第26話 聖女オクサの始まりの物語

 アオナは村の外へ行く予定をやめてオクサに連れられて父親のいる家へと向かう。

 街の端、不便で薄暗い雰囲気の一角。建物は他は石積みだがその一角はボロボロの木造。

 まるで素人が作った掘立て小屋の様なものが並んでいた。


「臭いも酷いね。スラムかな?」

『1000人規模の街でも、それなりにいるもんだね・・・』


 潤沢な資源のある世界。理由は様々。堕ちていく人はいる。悪意がなく、真っ当に生きようとした人々でもそれはあり得る。もちろん、そうじゃない人も。

 仕事はある。働けば生きる事が出来る。ただ、働くには戸籍がいる。戸籍を得るには紙がいる。それすら得られない人もいる。その知識すら得られない人もいる。

 言語を喋れず流れ着いた者もいる。迫害、差別もなくならない。元はあれ程に・・・。

 自立進化の弊害か?想定外の変化を望んだ。その可能性の負の一端を見ているのかも知れない。オクサの父親以外にも体の欠損を持つ人も多く見られた。

 オクサはそんな中の一つの古屋に住んでいる。いや・・・住んでいると言うよりは・・・


「あなたがオクサの父親?」


 右腕がない。昼間から酒を飲んでいる。彼女はあの目を知っている。

 自分が大好きな・・・自分しか見ていない人の目だ・・・。


「誰だ?オクサが何かしたか?」

「・・・ゴミを売ってた」

「あぁ?どうでもいいだろ」

「っ!!」


 アオナを怒りが侵食していく。


「腕がなくても出来る事はあるでしょ。働きなさい」

「報酬は普通の半分以下だ。やる気など出るわけがない」

「このままだと死ぬだけよ?」

「それもいいかもな・・・」


 何も考えていない。思考する事を・・・放棄している。


「全てを失った・・・もう俺には何も残されていない」


 絶望し、不幸なのは自分だけだとでも言わんばかりに・・・。

 彼は人生を冒険者としての成功に賭けて子供の頃から生きていた。両親は早くに亡くした様だ。必死で生きて掴んだ幸せ。オクサの母親を愛していた。

 そして最愛の者を失い、腕を失い、夢を失い・・・。

 十年かけて捨ててきた。男は言う。何もないと。


 だとしたら、彼女は・・・?


「オクサの事、どう考えている?」

「俺は何もしていない」


 そう、彼は何もしなかった。

 しかし、悪い事もしていない?そんな訳はなかった。

 彼は出来る事をしなかった。それは怠慢であり罪なのだろう。

 人より努力しなければならない運命にあった彼は不幸なのだろうか?

 人はそれを不幸と言うのかもしれない。


 アオナはそんな男の姿を見て・・・


 殴った。


 えぇ〜・・・?全力で、右拳で男の左頬を、振り抜いた。


『えぇ〜?普通は女性ならそこはビンタとかなんじゃ・・・』

 ラッドも引いている。

「殴った方も痛いって言うのは本当みたいね」


 アオナは拳から血を流して手をプラプラしている。針で刺すのも嫌がっていたのに。

 余程、腹に据えかねたのだろう。


「お、お父さん!?」


 オクサは心配して父親に駆け寄る。

 

「でもね・・・殴られた方が痛いよね?」


 椅子から落ち倒れ込む男を見下し吐き捨てる。そりゃそうだと思いますよ?

