第37話 魔法のスプーン【証と匙】

 長きに渡る帝国と王国の戦争。


 帝国は亜人を中心とした国。亜人は人以外の種族と人族の交配種、もしくは神が産み落とした獣人族の末裔とその交配種。


 王国は人族こそ至上とする国。亜人の能力は人族を圧倒していた。

 きっかけはもしかすると嫉妬、恐れ、個人的な些細ないさかい、そんなものだったのかも知れない。


 しかし、なにかしらの理由をつけて虐げ、損失を与え、奪い・・・殺しあった。

 取り戻せない生命への悲しみは怒りに変わり、取れるはずのない責任は・・・強い殺す理由となった。単純な矛盾にすら気付けない程に、その怒りは深かった・・・。


 激化する戦争。悲しみの連鎖は続き、膨らむ怨嗟。

 それはどちらかが滅ぶまで続くかと思われた。


 帝国を滅ぼすまで、この怒りは収まらないのだと・・・煽動し洗脳した。


***


「おぎゃぁ〜!!」


 小さな村で一つの生命が産声を上げた。


「元気な女の子です!頑張りましたね。貴方は・・・お母さんになったのよ」


 助産師の女性は、今まさにかけ出した新しい『お母さん』を讃えた。

 それはもう一人の『新人お父さん』であるレイルにもすぐに伝えられた。


「本当に・・・よく頑張った!ありがとう。本当に・・・ありがとう!」


 男も彼女を讃えた。

 生活は豊かではなかったが、生きる事に精一杯だった。

 毎日が発見で、小さな幸せで溢れていた。

 子育ては大変だったが、村の先輩達が様々な知識をくれる。

 子供はスクスクと育ち、あっという間に一年の月日が流れていた。

 

***


 村は帝国との国境に近かった。

 戦争の緊張は高まっていた。徴兵により国に奪われた男衆も多くいた。


「お前は子供が産まれたばかりだろう?俺は二人のチビが歩けるほどまで見守った。お前の順番は最後だ。出来ればそんな順番は来ないで欲しいものだがな」


 兄貴分だったダッツはレイルに笑いながらそう告げて・・・戻ってきたのは・・・

形見になった所属部隊の刻印が打たれたネックレスだけだった・・・。


 こんな戦争は・・・馬鹿げている。


 これ以上、男手を奪われては村は成り立たない。

 村長は王国へこれ以上の徴兵には応えられない事を告げた。


 そんなある日、近くの村が帝国の亜人により潰されたとの一報が入った。

 多くの人が・・・亡くなったそうだ。

 次は、うちの村かも知れない。そんな言葉と共に再度、徴兵の命令が下された。


「ダッツ・・・残念ながら、俺の順番はもう・・・回ってきそうだ・・・」


 そんな時の事、俺は村の近くの森で食用の魔物を狩りに出ていた。


 突然の事だった。


 村から火の手が上がっていた・・・。

 俺はガムシャラに走り村に戻った。


 俺の目に飛び込んできたのは亜人十人程の軍隊に蹂躙される村。


「貴様ら!なんでこんな事を・・・うおおおおお!!」


 レイルは亜人を数人切り殺し、妻と・・・レインのいる家へと走った。

 息が苦しい。先程の戦闘で受けた傷が熱い。

 しかし、それどころではなかった。


 無事でいてくれ・・・。そう願った。思考が上手く働かない。

 初めて人を斬った。今朝、話したダッツの奥さんが・・・殺されていた。

 その子供も・・・。もう助からないと一目でわかるほどに・・・。

 血塗れで倒れるその姿を横目に、それでも俺は走った。走り抜けた。


 頼む・・・無事でいてくれ・・・。


 家のドアは・・・破壊されていた。


 そして・・・


家の中には・・・血塗れで倒れる・・・妻の姿が。


 その横に立つ獣人がいた。血が湧き上がる様な感覚を覚えた。理性が霞んでいく。

 憎い。怒り。その姿はどんな魔物よりも醜く見えた。


 俺は村一番の狩人だった。もし村に残っていたなら・・・いや、だからこそいないところを狙われた。目的はなんだ?帝国軍?


