第40話 森の魔法使いの棲み家

「いや〜まさかここを出てたった二週間程で国を創っちゃうとは、豪胆ねぇ♪」


 タマモは随分と砕けた口調で言った。


「行きがかりと流れで自然とね。前とちょっと雰囲気が違うけどそっちが素みたいね」

「行きがかりで普通は国は出来ないけどね♪で今度は森の魔法使いだって?」

「うん、噂で聞いてね。戦争を終わらせる前に話を聞いとこうと思って」

「サラッと戦争を終わらせるとか言ってるし・・・。まぁ、助かるけど」

「なんでギルドが助かるの?」

「中立であるのも色々と大変でね。対立関係にある両方と関わっていれば面倒ごとも多いのよ」


 両方を支えている事が、戦争を長引かせているとも言える。

 ギルドの立ち位置を維持するのは苦労が絶えない様だ。


「まぁ、いいわ♪その森の魔法使いの名前はアルラ。千年生きるエルフね。ギルドには魔道具を含めて多大な貢献をして貰ったんだけど、ギルドと同様に中立を保っているの。森の中に結界を張って隠居してるんだけど基本的には帝国寄りね。帝国は王国を侵略なんてしてないしする理由もない。人口は人族より圧倒的に少ないから今の領土でも十分にやっていけるし侵略する理由もないから王国が攻めてきて激オコ♪」


 あ、ギルドは全部把握してたんだ・・・。

 もう、王国のトップを締め上げて黙らせる方が早いんじゃないかと思ってしまう。

 ではなぜ王国は帝国と争うのか?


「ギルドが戦争を止めれば解決するんじゃないの?」

「ギルドは中立のシステム。意志と欲を持たないから成り立っているのよ。感情の入った介入は出来ないのよ。あなたと違ってね♪」

「なんかいい様に使われてて納得いかないなぁ・・・」


 アオナは不服そうだ。


「でもあなたには本当に期待しているし最大限に助力したいと思っているのよ?アルラの家は地図を送っといたから受け取ってね♪白いローブを着たエルフの件で疑われて怒ってたから謝っておいた方がいいかもね」


 アオナがでまかせでついた嘘の存在。

 フェンリルドラゴンを無力化した可能性のある人物。人族領にいる奇特なエルフは多くないので真っ先にアルラが疑われた様だ。


「私は悪くない。世界が悪い」


 その件に関してはアオナもちょっとは悪いと思うよ?


「アルラは旧文明で起こった事を知っている。戦争を止める前に彼女に会いにいくあなたの判断はきっと正しいわ」

「タマモが教えてくれてもいいんだよ?」

「直接聞いた方がいいわよ♪それに、あなたなら私にも教えてくれなかった真実を教えてくれるかも知れないし・・・」


 それは何かとても含みのある言い方だった。


「まぁ、取り合えず行ってみるよ」

「そうね♪気をつけてね」


 こうして僕達はギルドを後にして、すぐに森の魔法使いアルラのところへ向かった。

 侵攻までは三日しか時間がない、急ぐに越した事はないだろう。

 王都は大規模侵攻に向けて慌しく軍人が動き回り、街は不穏な空気に包まれていた。

 死地に送り出される人々。犯罪は増加し、それを取り締まる衛兵も忙しくしている。

 元より繰り返される侵攻、長引く戦争に疲弊していた人々。

 豊かとは言い難かった。

 それでも国王は戦争を辞めない。人族が生き残る為?

 黒竜の件は、恐らく伝わる。これによって国内の脅威は去ったと言える。

 それでは止まらない理由がある・・・。


 それは、レイルが森の魔法使いアルラから聞いた事実。

 魂の総量について。

 しかし、国王は知らない。悪意が魂を削る事を。

 そして想いが魂の総量を上げる事を・・・。


 その場しのぎの人数減らしと帝国のセーフティーエリア奪還による人族の存続。


 国王は帝国との圧倒的戦力差も知らないのだろう・・・。

 勝てるつもりでいるのだ。

 

 ただ・・・まだ、何かがある。

 だからギルドは中立を保っている。

 

 その真実が・・・明かされる。

 アオナにそこに辿り着かせて良いのか悩んだ。

 しかし、これは彼女が望み歩んだ先にある一つの到達点だ。

 それを僕が歪める訳にはいかない。

 だから、黙って見守る事にした。


・・・


 ヒスイに乗り王国を飛び出したアオナは真っ直ぐにアルラの家へ向かった。


「何もない森にしか見えないね・・・地図間違ってる?」

「いや多分、隠蔽の魔道具で隠されているね」


 レイルの故郷のほど近くの森。それほど人里から離れている訳でもないのに見つかっていないのだから、何かしらの処置をしているのだろう。


「どうやって見つけようか?」

「この辺り一体を吹き飛ばそうかワン?」

「自然破壊反対!!ダメだからね?」

「タマモさんが事前に連絡してくれてるっぽいし、迎えてくれると期待したんだけどね」


 どうやらうんともすんとも言わない小鳥のさえずりが聞こえる静かな森だった。

 地図はかなり細かいものだったから場所は間違いなさそうだし・・・試されてる?