 あなたがやったんですけどね・・・。


「貴方とオクサ、殴ったのはどっちで、殴られたのはどっちだと思う?まぁ、いいわ。オクサは連れていくよ」


 無言の男。死ねばこの子が悲しむ。この男は放って置けば死ぬだろう。

 男は少し躊躇ちゅうちょを見せた。が、しかしその左手には力が籠っていなかった。

 オクサへの僅かばかりの執着。しかし、その権利が自分にはない事を理解したのだろう。


「貴方はここで全力で生きなさい」

「俺は・・・死ぬ事も許されないのか・・・?」

「それが許される人なんて私は知らない」

「もう生きる理由が・・・ない」


・・・


「甘えないで!!」


 アオナは叫んだ。


「利き腕がなくても出来る事はある。やる事やってそれでも無理なら、それは死のうとしなくても死ぬ時。あなたはまだ、その段階にいない」


「あなたは大人でしょ?子供が飢えるのは親の責任。でも大人なら、自己責任」


 オクサは父親から離れなかった。その姿を見てアオナは・・・嫌悪した。

 まるで・・・昔の自分を見ている様だ・・・と。


「片腕がなくても出来る事を探しなさい。やりたい事はないの?」

「・・・」

 男は答えない。

「右腕があってなんでも出来る、そんな可能性を想像して。貴方は何をしたい?」

 男は・・・頬の痛みのおかげで怒りと共に僅かばかり戻った感情で想像する。


「もう一度・・・冒険者を・・・鈍った腕では・・・それでも・・・」


「それでもオクサの名前は出ないのね」


 男はハッとした顔をした。それはまるで『しまった』とでも言わんばかりに。


「ラッド、生命魔法で腕を治せる?」

『なんでこんな奴に・・・出来るけど』

「腕を治すわ。その代わり、あなたは一生を賭けてでもオクサと私に相場のお代を払う事。それまでは死ぬ事すら許さないわ。それでも・・・治す?」


・・・


 男は治療を受ける事を選んだ・・・。


***


『強引だったね』

「無担保無利子の信用貸し。私はお人好しがすぎるね」

『えぇ〜・・・?ぶん殴って娘を連れ去ってますけど?』


 オクサはずっと無言だった。信用貸しとは言ったがアオナは男と契約をしていた。


ーーー

「約束を破ったらわかる様な魔法はない?」

『こんな奴にアオナの素質残量を使うのは勿体無い。魔道具生成スキルを覚えたからコレを使うといいよ』

 ラッドは約束を違えると切れて、その事が特定の人に伝わる指輪を作った。

 そしてそれをオクサの父親につけさせた。

ーーー


「気休めだけどね。せめて忘れないで欲しかったし。ラッドありがと」

『どういたしまして♪』

「オクサ、貴方には一人で生きれる知恵を与える。その後、どうしたいかは自分で決めて」


 オクサは無言で頷いた。

 その後、賢者ラッド先生によるオクサ改造が行われた。

 驚いた事に、オクサは生命属性だった。珍しいラッドと同じ属性。

 属性を知る方法は魔道具が反応するかで分かる。ラッド神がサクッと判別用魔道具を作った。属性が分かれば魔法取得の手順がわかる。生命魔法取得の一番簡単な方法は共鳴か、強い生命の危機における暴発により体内のマナが活性化する事。通常は奇跡的な偶然によって発現する。でも今回はラッド先生がサクッと共鳴させて治癒ヒールを覚えさせた。