 獣人の身体能力は人族のそれを軽く凌駕する。それでも怒りに任せナイフを振る。

 反撃を恐れない猛攻!

 もう・・・自分がどうなっても良かった。


 ただ目の前の醜いナニカを・・・ナイフで突き刺したかった。

 目的など・・・なかったのかもしれない・・・。


 刺し違える様にして・・・俺はソレの心臓を貫き・・・俺は腹に激痛を覚えた。

 痛みが意識を・・・かろうじて保たせた。


「なぜだ・・・なぜ・・・」


 意識が・・・途切れそうになる。


 このまま眠れば・・・全て悪い夢だったと、ボロボロの布団で目覚めるんじゃないのか?

 手を伸ばせば・・・あの・・・温もりが・・・あの・・・子の・・・


 !?


「レイン!!?」


 妻は・・・レインに覆い被さる様にして・・・倒れていた。


 その下には・・・


「ギャあぁ〜!」


 赤子の鳴き声。


 生きている!?


 動け!動いてくれ・・・!全身が重い。

 それでも・・・目の前に、まだ・・・守るべき存在がいるんだ・・・。

 意識よ途切れるな!命を燃やしてでも・・・この子だけでも・・・。

 頼む・・・誰か、誰か


 霞む目に入り口に立つ人が見えた。


「娘を・・・たす・・・けてく・・・れ」


 しかし、その耳を見て俺は絶望した。


 それはエルフの女性だった。


「酷い事をする・・・。しかし、二人生きていたか」

「頼む・・・娘だけは・・・生かしてくれ・・・」


 願う事しか出来なかった。すがるしかなかった。

 妻を殺したモノの仲間に・・・。


治癒ヒール


 痛みが・・・引いていく感覚とともに・・・俺は意識を失った。


・・・


 夢だと思いたかった。

 目覚めた俺の鼻を焦げた臭いが刺激した。

 それは脳にまで突き刺さる様だった。あれは・・・現実だ。


「っ!?レイン!!ガハッ」


 掠れた声。咳き込み咽せながら激痛が襲う。

 それでも体を起こす。そこには気を失う直前に見たエルフが椅子に座っていた。

 

 その横には・・・いつも使っていた揺籠。

 レイン!!その姿は・・・眠っていた。小さく上下する胸。生きている!

 

「お前は・・・アレの仲間なのか・・・?」


 エルフに問いかける。戦う力は残っていない。


「亜人奴隷の集団なら始末したわ。可哀想に・・・心が死んでいた。どんな目にあったんだろうね?あれは命令された人形だったよ。命令したのは王国側の人間だろう」


「どう言う事だ!?」


「そのままの意味だよ、私は近くの森に住んでいてね。火の手が上がっているのを見て、様子を見に来たらこの有り様だ。生存者は君と・・・この子だけみたいね・・・」


「っ!?」


「帝国の軍人にあんな様子の亜人はいない。そもそもこの村を襲う理由なんてないし。あそこまで心の壊れた獣人は王国の奴隷でしか見た事がない」


「なぜ・・・王国がそんな事を・・・?」


「自分の国、自分の種族なのに何も知らないのね。人族が帝国を襲う理由も誰も知らない。一部の特権階級だけが知っている。帝国のセーフティエリアは定期的に文明を壊す真竜の暴走の被害を受けない。間も無く今の文明も滅ぶ。人族もセーフティエリアを持っていたのにね・・・馬鹿な連中が壊した。だから帝国のを奪おうとしている」


「そんな事の為に・・・戦争を?」


「それ以外に人族が生き残る方法はないからね。いや、あるにはあるけど彼らはその方法を取れない。だから奪う事しか思いつかなかった」


 エルフは告げる。真竜は間も無く目覚める。そして王国は滅びる。帝国はセーフティエリアで嵐が去るのを待つ。そしてこれは王国も知らない事らしいが王国は帝国には勝てない様だ。

 圧倒的な戦力差があるらしい。人族の魔法の衰退。このエルフ一人で百人単位の人族を葬れる。そんな種族なのだ。ごく一部の魔法を使える人族が相手を出来るかどうか・・・。

 それが数千人いる。十万人を超える人族だが、まともに戦える魔法を使える人族はせいぜい二百人程度。それも各地で発生する魔物を抑えるために半数は散っている。百人程度の魔法兵を集めた所で・・・。勝てるはずのない戦争を・・・なぜ・・・?


