歌の先生は個性的で楽しい

「はじめまして、聖女様。本当に噂通り可愛らしい!!」






 僕に向かってキラキラした瞳を向け、楽しそうに話しかけてくる一人の人物がいる。






 その人はサシャたちが選んでくれた歌の先生である。ちなみに喋り方は女性っぽいけど、性別は男性のようだ。でもそうはいっても心が女性とかそういうのではないっぽい。うん、そういう個性のようだ。

 ちなみに見た目は綺麗系の男性って感じ。長い茶色の髪を一つにくくっていて、綺麗だなっておもう。








「はじめまして。僕はウルリカ。よろしくお願いします。先生!」






 僕は聖女として暮らしていて、誰かに何かを教わることはあったけれど先生と呼ぶ人はいなかった。というか、特別な聖女が普通の人間を敬うべきではないってそういう考え方を持っている人が多かったのだ。だから僕が誰かを先生と呼ぶことは出来なかった。

 だからなんていうか、先生って呼べる人が出来るのは嬉しいかもしれない。

 だって新しい経験というか、僕にとって初めてのことだから。








「私はエブルーラというわ。先生呼びもいいわねぇ。私にもため口でいいわよ」

「じゃあエブルーラ先生って呼ぼうかなぁ。それともエブちゃん先生の方がいい?」








 僕がそう言ったら先生は嬉しそうに笑った。






「それいいわ! エブちゃん先生と呼んでもらいたいわ。聖女様のことはウルちゃんかリカちゃんって呼んでもいい?」

「うん! じゃあ僕、エブちゃん先生って呼ぶね。僕は好きなように呼んでいいよ」








 僕がそう言って微笑めば、エブちゃん先生は頷いてくれた。

 エブちゃん先生は凄く感じが良さそうで、明るくて、僕はこうして喋っているだけでも嬉しくなった。








「じゃあリカちゃんと呼ぶわ。その方が可愛いもの」

「うんうん。いいね! 凄く可愛いかも」








 こうやって特別な呼び名のあるお友達のような先生が出来るのって凄くいいことだよね。






「エブちゃん先生は歌を初めて長いの?」

「そうねぇ。私は子供のころから歌を嗜んでいるの。両親が歌の仕事をしてきていたから、昔から色んな音楽を聞いてきていたのよ」

「凄いね! 子供のころからそうやって一心にやってきたことがあるのって凄く素敵なことだと思う!」








 エブちゃん先生は、子供のころから歌が好きだったようだ。

 歌が好きで、だからこそ大人になってからも歌の仕事をする。それって凄く素敵なことだと思う。






 両親もそういう仕事をしてきたということは、結構良い所の出なのかな? 僕は両親の顔も覚えていないからそういう両親との思い出があるのはちょっとうらやましいななどと思う。僕は今、とても充実しているし、僕は幸せだとは思っている。それでもそうやって家族に愛されてのびのびと生きていくのってどういう気持ちなのだろうってそう思う。






 家族の愛情と、友達の愛情と、恋人の愛情と。多分、全部それぞれ異なるものだとは思うけれど、そういう風に強く結ばれた関係ってどんなものだろう?

 僕とブリギッドの関係性もある意味特別な友人関係ではあるのだけど、そういう気持ちになってしまう。







「リカちゃんは歌はどのくらい嗜んでいるの?」

「んー、僕は好きで歌っているぐらいなんだ。聖女になってからは式典とかで必要な歌はちょっと習ったりしたけれど、そのくらいかなぁ。あとは子供の頃に聞いたことある歌を歌ったことがあるとかそういうの。歌に触れる機会もそんなになかったから」








 世の中にはいろんなジャンルの歌が流行っているらしい。それはなんとなく知っている。それこそ貴族たちがよく聞く音楽から、平民たちが好むようなものまで沢山の種類がある。

 文字を読めない人たちの間では歌として様々なものが伝えられていたりもする。僕の場合は聖女という立場だからある意味特殊なのだと言えるだろう。

 歌に触れる機会は、正直あんまりなかった。








 孤児院に居た頃は自分の命を繋ぐことが大事だった。聖女になってからは、王国にとっての理想の聖女像を壊さないようにしていかなければならなかった。

 だから本当に、全然歌を知っているわけではない。

 聖女のことを称えるようなものは散々聞かされてきたけれど、それは歴代の理想の聖女様に向けた歌っぽかった。なんていうか僕自身への歌ではなくて、そういう理想に向けた歌。