『魔法取得の手順は広まると厄介だから口止めしといた方がいいよ』

「なんで?」

『この世界の魔法は強力過ぎる。簡単に誰しもが使えてしまったら悪意の増幅になる』

「・・・それもそうね」


 例の指輪をオクサに付けさせて魔法取得について口外しない約束をした。

 十歳の女の子が治癒魔法を使えるとなったら大騒ぎだろうなぁ。

 信頼できる人がいればいいけど・・・、あ。


 その後、アオナは・・・最初の村に向かった。

「ヒスイ、二人乗せて飛べる?」

『余裕だワン♪』


・・・


「オッサいる〜?」


 訪れたのはギルド。


「お?ローブを買ったか。少しはマシになったな。今日は何してたんだ?」

「ん〜フウェンの街に行って魔物の素材を売って・・・娘を貰ってきた」

「はぁ?フウェンまでは二日はかかるんだぞ?つくならもうちょっとマシな嘘をつけよ」

「まぁいいや。オッサは子供いるの?」

「息子が一人いるな。丁度その子くらいだ。でその子誰だ?」


 人相の悪いオッサにビビりながら横で話を聞いていたオクサを指差した。


「ん〜、育児放棄してる父親から拐ってきた。名前はオクサ」


 フウェンへの往復を一日でした事はどうしても信じて貰えそうになかったので以前からの知り合いと言う事にした。


「おいおい、拐うなよ。しかし、苦労したんだな嬢ちゃん。父親を悪く言われるのは嫌かもだがそいつはクソだ!お前さんは自由になっていいと思うぞ?」

「やっぱり、オッサはいい人だね」

「あ?普通だろ?」

「普通・・・かぁ。ねぇ、オッサ。この村に治癒師がいたら助かると思わない?」

「そりゃ、ここは弱い魔物が沢山いる土地柄で冒険者が多いから助かるだろうな」

「ギルドで雇って貰えたりしないかな?」

「は?もしかしてこの子が治癒師なのか!?」

「そう。無理かな?」

「そりゃ、ギルドは是が非でも、と言うだろうけどその子の意志はどうなんだ?」


 突然に話を振られて、固まるオクサ。でも話の内容と流れは理解した様だ。そして、しっかりと自分で考えて想像する。賢い子だ。

 そして、決意する。この子は・・・本当に強い子だった。


「私が使えるのは今は初級の治癒ヒールだけです。それでも骨折や切り傷は治せます。そして、いずれは必ず部位欠損も治せる程に努力します!私、きっと役に立ちますよ♪」


 アオナ達はその姿に、言葉に目を丸くしていた。


「そいつは凄いな!頼もしい限りだ」


 オッサは豪快に笑っていた。こうしてオクサはツサーツァの村に住む事になった。

 そこに一人の男の子がオッサの側に駆け寄る。


「親父!母さんが今日は村の会合だからメシは父さんとギルドで食ってこいってさ」

「お?そうか丁度いい、紹介しよう。息子のオットだ。良かったらみんなで飯にしよう」

「へぇ、本当に結婚して息子さんがいたんだね」

「そりゃどういう意味だ!?」


 そんなやりとりをしている横で・・・


「初めまして、オクサです」

「は・・・はじめ、まして。オットだ。宜しくな!」


 頬を赤らめながら照れ臭そうに自己紹介をする二人。

 この後、彼ら二人は仲良くなり・・・それは、また別のお話。


「今日は、奢るよ。その代わりオクサをこれからも宜しくね」

「なんだか母親みたいな言い草だな」

「ふふ、私が母親なんて・・・」


 少し陰った表情を見せながらも笑うアオナ。複雑な心境の様だ。

 その後、食事は楽しく賑やかに行われた。

 後日、オクサはギルドに正式に雇用され、オッサを始めとする冒険者や村人達に聖女の様だと言われながら上手くやっていく事になる。

 オットともとても仲が良さそうだ。二人はきっと・・・。


 村はその後、急速に街へと発展していく事となる。オクサが来る前から村は元々順調に成長していた様だ。そこにはアオナも関わっていく。それはまた、先のお話。


 食事が終わる頃にはオクサはもう半分寝ていた。疲れたのだろう。無理もない。

 オッサとオットは別れを告げて自分達の家へ。

 そして私達はギルドの二階で寝泊まりした。


・・・


 私は夜中、窓から夜空を見上げてラッド達と話をしていた。


「この村の人達は本当にいい人ばかりだね」

『色々とモヤモヤしてるみたいだね♪』

『大丈夫?どこか痛い?ワン』

「大丈夫だよ。ただ、ちょっと昔を思い出す事が多かったから・・・」


 オクサは一年以上ぶりにお腹いっぱいになり、泣いたり笑ったり忙しなく会話をしながらの食事をしていた。これからは・・・この村で幸せになってほしいとアオナは思った。


・・・


 次の日の朝、朝食を食べながらアオナはオクサと話をしていた。

 

「アオナお姉ちゃん、本当にありがとう!こんな言葉では・・・言い表せないけど」

「私は娘を拐っただけだよ」

「魔法教えて貰ったし、ここに連れてきてくれた。それに、お父さんを殴ってくれた!」

『それはいい事なんだろうか?』

「そ。じゃぁ覚えておいて。そのキッカケは、あの時あなたが生きる為に私の手を取った事よ」

「何か恩返し出来る事はあるかな?」

「そうね・・・あ、助けた人が幸せそうに生きていたら気分がいいから、幸せになりなさい。あと私が困ったら貴方を頼るから私を助ける余力があるくらい幸せになりなさい」

『いいセリフの様な・・・そうでない様な・・・?』

「アオナお姉ちゃんはズルいね♪約束だからね!私に出来る事があったら・・・いや、もっと色々と出来る様になるから、その時は・・・頼ってね」

「うん。期待してる」


 そして、アオナはまた村を街へ向けて飛び出した。


***神界***


「ヒスイ、はっや!!」

「こちらの想定を超えた移動速度ですね・・・」

「地形は創った時から大分広げて今は北海道くらいの距離があるんだけど広げた方がいいかなぁ・・・でもまだいっか。どうせループするし人口的には十分だし」

「魔道具生成やばくないです?最盛期文明の知識ふんだんに使ってますぅ・・・」

「あの文明は魔道具で滅びたもんね。でもあの子達なら大丈夫よ♪」

「随分と信頼しているんですね」

「信用よ、頼るつもりはないもの。楽しんでくれればそれでいいの」

「よかったですね。きっと楽しんでくれていますよ?」

「それなら・・・嬉しいわね♪」


 人はなぜ人を楽しませるのか?

 それは刻まれた本能なのか、よく出来た便利な仕組みなのか、それとも・・・。

 その答えはきっと、一つではなく、一つに決める必要もなく、都合のいい様に解釈してでも守られるべき必要な事なのだと私は思った。


 それがないと・・・きっと『つまらない』。

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