第6話 言語の壁を越える!
この世界には四つの国があるそうです。
コンク王国とクオーン公国。そしてラオスァ帝国とアオナ聖教国。
私達が今いるのはクオーン公国の首都、にあるオットとオクサの家。豪邸で驚きました。
石積みの二階建てで十人は軽く住めそうです。洋館と言った佇まい。どうやらガラスの技術はある様です。窓はガラスでできていました。メイドさんと執事さんがいました。
照明は魔道具であろうランタンの様なものが要所要所に設置してあり夜も明るいそうです。魔道具は一般的に普及している様ですね。しかし、暖炉や竈門は薪でした。
魔道具は照明と冷蔵庫くらい、とても高価なものらしいです。冷蔵庫があるのは超裕福と言って良い様ですね。
貴族じゃないので家名はないそうです。
公国についてから、オットは忙しそうにしていました。盗賊の襲撃は明らかに、二人を狙っていました。暗殺を命じた奴らがいる様に私も思います。その辺りの調査依頼に動いていた様です。言葉が分からないのでかなり曖昧な予想ですが・・・。
そう!言葉が分からないのがきっついのです!!
私は・・・『言語の壁を越える!』
***
何はともあれ、家に着いてホッと一息。お食事もとても美味しゅうございました。
素材の味を活かした料理。塩は豊富にある様です。海があり塩田の技術があって流通もしっかりしている模様。食糧自給は上手くいっているみたいですね。野菜は見慣れた物が沢山ありました。主食はパンで気候は年間を通して少し涼しいくらい。暦は地球と同じで時間の概念も一緒でした・・・。この世界は・・・地球に似すぎている。
しかし・・・言葉が通じない。
「言葉が覚えたい」
この言葉を伝えるのにも三〇分程かかりましたよ・・・。
しかし、この言葉に対して出てきたのが・・・『神の言語書』と『現代語録』の2冊。
本はとても高価なものらしいです。活版技術のない世界。つまり本とは手書きなのです。
しかも、紙が・・・高いです。
紙が食事代より高いです。木革の繊維をすく事で作る和紙が主流。手間がかかるのです。
これ一冊で、冒険者の年収を超えます。
そりゃ黒板を手放せませんよ!
文明の進んでいない世界。知識は時に金よりも価値を持つ。この2冊を持つ事はある種のステータスの様でした。これは、いわゆる教科書です。
この世界では、言語は神様が与えた技術と言われていました。
各国の教育機関に大切に保管されたこの本を、教育者は丁寧に閲覧し写本して教材とする。当たり前に使用していた言語。しかし、それは親から、教育機関から、本から、会話から、吸収してきたものでした。
その基盤となるルールは存在する。私はそれを学び使っていた。
私の知るそれは、長い年月をかけて蓄積し最適化されながらも継承され残された宝だったのだ。それをこの世界は神による定義付けにより一足飛びで創られた。
私が思っていた以上に、この世界は・・・
『若い世界なのかも知れません。』
私はその本を丁寧にめくる。それは言うなれば、とても分かりやすい辞書でした。
挿絵と共にそれを表す文字が書かれています。
『神の言語書』は言うなれば原型。
そこから時代と共に変化したモノを加味したのが『現代語録』らしい。
私は・・・すぐに気付いてしまいました。
最初に読んだのは『神の言語録』。
『それは・・・日本語でした。』
ポンコツ神様、アウトー♪
はい、確定です。この世界の神様は日本人です。しかも割と私が生きていた時代に近いです。この本、ただの日本語の辞書を簡単にしたモノです。あの手抜き神様、日本語辞書をそのまま引用しやがりました。しかも・・・全部『カタカナ』です。
漢字もひらがなも全部ポイした『カタカナ』オンリーです。
例えば、歩く。人が歩いている絵があり『アルク』と書かれています。
『リンゴ』とか『アメ』とかです。この世界にないモノもお構いなしです。
しかし、ここで疑問が生まれます。
なぜ私は気付かなかったのか?