「人族が増えないと亜人は増えない。人族が減れば魔物が減り、真竜は弱体化し被害が減る。帝国を敵にして真竜の被害を抑えているんだよ。愚かだね・・・」


 神が創った魔物のシステム。人が増えると魔物が増える。亜人は魔物にカテゴリーされる。亜人と人族の共存繁栄を望む仕組み。増える程に共存は難しくなる。

 溢れた均衡から発生する試練、それが真竜。


「なぜ、俺達はそれを知らないんだ!?」


「都合が悪いから隠蔽したんだろうね。帝国を憎み人族が減る事で、真竜の被害は減る。

 差し引きで言えば完全な和解がなされないならその方が犠牲は減る」


 国王は、諦めたのだ。和解は出来ない。間に合わない。だから・・・。

 帝国も分かっていて、襲ってくる人族を殺したのかも知れない。

 そもそも完全に人族が侵略者だ・・・。


「君は・・・憎しみに呑まれる道を選ぶ?それとも、その道を外れる?それには力がいる。大きな流れに逆らい泳ぐには、流れに負けない力がいる。それを持ち合わせている人族は・・・いないだろうね」


「帝国には・・・いないのか?」


「帝国は侵略行為など一度たりともしていないんだよ。旧文明では人族を支配下に置いた時代もあった。それは一度たりとも成功しなかった。だから今回は見守る。人族と違って千年生きれる種族なんだ。だから繁殖も遅い。人族が衰退すれば尚更にね。安全な場所から見守っている。まるで神様だね」


