第41話 森の魔女アルラ
とても質素で古く年期が入っていた。一人が暮らすのにもギリギリな住居スペース。
僕達が入るスペースもないくらいなので、庭にある丸テーブルとそれを囲むイスに案内される。庭は花で溢れて小さな湖に面していた。
「湖なんて、上空から見てもなかったよね?」
かなり高度な隠蔽技術だ。
「お待たせしました。粗茶ですが」
アルラがお茶を入れてテーブルに訪れて席についた。
一緒に置かれたのは果物だろうか。様々な色の切られた実が皿に詰まれていた。
「森で取れた果物にフルーツティーです。お口に合えばいいのだけど」
「毒味は僕の仕事だワン♪」
つまみ食いの口実になっていやしないかい?
ヒョイっと一つを摘んで口に入れる。
「これは・・・」
ヒスイの顔が一変する。これはもしや・・・!?
「甘酸っぱくてめちゃくちゃ美味しいワン!!」
おい・・・。
僕も一つ口に入れる。甘くて少し酸味があってエグ味はなく後味にスッとミントの様な爽快感がある。独特の風味はパッションフルーツの様だ。
あえて僕も言おう。
「美味しい!!」
「二人とも美味しいものをいち早く食べたいだけじゃないでしょうね?どれどれ・・・うん!すごく美味しい♪」
食い意地が張っていると思われるのは心外だけど、そう思われても仕方ないほどにどれもとても美味しい果物だった。
「気に入ってもらえた様でよかったわ。それでは本題に入りましょうか」
アウラはとても穏やかな表情で、しかし落ち着いた不思議な雰囲気を纏っていた。
それは・・・アオナから感じるものとよく似ている様に思えた。
痛みを知り、長い時間を生きて・・・なおも人を信じる姿。
生命を重んじて自然と共に生き、森と共に生きるエルフ。
その生き様を彼女は持ち合わせていた。
「あれは・・・この度の大規模侵攻の仮想ですね?」
アオナは静かに告げた。
「さすがですね。あの森の魔物は増えすぎていましたから間引いて頂いたのは非常に助かりました。憎しみの連鎖で増えすぎた魔物・・・この文明もまた、終焉が近づいている」
アルラはいくつもの文明の終焉を見届けてきた。彼女が言うのだ。
今、この文明は危険な状態にあるのだろう。
「帝国のセーフティーエリアに群がる人族の侵攻。私は犠牲を減らしつつも、それでも犠牲をなくす事は出来なかった」
「その通りです。しかし『魔法のスプーン』を用いて憎悪の回収までされるとは思いもしませんでした」
「あの魔道具を創ったのは貴方でしたね。憎しみの必要性も含めて全て理解されているのですね」
「むしろ、そこまでご理解頂いているとは思いもしませんでした」
何やら珍しくアオナのアルラに対する言葉に敬意が感じられる。
基本的にはいつも無関心を装っているからなぁ・・・。
「硬い喋り方は苦手なんだけど普通に話していい?きっとかなり年上だとは思うけど」
「女性に歳の話は失礼ですよ?崩した話し方を許して貰えたという事かな」
アルラは少し笑みを浮かべて口調を崩した。
「白いローブを着たエルフの噂については御免なさい。迷惑をかけたみたいだね」
「事情を聞いて笑ってしまったよ♪まさか口から出まかせで真竜討伐の功績をなすり付ける人がいるなんて思いもしなかった」
アルラはあまり気にはしていなかった様だ。ギルドもすぐに事情を理解したのでアオナの方を警戒し始めた訳だし。
「そしてその真竜と・・・あの黒竜がこの二人なわけだね」
アルラはチラと僕とヒスイを見る。
「どうもワン〜♪」
ヒスイは手を振っている。
「黒竜が動きを止めていたのはあなたの魔道具のおかげですね?」
僕は違和感を覚えていた。あの時、黒竜は行動範囲を制限されていた。
恐らくは結界の様なものをが張られていたのだろう。
「時間稼ぎでしかなかった。それもじきに突破されると思っていたから驚いたよ」
神竜をどうこう出来る人なんてまずいない。
足止めだけでもこの人がどれほど異常かがわかった。
「黒竜がいなくなっても、王国は帝国への今回の侵攻を止めないだろう。それ程に憎しみは深い。さらに馬鹿な貴族共が獣人を拐い、奴隷にし、事もあろうかその獣人を使い村を襲わせて帝国への憎悪を増幅させた」
「レイルの村の件も・・・だね」
「そう。好き好んで憎悪を増幅させて帝国へ怒りを向ける。愚かしい・・・。しかし、結果的には黒竜を足止め出来るほどに弱体化出来たのも事実だ・・・」
「憎しみもまた・・・強い想いなんだね・・・」
真竜が発生する目的は人族を衰退させる事。そして魂の残量を増やす事。
帝国といがみ合い、軍人がその命を散らす事で世界はバランスをとっていた。
「そんなのは・・・間違っている」
「そうだな。だが、他に手段がなかった。アオナ、君はこの戦争をどう止める?今回の魔物達の様に、散らし危険度の高いモノを刈り取り、問題を先延ばしにするかい?」
皮肉な話だった。先程のアレはまさに仮想の戦争だったのだろう。
そして、それは魔物を狩り過ぎず、しかし犠牲は出しバランスをとる作戦で解決した。
「力任せに全てを刈り取るのだろうと思っていた。しかし、君は違った。だからこそ期待している。聖教国の建国、アレもまた新しい風だった。今回の侵攻、先延ばしも良い手だと思うが・・・どうだい?」
攻め入る王国軍の中には、帝国軍への憎悪が少ない者も多い。
それらをまとめて聖教国に引き込み、攻撃的な連中を力ずくでねじ伏せる。
鏡写の様に、そのまま反射しこの度の攻撃をいなし、圧倒的な力を見せつけて押さえつけてしまうのが、とても平和的で現実的な手段に僕にも思えた。
・・・
少しの間。そしてアオナはあっさりと告げる。
「ん?何言ってるの?私はレイルと、レイルと同じ様な立場の人をいつもの様に拐うだけだよ?王国の徴兵に応じなければ死罪とか意味がわからないし」
・・・え?
