その頃の王国①
「……どうしてこんなことに」
俺の名前はザガラ・ルズノビア。
ルズノビア王国の王太子である。偽聖女であったウルリカのことを追放したまでは良かった……。しかしその後は想定外のことばかりが起きた。
父上たちが帰ってくるまでの間にキーラが聖女であることを証明しようと守護精霊であるブリギッド様に紹介した。しかし、ブリギッド様によって「そんな子が聖女のわけがないでしょ」と軽く言われた。そしてそのままブリギッド様はこの国からいなくなってしまった。
そのことで国内は大混乱に陥った。
俺もそうだ。
だって聖女を名乗っていたウルリカは男だった。それは間違いなく聖女を騙っている大罪でしかない。だからこそ断罪を行った。それでこそルズノビア王国が良くなっていくはずだとそう思っていた。
……なのに現実は違った。
守護精であるブリギッド様が居なくなったことで、キーラは本物の聖女ではないのだと周りは騒がしくなった。
「守護精霊様がこの国を去られてしまうなんて!!」
「王太子殿下はあの聖女が偽物だとおっしゃっていたではありませんか!!」
「私たちは王太子殿下がそう言っていたから、私たちは信じたのに!!」
周りから俺はそう言って責められた。
くそっ、そもそもキーラを俺に紹介したのも周りのやつらのくせに!!
そう思ってイライラしてしまった。しかも俺のことを奴らは軟禁した。父上たちが帰ってきたら、どうにかしなければとそんな風に考える。
……どうにか挽回しなければ!! とそんな風に思っていたのだが、父上たちには叱責された。
「聖女であるウルリカを他国にやるとは、何を考えているんだ! お前は聖女と守護精霊がこの国にとってどれだけ大切なものか分かっていないのか!!」
「聖女様がこの国に居てくださるからこそ、守護精霊様が王国に留まってくださっていたというのに……なんと嘆かわしい」
俺はこの国の聖女と守護精霊について分かっているつもりだった。
でも実際は理解していなかったのだとこの一件で思い知らされた。
……そもそもウルリカが女性として振る舞っていたのも、父上や神官長たちがそうするようにいったからというのも俺は知らなかった。
父上が言うには幼い頃に言ったと言われたが、そんな記憶はない。そもそも幼い頃だと覚えていないのも仕方がないので、もっとちゃんと教えて欲しかった。
守護精霊に関する逸話は様々ある。国民に伝わっているその全てがこの国は特別であるが故に、守護精霊が守護しているといったものだった。
――なのに、守護精霊が聖女が居なくなったからといって一緒に行ってしまうなんて。
ブリギッド様のことは行事の際に拝見したりしていたぐらいだった。直接喋ったのもキーラを紹介した時ぐらいだった。だからまさか簡単にブリギッド様がこの国を捨てるなんて思ってもいなかったのだ。
聖女とは、守護精霊が選びし特別な存在。
その意味を俺は正しく理解していなかったのだと思う……。
ウルリカの性別などきっと関係がなかったのだ。男であろうとも、守護精霊が選んだ存在なのだから。
そもそも父上たちがウルリカを女だと偽ったのがそもそもの原因だろう!
「ウルリカ……」
ウルリカは俺の初恋だった。
初めて会った時は今よりもずっと背が低くて、髪も短かった。孤児院から引き取られたというのもありみすぼらしい恰好はしていたが、その愛らしさは変わらなかった。
俺に向かってにっこりと笑いかけるウルリカの笑顔にいつも癒されていた。
いつかウルリカを俺の妃にしようと思っていた。そういう未来を描いていて、ウルリカに求婚しようとするものは排除していた。ウルリカが他の男に取られないようにとしていたのだ。それに友人たちも応援してくれていた。お似合いだと言ってくれた。
……なのに、ウルリカは男だった。
俺は裏切られた気分だった。
俺は元々ウルリカの元へよく訪れていた。厳しい王太子教育の中での癒しだった。
他の貴族の令嬢は王太子の婚約者という座におさまりたくて仕方がないようで、いつもすり寄ってくる。欲にまみれたその瞳が苦手だった。
そういう女性が苦手だった。ウルリカはそういうのを俺に求めてこなかった。いつもにこにこと笑っていて、その笑顔を見たらほっとした。
――男だと、教えてくれたらよかったのに。なんでウルリカは俺に教えてくれなかったのだろうと思うとイラついた。
断罪はしたけれど、ウルリカがちゃんと謝ってくれるのならば許そうと思っていたのだ。
ウルリカは孤児院の出なので、もしかしたら誰かに強要されたのではないかと思ったから。……だから謝って、ちゃんと事情を説明してくれるなら許してやろうと思っていた。
だけど、ウルリカは解任を言い渡しても全く動じた様子はなかった。
もっとウルリカが動揺していたら、ウルリカが謝ったら――処罰だけしてそのまま王国に留まってもらおうと思っていたのに。
ウルリカの笑顔を思い浮かべる。
聖女として様々な責務を行い、笑みを浮かべ、誰からも好かれていたウルリカ。
俺はウルリカを慕う者たちから「ウルリカ様がいなくなるなんて!」と大変嘆かれた。そして「性別なんて関係なく、ウルリカ様はウルリカ様なのに!」とも言われた。
その言葉で俺ははっとしてしまった。
俺は聖女とは女性がなるべきものだと思っていた。だからウルリカが聖女ではないのに聖女を騙っていると思っていた。俺は騙されていたのだと、なんであれだけ仲が良かったのに言ってくれなかったんだろうって思っていた。
……でも確かに、男だろうが女だろうがウルリカはウルリカだったのだ。
「ああ、ウルリカ……」
男だと知ったた上でウルリカのことを思い浮かべてもドキドキする。あの丸々とした愛らしい金色の瞳に自分だけを映してほしいとそんな風に思う。唇にキスをしたらどれだけ可愛い反応をするだろうか……などとそんな妄想をしてしまう時点で、俺はウルリカが男でもきっと好きなままなのだ。
…と自覚してしまった。
俺のやらかしでウルリカがこの国からいなくなってしまったのだ。……ああ、俺はなんてことをしてしまったのだろうか。
――ウルリカと守護精霊がいなくなって、この国は今大変だ。
俺がやらかしてしまったのだから、俺が責任をもって対応しなければならない。
――ウルリカに帰ってきてもらわないと。
そして謝罪をして、告白をして……そして一緒に居られたら。
俺は王太子だから子供はなさなければならないけれど、それは側室の仕事にしてウルリカを正妃にすればいいのではないだろうか? ウルリカは聖女だから、男でも正妃に認めてもらえるかもしれない。
そうして俺はウルリカを取り戻すために動き出した。
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