その答え・・・文字に対する発音が違うのです。しかし、対応する音が存在します。
それさえ分かってしまえば、あとは対応表を元に、時間をかければ把握出来ました。
『う』と『い』の中間の様な発音の『読み』もありました。
『神の言語録』にはご丁寧に五十音表も付いていたのです。
これは推論ですが・・・あのポンコツ神様、この本を渡しただけで発音を伝えなかったのです。だから言語として使う為に人々は適当な発音を当てがった。
だから私は、声を聞いてもそれが何か分からなかったのです。
勉強には主に母であるオクサと治癒師レインが付き合ってくれていました。
おかげで勉強はとても捗りました。
更に、とてもよい発見がありました。私の記憶力は、自分でも驚くほどに上がっていたのです。思い当たる原因は・・・私が5歳だと言う事。
数十年を生きた経験を持ちながらも、その脳は五歳児のそれだった、という事なのかも知れません。私はこうして、驚くべきスピードで言語をマスターしたのです。
ちなみに、文法は主語と述語。名詞、動詞、形容詞、形容動詞などが単語で存在し、
副詞や助詞、接続詞が存在しなかった。あと濁点、半濁点は記述上の記号として扱われていて喋る際は無視されます。
基本は単語を羅列する事で意思疎通がとられる。日本語よりもかなりイージーである。
カタカナの単語だけで成り立つのだろうか?と思ったけどなんとかなっている様です。単語を連続させて同音異義語はカバーする。口語的には慣れれば然程、気になりませんでした。
『現代語録』はその辺りも踏まえて、どうしてもこの世界に適合しない単語を補助していたり、この世界にはないモノを削除したモノだった。あとカタカナが更に簡略化されて記号化されていました。『ル』は『Ⅱ』になってたり『ナ』が『十』になってたり。
発音が全然違うせいで喋るのはまだ難しかったので暫くは筆談に頼る事にしました。
どんな道具よりも黒板がマストです。
私は対応表を作りました。そして貴重な紙に書き写し大事に持ち歩く事に。
これである程度、ゆっくりであれば喋れそうです。
ちなみに対応表はこちら。
KTS M HRYN
あ アカサタナハマヤラワ
お イキシチニヒミ リ
う ウクスツヌフムユル
うぃ エケセテネヘメ レ
うぁ オコソトノホモヨロン
ヲはないんですね・・・。『あ』と『う』は一緒でした。助かります。覚えやすいです。
『い』と『え』の発音はおなくなりになった様です。
あと伸ばす音は『ー』で発音の仕方も同じルールでした。
しかし、名前にはむしろ好んで『い』と『え』の発音が使われます。
その際は独自の記号が当てがわれるのです。特別感を持たせる独自文化。そこに個を尊ぶ意識が見られて、私はなぜかチクリと胸が痛んだ。
***
先程の「言葉が覚えたい」は「コトハ オホエル ノソム」となります。
濁点がなくなるのに違和感を覚えますね・・・。そして、
「クァスァハ ウァファウィヌ ムァツァル」と私は伝えたのでした。
舌を丸める様にする発音、『うぃ』と『うぁ』が慣れていないので辛いです・・・。
コンク王国・・・コンク。私は対応表に目を落とします。
キンク・・・キング・・・ですか?命名は神様ですかね?
魔法の名前は、実は日本語の発音通りでした。
つまり、ヒールはヒール。ブーストはブーストでした。
インベントリもレプリカ・サークルも・・・。
もしかして、魔法の誤発動を避ける為に言語の方を弄ったとか?
あの神様ならあり得そうですね・・・。
システムさんの声も、どうやら日本語の様です。その為、この世界の人はシステムさんが何を言っているのかは分からないそうです。
『ではなぜノイスとレインは魔法を使えたのか?』
この疑問によって私はまた一歩、前進する事となるのです。
そして、私はどうでもいい・・・どうでも良くない事に気付いてしまいました。
そういえば、この世界の名前・・・神様は『クィール』と言っていました。
私は対応表に目を落とします。
・・・
神様・・・流石にそれは・・・
『笑えません。』
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