 その歌もそれなりにいいなぁとは思っていたけれど、サシャを崇める歌の方が好きだなって僕の好みだけどね。








「そうなのねぇ。でもリカちゃんが歌を好きだって言ってくれるのは嬉しいわ。何よりもそういう好きだという気持ちがあるのが一番だもの」

「エブちゃん先生、僕、サシャへの歌とか作ってみたいなぁなんて思っているのだけど、作れるかな?」

「ふふ、その話も聞いているわ。リカちゃんは噂通り陛下と仲が良いのね」








 そう言って微笑むエブちゃん先生はどこか楽し気である。なんというか、凄く好奇心に満ちている感じがする。




「うん。僕とサシャは仲良しなんだよ! サシャはね、可愛いし、優しいし、かっこいいし、凄いなって僕思うもん」






 僕がそう言ったら、エブちゃん先生はなぜか口元を緩めた。





「エブちゃん先生、どうしたの? 急に具合でも悪くなった?」

「いえ。違うわ。リカちゃんと陛下が本当に仲睦まじい様子で、思わず興奮してしまっただけよ」

「興奮しているの?」

「ええ。こうしてリカちゃんの傍で陛下との様子を聞けるのが嬉しいわ!!」








 僕とサシャがデートに出かけた時もこうやって興奮している人たちがいたけれど、エブちゃん先生もそういう感じなのかなぁ? 僕とサシャが仲良しだと嬉しいという人たち? 







「僕はね、サシャと仲良しなつもりだけどもっと仲良くなりたいなって思っているんだ。それにサシャのことが大好きだから、それをね、サシャにも分かってもらえる歌をプレゼント出来たら楽しそうだなって」



 僕はサシャと仲良しだと思う。サシャも可愛い僕を気に入ってくれているし、僕もサシャのことが凄く大好き。でも仲良くなれるならもっと仲良く過ごしたい。サシャが歌をプレゼントしてくれたら喜んでくれるかなってそう考えただけでもワクワクする。




「ぐふっ」








 僕の言葉になんかエブちゃん先生が咽た。










「最高だわ。リカちゃん。リカちゃんはまっすぐな子ね!! 陛下のことが大好きだからってそんな風に歌をプレゼントしたいなんて。とても素敵だと思うわ。それにしてもリカちゃんはあの陛下を可愛いって思っているのよね。噂にもなっていたけれど、凄いわね」

「だってサシャは可愛いよ? 僕がかわいーっていうと照れてて、可愛いなって思うもん」

「陛下を可愛いなんて言う人はなかなかいないもの」




 やっぱりサシャを可愛いという人はあまりいないみたいだ。あんなに可愛いのにね?





「エブちゃん先生はサシャの事はどう思う?」

「かっこいい女性だなと思うわ。私などでは簡単に言い表すことなど許されない……そんな存在だわ」





 サシャは女帝という、人よりも上に立つ立場だ。だからこそ、簡単に周りはサシャのことを何か言い表すことが出来ない。

 友達にするように軽口をたたくことなど出来ずに、どちらかというと尊敬とか、敬愛とかそういう気持ちの方が大きいのではないかと思う。

 エブちゃん先生は結構、誰に対しても明るくて軽く言葉を言うようなタイプに思えるけれど……そんなエブちゃん先生も立場というものは気にするのだろう。

 サシャはやっぱり凄い立場なんだなと改めて実感する。僕は聖女だからサシャに今のような態度でも許されるんだよなぁ。そう思うと僕は聖女で良かったとそんな風に思った。








「サシャはやっぱり凄いんだね」

「陛下が凄いと実感して嬉しそうにしているリカちゃんは良い子ね」






 そんな風に僕らは会話を交わした。エブちゃん先生と話すのは楽しくてついつい会話が弾んでしまうけれど、歌を教えてもらうために来てもらったのでそのまま授業に入るのだった。

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