「私は攻め込みたくもない人が無理やり戦地に送り込まれているのが気に入らないだけ。
明日は王様を脅迫しに行く予定、行きたくない人を巻き込むなってね。やりたい人には勝手にやらせとくよ。『帝国憎し』で参加する人は勝手に返り討ちに会えばいい」
えぇ・・・?
「ぷっ・・・、はっはっは!なるほど!そうくるか♪そりゃもっともだ」
アルラは盛大に笑っていた。
「もちろん、レイルの村の件は国中にギルドを通して真実を拡散する。そこで疑念を抱く人も参加を見送ればいい。徴兵に無理やり応じる人達の多くは他に居場所がないからだろうから聖教国で受け入れるよ。王国に不満があれば勝手に革命でも起こせばいい」
無茶苦茶だ・・・。
「しかし、王国も黙ってはいないだろう?見せしめに殺しが起きたり、家族を人質に取られてる者も多いぞ?」
アルラはニヤニヤと先程の深刻な表情は吹き飛んで生き生きとした顔で問いかける。
「明日、レジスタンスの軍を作るつもり。王国内に私という存在を中心としたセーフティーエリアを創る。そして戦いたくない人は全部、聖教国に連れて行く」
確かに・・・それを出来る力がアオナにはある。
個人で国より強い存在。そんなのどうしようもない。
「王国は密偵を忍ばせてレジスタンス内部からの崩壊を狙うだろうね」
「うん。だからギルドで使ってる犯罪歴の魔道具、出来ればあれの改良版で王国に味方する密偵を見抜く魔道具とか作れないかな?というか手伝ってくれない?人手が全然足りないし」
引き篭もりエルフに対してこの軽い勧誘・・・無理やりにも程がある。
「あっはっは♪最高に面白いね!魔道具は創れるよ。私は帝国寄りだし、王国が衰退するなら手を貸すのは自然だね。初めからそんな事を考えてたのかい?」
なぜか、アルラは上機嫌だ。よくわかんないよ・・・?
「いや、ここに来るまではそこまでは考えてなかった。でもアルラを見ていたら私よりも余程いろいろの事を知っていると思ったし、まともな人だと思ったから。アルラは王国をずっと見てきたんでしょ?そのアルラが放置する事を選んだ。ならきっと王国と関わるべきじゃない、私も外から見る事を選びたいと思った」
その選択肢を選べるアオナは・・・凄いと僕は思った。
「随分と無責任だね。割と積極的に人助けをしているイメージだったんだけど?」
「私は別に助けを求めていない人を救ってはいないよ?私の好みと感性で環境を提供はしてきたけど。好きにやってるんだから文句を言われても言い返す気もない」
確かにアオナは沢山の人に手を差し伸べてきたけど、やった事は拐ったり、目についた邪魔な魔物を倒したり、お金稼ぎの為についでに助けたり、興味本位で首を突っ込んで責任をとっただけだ・・・。
大層な善説を説いたわけじゃない。
アオナは多分・・・他人に愛される為に行動していない。
「とても好きな考え方だ♪いいね!手伝いたくなってきたよ」
「手伝うと言っても自由にして貰っていいんだけどね。勿論、裏切ってもいい。裏切らないで欲しいけど。私は私のやりたい事に貴方にも賛同して欲しい。利害関係は一致している」
「その通りだ♪あ、手伝う条件を一つ出していいかい?」
「ん?なに?」
するとアルラから意外な言葉が出た。
「この件が終わったら、アオナ聖教国に住ませて欲しい。あとアオナと帝国の顔つなぎもさせて欲しい」
永きに渡りこの森に住み続けた森の魔法使い。どこにも属さず、傍観者を貫いたアルラを・・・アオナが動かした。
「君は皇帝と会うべきだ」
アルラは言う。その真意はまだ分からない。
「落ち着いたら会いに行くつもりだったから、助かるよ」
アオナは平然と告げる。
「ちなみに皇帝は『魔王』とも呼ばれている」
・・・
えぇ〜〜・・・??
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