けれど、どうにか信用は勝ち取れた。確かに嘘。これは決意だ。今度こそは絶対に見つける。嘘を真実にしてしまえ。そうすれば嘘に嘘を塗り固めなくて済む。
探すよ。
「絶対に、見つけるから」
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