第一章『マリー・ティヴール』
第1章 『マリー・ティヴール』
生まれた時から、私は王宮に住んでいた。私の母も父も、いずれも平民だったはずなのに。私が生まれてから、すっかり王族のような大きな顔をして王宮を歩くようになった。
理由は明白、私が『星の姫』だったからだ。
星の姫…それは、王族にしかないはずの髪色、水色を宿して生まれてきた少女のことを指す。2、300年にたった一人の割合で生まれてくるその少女は、星の導きを受けて生まれたとされる。
世界的に、星というのは神々のものだった。だからこそ私は、それはそれは大層、大事にされて育ったのだ。
「姫様、お食事です」
「嫌。なんでデザートがないの?早くしてよ」
こんな我儘を言っても、星の姫ならなんでも叶った。大きくて綺麗な宝石でも、有名なデザイナーの最高級ドレスでも。今まで貰った中で一番大きいプレゼントは、この温室くらいだ。
星の女神、『エル』。その名を使えるのも私くらいだった。他に『エル』と名がついたものはたった一つ、この国の名前だけだ。
「今日はどちらのドレスにいたしましょうか?」
「…どれもこれも、なんでこんなにだっさいの?ま、今日はこれで我慢してあげる。さっさとしてよ、グズ。」
私を羨んで尊敬しても、私の悪口を言うヤツは一人もいない。だって星の姫だから。星の女神にたった一人、愛されたから。そう、だから私は、なんでも持ってる。
__
だから、お母様にそう言ったことがあった。
「マリエルが…?!何を言っているの、剣ですって?そんなこと許せません。」
「なんでよ?私がやりたいって言ってるのよ?」
「剣は危ないし、あなたに危害を加えるような輩はいません。それに、女性は騎士にはなれなんです。貴女はここで、幸せに暮らせばいいのよ?」
「は?私がやりたいって言って、それを聞かないの?何様のつもり?いいわ、そこで跪きなさい」
この事件が起こった時、私はまだ8歳だった。跪いている母親に対し、私は鞭を打ちつけた。廊下が、一瞬で真っ赤になった。8歳の子供が、いい大人に振るったたった一回の鞭打ちで。
母は許しを乞うた。でもやめなかった。人生で一度だって失敗したことがない、命令。それが叶わなかった怒りが、私の腕を止めるのを許さなかった。
「はぁ…はぁ…」
「姫…様?なぜ、王妃様を…」
「黙りなさい!!早く、お風呂の準備をして。そこのグズ、さっさとコイツを片付けなさい!」
そう言い放って、私はお風呂場に駆け込んだ。お湯を入れる侍女の手が、震えていたことだけはわかっていた。赤いお湯が、浴室に流れていく。お湯に浸かり、浴室に一人になった私は、とにかく下を見ていた。
あんなことをしたのは初めてで、動悸が止まらなかった。…恐怖?いいえ、私がそんな弱い感情を持っているはずがない。ならば、この心臓は何?
アレからもう、12年が経った。今ならわかる、あれは恐怖でも、怒りでも、焦りでもない。幸福感、いいえ、興奮。あんなに幸せだった瞬間はない。アレからずっと、あの幸せな光景が頭から離れない。
ただ、人を殺すのはもうやめた。あの廊下にはまだ醜い血がこびりついていた。汚れを落としきれなかった使用人は、私に必死で許しを得ようとしていたが、私はあの汚れを見るたびにあの光景を思い出して気分が良かった。だからあの使用人たちを許した。そしたらバカみたいに喜んでいたわけだし、結果としても良かった。
もうこの国に未練はない。こうして自由もなく、ただ幸福だっただけの思い出に縋るのはもうやめよう。だからこそ、私は一年に一度だけ出る交易船に忍びながら乗った。
行き先は、『ブランドール国』。いわゆる、平等の国だ。男女差別もなく、どんな人種でも受け入れている小さな国だ。段々とその国の全貌が明らかになっていった。
この国では水色の髪が全く珍しくないので、怪しまれることもないだろう。
「あの…宿を探しているんですけど」
「ああ、この国は小さいけど複雑だから難しいよね。宿ならここの通りをまっすぐ行けば噴水があります。大きな噴水なのですぐわかると思いますけど…その噴水の裏ですよ、では良い旅を」
ここに定住するには、一定の条件をクリアしないといけないらしい。まぁ余裕でしょうし、どうでもいい。
ギルドと酒場、そして宿屋が全て集まっているという建物に、足を踏み入れた。
ティヴール家の歴史 白雪ミクズ @ririhahime
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