「ところでさ・・・捜索サーチ使ってる地図マップに大量の魔物が映っていてそれが一斉にこっちに向かってるんだよね」

「え・・・?うわっ!?魔物寄せの魔道具でも使われた!!?」

「腕試しのつもりかなぁ?あまり無益な殺生はしたくないんだけど。魔物も意思はあるっぽいし・・・」

「え!?気付いてたの?」


 僕は驚いた。気付いていないと思っていたんだ。いや、そうであって欲しいと思っていたのかもしれない。彼女が傷つくと思ったから・・・。


「まぁ、マッチョオークとかめっちゃアピールしてたしどう考えても思考してるでしょ。知能をどう定義するかにもよるけど。竜人がいるくらいだし竜には間違いなく人並みの知能がある訳だし」


 全部お見通しだった様だ。


「まぁ、あのドラゴンもマッチョオークも人を殺す事に躊躇ためらいがなかったし殺す気できているんだから仕方ないとは思うんだけど・・・今からくる魔物達の中にはそうじゃない子もいそうだから・・・ちょっと、ね」


 魔物の事を『子』と言う彼女の言葉が全てを物語っていた。

 彼女はちゃんと殺している自覚があった・・・。

 それを平然と行う彼女は、やはり残酷なのだろうか?

 平然・・・とは思えないけど・・・。

 生きる為に動物を狩る。当然の人の営み。彼女は無駄に狩る事はしなかった。

 討伐した魔物の肉は必ず回収してギルドへ売る。それは人々の食糧になる。

 ギルドで依頼クエストを出されている魔物は人の領域に侵入した魔物ばかりだった。

 しかし、魔物は魔物で理由があって動いていた。

 

「真竜はこの世界のシステムだから元々、魂のない存在だよ」


 せめてもの慰め、ではないが真実を告げておいた。


「そう・・・よかった」


 しかし、この状況をどうしたものか・・・。全部、狩り尽くすのは簡単だけど。

 

「魔物寄せの魔道具って見つけて壊せない?」

「魔力感知かぁ・・・便利そうだし取ろうかな。え〜っと、これをこうしてこうかな。うん、出来た♪あの木が魔道具だね」

「そんなあっさりと・・・」

「でもあれを壊しても多分、解決しないよ?極上の餌がある状態だから、餌がなくなってもこっちに向かってくるやつもいるだろうし、魔物が密集しちゃってるから魔物同士での争いも起きるかも?」

「ん〜・・・あ、そうだヒスイ。あの威圧の咆哮やってみてくれる?」

「わかったワン♪」


『ギャアアアアアアぁ!!』


 雄叫びを上げるヒスイ。大迫力だ。アオナはプリズンがあるし慣れたのか平気そう。


「ん〜半分くらいは逃げるか、動かなくなったから気絶しちゃったかな?」

「残りは向かってきてるっぽいね」

「意思疎通できる様な奴は混ざってるかなぁ・・・」

「そこまで魔力の強そうな魔物は近くにいないっぽいからいないと思うよ?」

「じゃぁ、このままある程度視認できる範囲でまで魔物が集まってきたら魔道具を壊して威圧と麻痺で寄ってきたやつの無力化を宜しく」


 手際よく作戦を決めて実行に移す。

 ヒスイを見て襲ってくる魔物は多くはない。

 ヒスイの咆哮を突破した魔物の半数は魔道具の効果がなくなりヒスイという脅威を認識した瞬間に逃亡を選んだ。


 残った魔物は・・・正気ではなかった。

 襲ってくる魔物は狩りとる。そして空間収納インベントリにしまっていった。

 更に、周囲で逃亡に巻き込まれた魔物や気絶中に襲われた魔物の遺体を回収する。

 その際、アオナは『魔法のスプーン』を試した。

 亡骸から光のオーブがさじによって掬い取られる。

 襲ってきた魔物のオーブは黒いモヤがかかっていた。それは『憎しみ』の侵食。

 

「これ・・・きっとよくないモノだよね?」

「そうだね・・・。それはきっと魂を壊すモノだ」

「なんとか出来ないかな?」

「黒竜の血の杖は意識をもインストールして蓄える。そのモヤもかなりの量は溜めることができるよ。ただ消える訳じゃないし量に限界もあるけどね」

「そっか。取り合えす溜めておく様にするよ」


 黒いモヤを取り払った光のオーブは暖かい美しい光を放ちながら空へと吸い込まれていった。浄化・・・この世界の循環システムには不具合がある・・・。

 それに神様ですら気付いていない。

 

 想いの伝播が魂の総量を上げて世界を広げる様に・・・憎しみの連鎖も世界を広げる。


 だからこの世界は争い続ける。


 憎しみは魔物に変わり、魔物によって人々の生活は成り立つ。

 魔物の減少は人類を衰退させる。


「見事な手際だったね。初めましてアルラという者だ。試す様な事をしてすまなかった」


 森の中から突如、白いローブを着たエルフの女性が現れた。アルラだ。


「まったくね。胸糞悪い殺生をしてとても気分が悪い」

「思った通りの人物で安心したよ。家に招待させてくれ」


 一瞬、戸惑ったがアオナは素直にアルラの後をついて行く。

 先程は何もなかった地図の場所を通った時、何か膜の様なものをすり抜ける感覚を覚えた。そしてその瞬間、目の前に小さな小屋が現れた。

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