 彼女は少し侮蔑する様に吐き捨てた。


「貴方は、違うのか?」


「私も似た様なものだね。たまにこうして様子を見に来る程度。そして・・・真実を集め伝える」


「俺は、どうすればいい?」


「自分で考えなよ。正解は未だに誰一人として出せてはいない。神様ですらね」


 国に楯突いても勝ち目はない。徒党を組むにも憎しみの怨嗟は深く根付いてしまっている。時間もない。真竜は間も無く目覚める。


「そもそもにこの世界は不完全なの。増え続ければいずれ魂の総量が足らずにシステムエラーを起こす。だから定期的に崩壊する」


「そんなのどうしようもないじゃないか!」


「そうね。でもね、魂の総量は少しずつ増えている。想いが繋がり伝播し波紋を広げて新しい形を成す。憎しみの連鎖はそれを壊す。悪意が魂を削る」


 とても概念的で理解しきれなかった。


「私は一縷の望みをかけて一つの『魔法のお守り』を創った。私は神様ではないからね、この世界で生まれた一つの特異点・・・そうなれたらと願った」


 それは『魔法のスプーン』。幸せをすくい取ると言われるさじ

 それがもたらす効果はとても些細なものだった。

 しかし、それは使い様によってはことわりをも変える。


 亡くなった人から、その想いを掬い取り継承する。

 それは正確には認識できず、しかし大切な想いをこの世界に残す。


「この村の人々の想いを、背負う意志はある?」


 俺は村の人々の想いを残らず掬い取った。

 そして・・・妻の想いも・・・。


 それは温かく、憎しみに染まってはいなかった。


 幸せな日々は確かにそこにあった。それは奪われたと思った。

 でも違った。この想いは誰にも奪わせはしない。


・・・


「俺は、王国へ行く。ここではもう生きていけない。レインを預かっては貰えないか?」


「無理ね。私は人の時間を生きていない」


「そうか・・・」


「それに、その子は貴方が託す相手でしょ?」


「・・・そうだな」


 俺は、恐らくこの戦争で命を落とす。だから、この子に残す。

 背負わせたりはしない。ただ俺が受け取ったこの温かさを・・・この子にも。

 俺の分も乗せて、この子に・・・。


「私は森に戻るよ。その魔法のスプーンはあげる。私は見守るよ、その行き先を」


 彼女には、返し切れない恩がある。命を救われ、娘を救って貰い、怨嗟に呑まれるはずだった俺の心を救い、村の人々の想いを残してくれた。


「ありがとう。俺に何か返せる事はあるんだろうか?」


 せめてもの感謝の言葉。そして、出来る事があるのなら・・・


「精一杯に生きなさい。それは私にとって救った労力に十分に見合う」


 ありがとう。


 そして、精一杯生きようと誓った。


・・・


 そして、俺はレインを抱えて王国へ生き延び必死でレインと共に生きた。

 一年が経った頃、大規模な帝国への侵攻の準備が始まった。

 俺もまたそれに参加しなければならない。拒否は出来ない。それは即刻、死罪となる。

 俺はレインに預かった想いを託す。


 レインを信頼出来る人に預けなければ・・・。


 俺は露店で村から持ち出した物を売り始めた。村のみんなには申し訳ないと思ったが、受け取った想いが生きろと、レインが生きる為に全力を尽くせと言っている気がした。


 その時、その女性は現れた。

 赤いローブを纏った仰々しい杖を持つ魔法使いらしき人物。


「その首から下げているさじ、いくら?」


 女性は魔法のスプーンを一目見て指差した。


「これは売り物じゃないんだ。ある人から・・・託された大切な、想いだ」


 想い自体はレインに託した。それでもこの魔道具も共にレインに・・・と思っていた。


魔法のお守りアーティファクトだって知ってるんだね」


 その言葉に驚いた。どこか彼女の雰囲気は、あのエルフに似ている気がした。


「そっちこそ・・・どこまで知っているんだ?」

「詳しい事情は知らない、でもそれは凄い魔道具」


 俺は、会って間もない彼女に・・・事情を話した。

 三日後には死地へと旅立つ。焦っていたのかもしれない。

 しかし、彼女にはただならない何かを感じたんだ。


「こんな戦争・・・間違っている。こんな戦いは・・・」


 彼女は怒りに肩を振るわせていた。その姿に偽りはないと思った。


「娘を・・・レインを預かって貰えないか・・・?」


 気付けば頭を下げていた。


 王国に来てすぐの頃、森の魔法使いのエルフについてギルドで聞いた事があった。

 ギルドは内密にと釘を刺した上でギルドとエルフの彼女が繋がっている事を教えてくれた。

 ギルドは中立の立場を保っていた。

 俺は事情をギルドに全て話した。


 ギルドは、そんな俺を色々とサポートしてくれた。

 レインの事も、どうしても行き先が亡くなる様ならギルドでサポートしてくれるとまで言ってくれていた。


 そんなやりとりの中で出てきた話。俺はある噂をギルドで聞いていた。

 公国の更に向こうに新しく出来た国。アオナ聖教国。

 

 白銀の碧眼竜にまたがり不幸な人々に救済を与える赤いローブを着た魔法使い。

 女神アオナ様の噂。


 こんな奇跡があるのだろうか・・・?

 しかし、俺にはこの女性がそれであるとしか思えなかった。


「レインの事を頼む・・・俺はどうなってもいい」


 この人になら託せると思ったんだ。

 しかし、彼女の返事はそんな俺の想いとは裏腹に遥か先を見据えていた。


「戦争は私が終わらせるよ。貴方はその娘を自分で育てるんだから貴方はどうなってもよくない」


 その横にはいつのまにか小さな竜が二匹、姿を現していた。

 白銀の碧眼をした竜と漆黒に真紅の瞳をした竜。



 彼女は戦争を終わらせる。


 そして、世界の仕組みすら変えていく。


 

 そうか・・・俺は、彼女にこの『魔法のスプーン』を託す事が使命だったのか・・・。



 彼女は無数の想いを乗せて、怨嗟の鎖を断ち切る。

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