第2話 スマホ虚無
逃避行の出発前夜に、タイミングを図ったようにiPhoneが壊れた。
電源を入れると震えはするけれど、画面が真暗なままで何も映らない。
手元にあるのはガラケー(電話とショートメッセージは出来るけれど、ウェブはとても検索しにくい)と重たいノートPCのみ。
これは困ったと思いかけて、あまり困らないことに気が付いた。
ラインでやりとりをしている家族には、スマホが壊れたと伝えて電話で連絡を貰えばいい。
近々会う予定のある数少ない友人は、電話番号を知っているので、こっちで連絡をくれとショートメッセージを入れておけばいい。
InstagramもFacebookも、スマホでしかログインしていなかったから入れなくなったけれど、私の投稿に需要はない。
QRコードや電子マネーのポイントは諦めて現金とクレジットカードで暮らせばいい。
一番気になったのが、写真を撮れないこと、icloudにも入れず過去の写真を見れないことだったけれど、考えて見れば、普段からまったく見返していない。
私は写真を見返して懐かしむということをしたことがない。
しかも私が映っている写真なんて極わずかで、大半は出かけた先の景色や外食した時の食べ物の写真。肉、コーヒー、ケーキ、パフェ。食べ物の写真だけ見ても、店の名前すら分からないだろう。
撮って、SNSに上げて、いいねを貰って終わり。スマホが壊れたことで失った写真は、すでに役目を終えていたのだ。
今回の逃避行でも、そんな刹那的な写真が必要なのだろうか。
ほんの一瞬、SNSで他人に見せる写真が。
SNSに上げることで、嬉しい事、楽しい事を友人と共有しているように錯覚していたけれど
私自身、どこの店だか分からないケーキの写真が、誰かの意識に残るのだろうか。
スマホに詰まっていたのは、刹那的な写真ばかりだった。
だから、スマホは買い替えずに、昔懐かしのガラケーとノートPCで逃避行に出発した。
死ぬ直前、思い出深かったことが走馬灯として過ぎるというけれど
私には、思い浮かぶようなことがあるんだろうか。
いくら考えても、思いつかない。
走馬灯すら真っ白で、何もない人生だったなと思いながら死ぬんだろうか。
鬱が治ったら、楽しかったことを思い出せるんだろうか。
そうだったらいいなと思う。
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